覚醒
身じろぎ一つしないタキタテを抱きしめて泣き崩れるニクス。最早それしか見えていないニクスにも脅威は差し迫っていた。
紅に染まった瞳でニクスを見ながらその太い腕が届く距離まで差し迫っていた。ニクスに脅威をまるで感じていなかったこともあり、警戒もせずに近寄ったのだ。そしてその腕を天に振り上げた。
“なんだかとっても眠いんだ。むにニャむニャ“
タキタテは凍りついた中でそんなことを考えていた。屈強な身体を持つタキタテは、外的要因を苦にしたことがなかった。
グツグツと煮えたぎる火山の火口にあっても、見るからに暑苦しい毛皮なのだけどちょっと暑いかも?で済んでしまう。
また、山の遥か高くに登り、周囲が真っ白であってもすーずしー!で済んでしまう。
そんなわけだから、雹竜の絶対零度にも近い【ブレス】を受けて初めて体温が下がり眠くなるということを体験していた。むろんそのまま眠ってしまえば目が覚めることはなかっただろう。
「………タテっ!」
その声を聞き間違うことはない。
ただどこかいつもとは違ってその声には焦りがあり、いつものような心地の良い響きがない。
どうしたんだろうと、ボンヤリとした頭で思う。
昨日の夜は珍しく一緒にいて、一緒にご飯を食べてーーーそういえば会ったばかりの頃は、獲物を解体するのさえ半泣きだったのにすっかり平気になってたなぁーーー泣き声!?
「タキタテ!タキタテェ!」
意識が少しはっきりしてさっきより鮮明に聞き取ることができた。……ニクスが泣いている。ニクスを
「がう!(いじめるなぁああああ!)」
ニクスは衝撃を受けて後ろに体勢をくずした。目を開けるとタキタテが自分を庇うように立っている。
立ち上がろうとして腰が抜けていることに気づいた。
タキタテの銀白の毛並みが赤く染まっていた。一瞬自分の血かと思ったニクスだったが、自分は氷の上から抱いていたのだ。よく見れば紺色の方も目立たないだけで朱い。決して軽い怪我ではない。そもそもタキタテが怪我をしているところを見たことはなかった。
だがそれよりも、タキタテの周囲を覆う朱く煌めく金色の光に目を奪われる。
「……タキタテ、よかった」
それだけを呟いてニクスは意識を失い、その身体の上で金色の幾何学模様がユラユラと揺れていた。
タキタテは怒っていた。
目の前に倒れている竜はともかく、自分自身にだ。
自分の役目は“ニクスを守ること“。それが自身への誓いであり、誇りであった。
ーーーそれを守れなかった。
さきほどはニクスを守ろうと竜とニクスの間に割り込んだだけであった。今度は明確な敵意をもって相手を見据える。
タキタテは称号“ジャイアントキリング“を取得した。タキタテは【下剋上】を取得した。
ゲームだったらそんなメッセージが出たであろうが、むろんそんなものはない。ただ、本能でそれと感じただけだ。パッシブスキル【下剋上】は自分より格上の相手に挑むとき、相手とのレベル差に応じてステータスに補正がかかるというものだ。
しかし、それでも相手との力量差はかなり開きがあった。
「ガウ!(解)」
普段しているスキルにまで昇華された【手加減】をオフにする。これは日頃抑えている能力の差が大きいほど、抑えている時間が長いほどスキルをオフにしたときのステータスに補正がつくものだ。
依然被我には差があったものの、タキタテは自分の爪が相手に届き得るに至ったと思った。
タキタテは無造作に前足を振るう。
ブオンという音がして空気の層が揺らぎ、真空の刃となって飛ぶ。
それは硬い氷鱗に当たり霧散したが、タキタテは気にしていなかった。ただの腕慣らしだったからだ。
「GAAA」
自らを鼓舞するように短く叫ぶと体勢を整えていた竜へとタキタテは跳びかかった。




