閑話 魔法で始まる料理のすすめ
ニクスはふとあることを思い出した。菫として生きていた高校生の頃、友達の一人の片親が北海道のどこだったか出身で、里帰りした際におうばあちゃんに出してもらっていたという、“いももち“だ。
材料は主にじゃがいもと片栗粉である。
……元々はカタクリから作ったという片栗粉はじゃがいもから作ったものが定番となっていた。
要するに全部じゃがいもなわけで……。
「それって全部じゃがいもじゃん」
「確かにお餅そのものってわけじゃないけど、パリッとした薄皮とモチモチ具合で小腹が空いた時には美味しいんだから」
と西日に晒された教室で騒ぎ合っていたのを思い出す。
若干ホロリとくるものはあったが、そんな場合ではない。今縋れるものは“いももち“しかないのだ。
結界術により汚れたりすることを気にしなくていい以上、気分以外の用をなさないエプロンを身につけて調理場に立つ。
錬金術のせいで日頃あまり使うことはないが、えらくしっかりと作られている。全て平均より低いニクスの身長に合わせてあり、身体への負担は少なくなっている。少しおかしいとすれば釜戸や給排水であろうか。そのあたりを魔法で補ってしまうため薪を入れるところが不要なのである。
魔術師系統の正当派生職は魔術師、魔法使い、魔導師、大魔導師であり、クラスアップする度に魔法スキルをより高度に扱えるパッシブスキルを覚える。
パッシブスキルとは覚えて起動させておくことで常時効果を発動するスキルであり、例えば[魔法使い]の【マギア・エンハンス】は魔力の出力を増減することで、魔法の効果や範囲を増したりできると言うものである。
基本的に魔力を多めに払い威力を増して使われるもので、魔力を搾って使われることは少ない。
ニクスは【属性魔法(炎):ファイアーボール】を魔力調節してガスコンロのように使う。
話は戻って、まず片栗粉を作る。料理でとろみをつけるくらいでしか使ったことはなかったし、小さなスーパーでもたいてい売っているものであり、作ることなどまずないが、幸い小学校の先生が実験でやってくれたのでなんとなくわかる。
異次元倉庫からまとめ買いしてきたじゃがいもの箱を出す。大量買いしたら喜んでサービスしてくれたので、有り余っているそれの皮をむいていき、【調理(包丁):千切り】【斬撃術:閃斬り】【斬撃術:殲薙ぎ】をそれぞれ縦、横、まな板と水平に行えばすり下ろすより細かく切り刻むことができた。注意点は[剣聖]の【斬撃】系統スキルは調理用のスキルではないので丁寧に行わなければまな板はおろか、調理台ごと真っ二つなところだ。
布地だけを通す指定の結界を作り、ふきんを通せば、ふきんに付着していたと思われる見えない汚れや菌も漉しとられるので清潔なふきんで刻みおろしたじゃがいもを包み、やはり結界で作ったボールに入れた水に晒し、揺らしたり揉んだりする。
10分ほど続けた後ふきんを搾って取り出すとボールには赤みを帯びた水が残り、しばらく置いておくと底に粉が沈澱する。水を棄て綺麗な水を入れて混ぜ、しばらく置くを一セットにして2回行うと水を棄て底に溜まった白いかけらに【調薬:乾燥】を行えば片栗粉のでき上がりだ。
おおよそ十分の一の量しか出来なかったことに驚きつつもわずかな達成感を得るニクス。必要性はない指を鳴らす仕種に合わせて宙に光が躍れば、箱の中のじゃがいもが次々と消えてゆき、準備しておいた透明な瓶に白い粉が雪の様に詰まっていく。
調子にのって全て使い込んでしまう直前に、牧場で植える分と、調理にも使うのを思い出して慌てて止めるニクスだった。
「さて、と」
ここから先はレシピの知らない調理なのだ。サブクラスを[キュイジーヌ]に変更する。王宮料理人のことらしいが、何故このカタカナにしたのかは不明だ。とまれ、サブクラスを変更したことでパッシブスキル【天啓】を発動する。これは調理の際の焼き加減や材料の量が感覚的に最適な状態がわかると言うものだ。【調理】スキルを制覇することでやっと覚えられる入手難易度の高いレアスキルである。
日本のように電子機器な秤などがない中で非常に有用なのだ。
結界製の鍋に皮をむいて粗く切ったじゃがいもを入れ水がじゃがいもを覆うほど入れる。
沸騰させてから15分ほど煮込み続けて中まで柔らかくなったらお湯を棄て(結界の内から外へと水を透過させる)、更に火にかけて余計な水分をとばす。
熱いうちにじゃがいもを潰す。【属性魔法(風):エアプレッサー】で鍋の大きさを範囲に指定して大気を押し付けるようにしてやればあっという間に塊はなくなった。
続けて鍋の下にもう一つ結界で鍋を作ると、上の鍋は“熱“以外を透過させる。下の鍋には粗熱がとれた状態の生地が落ちている。
そこにだいだい十分の一の片栗粉を入れ、結界の形を変えて蓋をする。【属性魔法(風):ハリケーン】は指定範囲の大気をかき乱す魔法だが、水中なら渦を起こすし、威力を調整して鍋の中なら当然中身を掻き回すのである。
むらなく綺麗に混ぜられた生地を結界の形を変えて筒状にすると餅というよりクッキーを思わせられニクスは少し不安になる。恐る恐る少し厚めにスライスして、油をひいたフライパン状結界で揚げるように焼く。表面が軽く焦げるといい臭いが鼻孔をくすぐってきた。
我慢出来ず、一つだけつまみ食いをしてしまうニクス。汚れるのも気にせず両手で持って遠慮なくかぶりついた。
「んんっ!?」
伸びこそしないものの、表面のパリ感とモチモチの食感は餅のようである。ニクスは砂糖じょうゆ、もしくは磯部やきが好みだったので、醤油がないことを心底後悔した。気付けばバターや自家製ケチャップで4つも
食べていた。
「あ、ニクス様!いい匂いがすると思ったら自分だけズルイです!」
メェテルが調理場に入ってきて、“いももち“を見て首を傾げながらハムっと食べる。もそもそと少しずつかじる様子は小動物っぽい。
「!?」
独特の食感に驚いた後は目を見開いてかじるスピードが上がるメェテル。
何種類か作ってみたが、メェテルはとろけるチーズ入りが好きなようだ。
「まだいっぱいあるから皆で食べよう」
屋敷の表でバーベキュー用の鉄板で焼きながら少し早めの晩御飯を食べる。割と皆に好評なようでねこ舌のジーニャ以外競うように食べている。タキタテは同じねこ科にも関わらず平気なようでよくわからない。自家製のベーコン乗せを貪るように食べていた。
ぎゅ~ころやこっこさんはバジルやトマトソースを合わせたものが好きなようだ。
「皆結構好みが違うんだな」
と感心したニクスだった。
「ニクス様、これが“お餅“と言うものなのでしょうか?」
小皿片手に器用に箸で食べているメェテルが首を傾げて尋ねる。
「 いや、違うよ 」
確かに餅っぽいのだがやはり元が違うだけあってあう具材が違うのだ。おいしかったのは間違いないにせよ、やはり餅は餅で別だ。あの伸びるやつを皆に食べさせて困らせてみたいという意地の悪い思いもある。きっと可愛いだろう。
「これで、今年の目標は決まったな。」
計らずして新年の抱負は“お米の入手“、“醤油作り“となったのである。




