閑話 禁断症状
「はぁ………はぁ……はぁ…」
獣のような荒い息づかいが部屋に響き、その熱で空気をも焦がしてしまうかのようだった。その様子に似つかわしくない少女がベッドに横になっていた。
赤みを帯びた表情は時折苦痛に歪み、汗が一雫頬を伝う。シーツはじんわりと湿り、堪えようとする両の手を中心にシワが寄っている。特殊な生地なのか身につけている薄紫のワンピース状の着衣は透けてはいないが、薄い素材は反った肌にピッタリと吸い付き、身体のラインがはっきりとしている。
「ああっ!」
一際高い悲鳴と共に足先はピンと伸び、顎が跳ね上がり艶めいた喉があらわとなる。
獣じみた荒々しさでベッドサイドテーブルの上にある、濃い碧色の液体が入った瓶を掴みあおると、一転して動きは止まり肩を落とした。
「やっぱり、お餅が食べたい」
ニクスとなって異世界で初めての正月。もちろん“正月“と呼んだのは真人ことプレイヤーたちであり、この世界に住む者たちにとっては“大聖祈謝“と呼ばれている。
この世界に四季はなく、四期がある。萌活期、活期、失活期、不活期であり、その順番で巡っていく。名前が違うだけで、四季と変わらないのかと言えばやはり違う。
この世界には魔素と呼ばれる“存在“があるとされる。“される“と言うのは偉大なる魔導師がそう著書に残したからであり、実際に見たものはいない。魔素はあらゆる物質に取り込まれ生物であれば、魔素は分解され、一部は生体を強化し、一部は魔力となって排出される。
本来体外へと放出される魔力を留め蓄え自在に使える者がいわゆる魔術師である。
この世界の“四期“とは魔素の運動が活性化しているかどうかを文字通り表しているのだ。
各期は90日で360日で1年だ。そして王国においては不活期の1日目こそ大聖祈謝である。
とは言えまだ異世界にきて浅かった、逆を言えばまだ日本の慣習にニクスは未練を残していた。要するに“ご飯“
が恋しいのである。この世界はパン食の文化であり、ゲーム時代にお米は見つかっていなかった。ないものねだりをしていても仕方ないと普段は自身を制していた。
しかし、正月である。それが一般的だったかはともかく、ニクス……菫にとっては正月と言えば“お餅“だったのである。例え途中で飽きてしまい、余った分をどうするか毎年悩むパターンを繰り返していたとしても食べなければ正月という気になれない。
寝正月と言って惰眠を貪っていたニクスは、菫であった頃を回想してしまい、結果としてお餅への葛藤がオーバーフローしてしまった。
実のところ、この日を迎えるにあたり、時に王国に忍び込み、時に農商国へと忍び込み露店や商会を探し歩いたのである。
しかし、お米らしいものはまるで見つからなかった。芽の毒性などから嫌煙されていたジャガ芋や、王国では見つからなかった野菜や果物を見つけては麻袋にほうり込み、人目を避けて異次元倉庫へと押し込んでいた。
それらは牧場の片隅を彩ることになる。だがしかし、肝心のものは見つからなかった。
「これが物欲センサーってやつか……」
の一言と共に諦めて【転移】した。
餅がないくらいたいしたことないさと、言い聞かせていたが、結局冒頭の通りである。
勢いよく状態を起こしたニクスはあぐらをかき、膝に立てた手に顎を乗せるとしばし思考し始めた。
明けましておめでとうございます。
いつも本作をご覧いただきありがとうございます。
皆様にとって良い年となられますように。




