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リ・バース

 目が覚めると日はすでに高く上がっていて驚いた。


 “そんな時間まで寝ていたこと“や、“付き人が起こさなかったこと“ではなく、“目が覚めたとはっきり自覚できたこと“にだ。今日死ぬのだ、と悟った日(結局現実にはならなかったが)を除けば、一日中釜茹でにされているように高熱を宿した身体は熟睡することを赦さず、苦痛に苛まれ、疲労から意識を失うというサイクルを交互に繰り返していたのだ。

夢か現かわからないまま時の移りすら感じられなかったのだ。


 今はその熱もなく、身を冒される前の、いや、生まれてよりこれほど体調のよかった日はなかっただろう。ただ無性に喉が渇いていた。

苦もなく上体を起こすが、サイドテーブルの水差しは空になっていた。世話係のマーサにしては不手際だ、珍しい。


「……仕方ない、か」


 自分の病気が人に感染うつるものだと知り、少なくない額を渡し、この別荘で働いていた者たちには暇を与えるか、紹介状を与えたのだ。唯一マーサだけが、


「お断りいたします。殿下の命に逆らったのですから殿下の病が感染り死罪となるまで身の回りのお世話をさせて頂きたく」


 と逆に請われる始末。要するに引く気はないのだと諦めた。


 マーサは乳母であり教育係でもあり、自分のそれこそ恥ずかしいことも全て知っている存在であり、育ての母だ。身体が弱く病気になってばかりだった自分の面倒を見るのは大変だったろうし、強者を尊ぶと言えばともかく、弱者には厳しいこの国では肩身の狭い思いをさせただろう。


 とまれ、一番退去させたかったマーサだけが残り、広くはないとは言え、この別荘を一人で切り盛りさせているのだ。自分の水くらい自分で汲みに行くのが筋だろう。




……正直に言えば、自分で動きたかったのだ。大丈夫だと思いつつも慎重に身体を動かし、ベッドに横に座るように態勢を変えてから立つ。少しふらついたが、まるで抵抗はなかった。そのまま歩き始めると少し覚束ないのは長期にわたり横になっていたからだ。身体は何ともない。


 階段の前に立つ。石造りの無骨な螺旋階段だ。さすがに少し怖いので手すりに捕まりながらゆっくりと下りる。カツッカツッという自分の足音とは別の音が階下から聞こえてきて、20段ほど降りるとそれは音ではなく、声、笑い声であるようだ。2種類の高さの異なる笑い声が軽やかに響いていたのだった。片方はマーサのものだろう、聞き慣れた特徴でわかりやすい。

もう一人は誰かわからないが来客だろう。それで水差しの補充が出来ないでいたというなら納得がいった。

但し状況が状況である。理由を話してお断りするように言っていたはずだ。断ることが出来ない相手と言うことか?


 この屋敷に笑い声が響くのは久しぶりだった。自分の病と共に家中もまた病んでいたのだ。なるほど、建物は住む人の在り方を反映するのだな、とそんなことを考えているうちに階段を下りきっていて、会話の内容が聞き取れるようになる。


「……まぁそんなことが!坊ちゃまったら私にまで秘密にしていたのね。あらおかしい」


「まぁ子供のうちのたわいのない約束というやつですが、婚約者の病気を治すのだと本当に治療師になってしまったのですから人生とはわからないものですね」


 その言葉にコロコロと笑いが止まらないマーサ。


「なんの話をしている?」


 嫌な予感がして思わず飛び込んでしまうと、


「坊ちゃま!」


 ガタッと慌てて席を立ったマーサが口元に手を当てたかと思うと駆け飛び込んで来た。

少しよろめきながらもなんとか支える。


「坊ちゃま!よくぞ快復なさいました」


 そう言って泣き出されてしまうと、先ほどのことを咎めるつもりが言えなくなってしまう。


「……坊ちゃまは止してくれ。で、そちらのお嬢さんは?」


 マーサの対面に座っていたのは少し大人びた少女だった。立ち上がりスカートの裾をつまみ、膝を曲げて頭を下げる。帝国の所作ではなかったが、その仕種は流麗で彼女がそれなりの立場であることを感じさせる。


「お久しぶりです、殿下。改めましてヴィオレータ・ヴェルテニクスと申します。あの時の薔薇の迷路でお会いした少年がまさか皇子でいらしたなんて驚きましたわ」


 続けてマーサの背中越しに口パクで何かを伝えようとしてきたのは天使とも死神とも間違えた少女、ニクスだった。


「“口裏を合わせろ“」


 そう言っているようだった。


「まさかニクス!?すっかり綺麗になっていて気付かなかったよ」


 下手に言い違いをしないようにニクスが言ってきたことをおうむ返しにする。最も半分以上が本音だ。


 白いブラウスにカシス色のプリーツが入ったスカートで腰から膝下までの長さだ。腰元にリボンが着いたような形だが、全体が落ち着いた雰囲気で子供っぽいということはない。茶革のブーツと相まってちぐはぐなようでいながらも統一感があるのだ。


 ただ、先の出会いが全身黒みを帯びた格好だったのでこうして会うと別人にしか見えなかった。


「ぼ、セプテム様、ニクス様が病気を治して下さったのですよ」


 なんとか“坊ちゃま“呼びをやめたマーサはすっかりニクスに敬意を抱いているようだった。


「いえ、私が拝見した際にはもう介抱に向かわれていました。やはり最後は患者さんの治癒力次第ということです。人体の神秘には驚かされてばかりです」


 マーサの表情が明るくなっているのは素直にありがたいが、居心地が悪かった。


「マーサ、悪いが私にも茶を頼めるか?」


 すっかり忘れていたが、元々水を飲みに来たのだ。そして何よりニクスと話す必要があった。

 慌てて応接間をマーサが出て行ったのを確認して、


「で、これはどういうことだ?」


 と尋ねた。


「日を改めて来るって言っただろう?まさか3日も眠ってるとは思わなかったよ。マーサさんが見てられなくてね。一計案じさせてもらったってわけ」


 二人きりになった瞬間にかつてのニクスらしさが戻る。どうやら世話になったらしい。


「その過程で、幼少の頃、帝都の薔薇園で迷子になってお前に助けてもらい、それ以降度々お忍びで遊んで将来の結婚の約束をしたことになったからそういうことでよろしく」


「どういうことだ!?」


「“たまたま“ここで養生していることを知って見舞いに来たってわけにもいかなくて。いろいろ盛った。結果オーライ反省はしていない」


 悪びれもせずにニクスはそういった。いろいろと頭が痛い話だったが、


「いろいろと世話になったようだなありがとう。できる限り礼をしたいのだが……」


 碧雫のことを思えば気軽に答えるわけにはいかないのだ。


「そう、その話をしようか」


 そこでコンコンコンとマーサが戻って来たのだろう、ノックの音がして、入るように言うとその間にニクスは再び“お嬢さんモード“になっていた。


 






 


 ニクスのスカートは袴のようなスカートで大正浪漫風な格好を想像してもらえればいいかと。

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