報告
すぅ、とニクスは息を吸うと頬から朱が薄れる。というよりむしろ表情が消える。その場に居合わせた面々ーーーデュオ、セプテムの二皇子に領主ラファイエ、後は武官と文官だろうかーーー、はその変わり様に驚く。
ニクスが思うほど周囲の反応は悪くなかったのだ。
ニクスとしては実年齢よりむしろ幼い容貌でありかわいらしいと思われていたのが、能面は言いすぎとしても感情がスッと抜ければ驚くのも無理はない。
一方でニクスにも言い分はある。時として恥ずかしいことでもせざるを得ないことがある。そういうときに恥ずかしいからといって躊躇すると余計に恥ずかしいのだ。いっそ楽しんでしまうのが一番いいのだが、そうもいかないにせよ腹をくくったほうが結果的に被害は少なくて済む。
ニクスもとい菫はそれを経験として知っている。具体的には高校の文化祭でやった冥土喫茶だ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
などと言うのは菫には気恥ずかしかった。だが中にはノリノリでやっている同級生も居たのだ。後で慣れているのか尋ねた菫は
「めちゃくちゃ恥ずかしいわよ!いっそふっ切れなきゃできなかったんだからしょうがないじゃない!」
と怒られたのであった。
とまれ、何事もなかったように話を進めることにしたのだ。
「今回の事件を帝国方土凍結事件と仮称、報告を始めます。皆さんご存知かとは思うけど、事件は帝国方土北西部の町村が異常寒冷化して緊急支援要請が続き、食料不足などが懸念されました。」
軽く事件について概要から話すニクス。どちらかというと、自分がちゃんと事件について理解していることを主張している。見た目が見た目なのでうさんくさく思われているのも仕方ないからだ。
「要請が来た順番から事件の原因を“黒曜の森“と推定、確認に行きました。」
空中に描かれた帝国方土をどこからか取り出した杖の先で町村を指しながら話す。【属性魔法(光):投影】によるものである。魔法の非戦闘使用は行われているが、珍しい魔法であり文官やラファイエは興味を持ったようである。
しかしそれも続くニクスの言葉に耳を疑うこととなる。
「結論から言って原因は“竜“でした。帝国の地理には……」
「「「「「「 はぁ!? 」」」」」」
遮られるニクス、手の平を向けるように腕を伸ばすと、
「このあとの説明でわかるところもあると思うので質問は後でまとめてお願いします。オホン。来たばかりで帝国の地理には明るくないので、地図を頼りに北上した私でしたが、プルーヴィから遠ざかるにつれ温度が下がっていったのでおおよそ間違いないと思いつつ進んだ先で真っ黒な森につき、名は体を表すとも言いますし、何より木々が氷で覆われていたので黒曜の森でなかったとしても原因がここにあると思いました。森に分け入るとすぐに視界が拓け、先言の通り竜が居り、正気ではありませんでした。」
一旦区切るといつのまにか手にある飲み物を飲むニクスだが、居合わせた者たちにそれに気を配る余裕はない。彼らは調査だけしたのだと思っていたのだ。実際ニクスが帰ってくるまで一日と経っていない。
帰ってきた時の格好を思いだし、命からがら逃げて来たのか、いやしかし竜などと、と混迷を極めていた。
「話は前後しますが、その竜の子供が怪我をしており、その子を守るためにひどく興奮していました。」
「馬鹿な!」
ガタンと音を立てて椅子を倒しながら立ち上がったのはラファイエである。
「竜だと!?そのような存在は神話の時代においても伝説とされていたのだぞ!ましてや子を持つなど突拍子もない!そもそもそのような少女に帝国の危機を任せるなど有り得ぬ!殿下、私は私で調査チームを募って独自でやらせて頂く」
そう言ってズカズカ部屋を後にするラファイエ。
「ま、待ってください、領主様」
官吏たちも慌てて後を追うが部屋を出る際にこちらにペコッと頭を下げて行くあたりどう思っているのだろうか。
「お二人は信じるんですか?」
デュオとセプテムは静かにその様子を見守っていた。
「私はニクスを信じているし、何より突拍子がないくらいの方が現状について説得力があるような気がするな」
「俺としてはラファイエと同感なんだがな。今更疑うものか。俺はセプテムを信じるさ。」
各々の言い分に耳を傾けたた後、
「子供の怪我を治してあげたら正気を取り戻して凍結は解除してくれたよ。根本の凍結が解除されたから徐々に温度は戻るってさ」
「え?調査だけじゃなかったのか?」
「お礼にってこんなものを貰ったよ」
取り出したのは竜の鱗のような石だ。
「秘竜石だってさ。成長するときに皮膚が生まれ変わる際に稀にできるんだってさ」
魔法生物である竜の旧皮は基本魔素へと還元されるのだが、稀に濃縮して固形化するのが秘竜石らしい。ニクスは全く知らなかったが【素材鑑定】によるとちゃんと説明が出たのだ。
「つまり、竜の垢のようなものか?」
デュオがそんなことを言い、空気がピシッとなる。
「あなたの垢は汚いだけだけど、これは凄い素材で役にたつからね。何より触り心地が抜群だから一緒にしないで」
秘竜石に手を伸ばす皇子方。
「冷たっ!?」
こっそり魔力を流すニクス、悪戯に成功してニヤリと笑う。
「ほう、それは便利そうだな。俺に譲らないか?」
「これは竜からの親睦の証らしいのでダメですぅー」
その後も竜はどんなだった?強そうか?といったどうも戦いたい気配全開の質問をデュオが繰り返し、セプテムはそれを静かに笑いながら見ていた。




