ニクスさんのお仕事ひとりでできるモンっ
「んみゅあ?」
発音に困る声を上げてニクスは目を覚ました。上体を起こし、ん~っと伸びをする。
今日は朝ゆっくり眠っていたせいかそれほど寝過ごすことはなかったようだ。タキタテとジーニャはまだ気持ち良さそうに寝ていて、目が細い弧を描いている。
ふふふ、と思わず微笑む。ねこ(科)の寝顔はどうしてかとっても可愛いねぇ、とタキタテの鼻先をツンツンすると、フゴっとよくわからない音を立てた。おっといけない、起こしてしまうところだったとニクスは慎重に動き出す。
ニクスはそっと起き上がり、食事の前に外したエプロンと三角巾を着けると、二拍一礼、結界術を体表から相対距離で5mmのところで固定する。
この結界により紫外線から身を守り、汚れなどを妨ぐことで衣服を着心地優先で選ぶことが出来ている。
同時に足が地面についた際の発生する余計なエネルギーを外に漏らさないようにしているため、足音や振動が一切伝わらないのだ。
もう一度振り返り、二人が眠っているのを見て和むとその場を後にする。
これからニクスが向かうのは、たとえジーニャやメェテルであっても入ることを許されていない秘密の箱庭である。
名前とは裏腹に全く隠されてはいない。ロの字型の屋敷の中庭にあたり、周囲の部屋や廊下から簡単にのぞくことができる。
しかし中庭を囲むようの張り巡らされている結界により何人たりとも侵入は不可能なのである。最もニクス自身は空調や天候などから被害を出さないようとハウスぐらいの扱いだった。
水晶のように透き通った花やグラデーションがかった色の変化で魅せる花はもちろん、表面が顔の用に見える不気味な野菜や、蕾となり花が開き、散るまでを短時間で繰り返している果樹など様々な植物が花壇ごとに別々に咲き誇っている。が、統一感もなく様々なものが植えられているため、鑑賞には向かない。
やはり屋敷の中に隠されている実用重視の庭なのである。
誰も入れられない関係上、ここはニクスが世話をするしかない、むしろここの世話こそがニクスがしなければならない唯一にして絶対の仕事なのだ。
毎日ちょこちょこ面倒を見ているので、新しく生えてきた雑草を根っこから引っこ抜きながら植えられている植物の様子を見る。
十分に育ったものは丁寧に掘り起こし根っこごと異次元倉庫に収める。
一回りしたところで汗を拭うと、左頬に土が付く。術式の指定が甘かったようだ。
しかしそれもニクスの器量を損なうことはなく、むしろ愛嬌を増している。
異次元倉庫からジョウロを取り出す。ニクスの小さな手にぴったりと合うサイズで、上端がレースを縫い付けたような形状で、精緻な花や蔦を彫り込まれたベージュの焼き物製のそれはニクスのお気に入りである。
だが、小さい。
小柄な体つきのニクスの手に合うということはかなり小さいということであり、そのジョウロは屋内の鉢に水をやる、くらいなら十分だが、小さな花壇でさえ、何度か水を組み直す必要性があり、箱庭中に水を撒くのは重労働になるのは間違いないのは見るだけで分かる。
サイズだけなら。
一つ、二つと花壇に水を撒いて行くも、一向に途切れる様子がない。ニクスお気に入りのジョウロはこれでもかとばかりに、異次元倉庫同様の亜空間に繋がっており、ジョウロ上端から液体を入れると亜空間内に溜め込まれ、持ち手のボタンを押しながら傾けると亜空間から流れた液体がジョウロの先から出るというもので、ジョウロにかかるのはジョウロの重さのみ、液体の重さを完全に無視できるという、無駄に高度な技術が組みこまれている。
「ふんふふんふふふん、ふんふん♪」
ご機嫌で無駄に足を上げて歩くので、ジョウロから撒かれる非常にに細かい霧のような滴がニクスを濡らしていた。幸い濃い紫のエプロンが遮っていたが、ブラウスの腕部分は少なからず透けていた。
植物を育てる以上、日光を遮ったりはしないように設定されているので、日の光を透かす水は濃い、それでいて澄んだ碧色をしている。
全体的に軽く、弱っているようなものにはちょっと多めにかけながら一回りすると、
うんうん、と腕を組みながら満足げに見渡してやりきった達成感に浸っていたのである。