悪魔の誘惑
机を挟んでの睨み合いはそう長くは続かなかった。退いたのはニクス。
「やめやめ。どうせならもっと生産的な話をしよう。要するに、“寒冷化現象“を防ぐこと、例年通りの気候に戻って生活が安定するまでの支援があれば王国に余計なことをする必要性はない、ってことでいいかな?」
目を閉じてしばらく黙っていたセプテムは目を開くとコクリと頷いた。
「私が解決してみせる、少し時間をくれないか」
ニクスは真摯にそう尋ねたが、
「……ダメだ。ニクスのことを疑っているわけじゃない、だがニクスが成功することに一か八か賭けて放っておけるほど事態は軽くない」
絶世の美少女であっても少女は少女である。一国の命運を軽々と託せるはずがなかった。
「分かってる。しばらく持ちこたえられるだけの備えを渡す。それで持ちこたえられるだけの時間がもらえればいい」
ニクスの異次元倉庫にはこれまで収穫してきた様々な作物が納められている。タキタテたちが食べる量も膨大だがそれ以上にニクスは生産していたのだった。
何を出そうか、と考えて一つ思いいたるものがあった。一時期ハマって大量に育てたものの、あまりに続けて食べすぎて流石に飽きたものをしまっておいたのだ。
時間の経過、すなわち鮮度を気にしなくていいという事実と、ほぼ気にしなくていいという容量はすっかりそれを忘れさせていた。
「左手に皿~」
柄のないシンプルで真っ白な、ただし艶やかな皿がニクスの左手に現れ机の上にそっと置かれる。
「右手にジャガ芋~」
セプテムが知らない食材?が右手に現れ、ふよふよと宙に浮かびながら皿の上へと移動する。
その珍妙な光景に目を奪われていたセプテムはパンッという軽い音で視線を音がした方へーーーニクスへとーーー向けた。
「うー!フライドポテト!」
「!?」
突然の奇声には驚いたものの、胸の前で手を合わせ俯き目を伏せる姿は形容しがたい静謐さと畏敬の念に満ちていて、時間を忘れて見入ってしまうところだった。
それを遮ったのは視界を覆うように立ち上る湯気と、熱した油の香り。気付けばろくにものを食べていない身体が、鼻腔をくすぐる香りに耐えられずくぅと腹を鳴らし、セプテムは恥ずかしさに顔を紅潮させ、隠すように俯いた。
先ほどの皿だろうかーーーの中央に、狐色をした四角いスティック状のものが並べられ、角度を変えてもう一段積み重ねられている。セプテムが知るはずもないが、ジェンガを斜めに傾けて配置した感じだ。
その中央に緑色の粗い粉末がかけられ、スティックの周囲を対称的な朱いソースが添えられている。
ジャンクフードらしからぬ盛りつけであったがまごうことなくフライドポテトだった。
薄い結界を通ったニクスの手が無遠慮にフライドポテトの一本をつまみ、口へと運ぶ。
「ん~♪やっぱり久しぶりに食べると美味しいや」
頬に手を当てて、表情を崩すニクスは、セプテムに気づくと手の平を見せて
「どうぞ?」
と言った。よく見れば手元に薄紙が敷かれ、フォークも載せられていた。
マナーがなってないとかそんなことは頭から抜け落ちていた。ただでさえ暴力的な香りにシンプルながら綺麗な一品に心奪われていたところに、おいしそうに食べる相手を魅せられて、そんなことを気にしていられなかったのだ。
慌ててフォークを掴み微かに残った皇族の意地で下品にならないように口へと運ぶ。
「まずはそのまま、次はソースをつけて食べてみるといいんじゃないかな」
というニクスの声に応える余裕はない。
プツリと切れる薄皮、ホクホクの中身。塩気によって強調される濃厚な旨味と甘味。それでいてサラリと溶けていくようで、いくらでも食べつづけられそうだったがニクスの忠告通りにソースをつけて食べてみる。あっさりとした酸味とスティック状の食材とはまた違う甘味が加わり、やはり美味であった。
どっちで食べようか悩みながらも手は止まらず、交互に食べながら気付けば皿は空になっていて、もうないのか!とばかりに顔を上げると悪戯っぽくニクスが笑っていた。




