お母さんとお父さん
微かに軋む音を立ててニクスの部屋の扉が開かれる。現代日本ほどの治安の良さはない世界ではあるが、牧場の警備を担っているのはタキタテだ。セ○ムより信頼は厚い。厚い……はず(タキタテ涙目)。
それでも目が覚めたのは危機管理が癖というか、当たり前になっているからだった。侵入してきた“誰か“は音も立てずにベッドに忍び寄ると、ニクスの後ろに横になったのだった。
“究極ジャージ“ことパジャマ代わりの“銀白の霊衣(CV(Color Valuation):薄紫)“からのぞく背中にコツンと何かが当たり、ヒヤッとする。
「……ニクス様、ごめんなさい。私、ニクス様が私たちをおいて人間の所に行っちゃうんじゃないかと思ったら怖くなってしまって……」
脇の下から回した手がギュッとニクスを抱き締める。“扉を開けて入ってっくる“時点でわかりきっていたがメェテルだった。
年上の女性が、まだ未成年の少女に抱き着くという奇妙な構図であった。
しかし、考えてみれば、動物の3年目と人間の3歳は同じではないのだ。
本来魔物の種族とクラスは同じである。メタいことを言えば、ゲームのシステムとして進化の条件に使われているのだろうとニクスは思っている。
ところが、どういうわけかメェテルは[執事]になった。そのせいか人型になれる【人化】が可能になっていた。魔物としては成体であるので、【人化】した姿も見目麗しい女性だが人の姿で重ねた歳月は長くはないのだ。
“見かけは大人、中身は子供“
ふとそんなフレーズが思い浮かんだが、想像すると嫌な大人だ。目の前の存在と一緒にはできないとニクスは思った。
「……タキタテに怒られちゃいました。家族ってのはお互いの枷じゃない、お互いの居場所を守り合ってるんだって。」
しばらくの沈黙の後でメェテルが言葉を紡ぐ。背中がちょっとこそばゆいニクスはあのタキタテが……?と疑問を感じざるを得ない。
フッと笑う声がして、
「……ニクス様はタキタテの
評価が辛めです。ニクス様についで“家“のことを思ってますよ。ニクス様が“家“の皆を愛してくれるお母さんなら、タキタテはどっしりと見守っているお父さんって感じでしょうか」
メェテルは気付かなかったようだが、ニクスはビクっと震えた。
それって自分とタキタテが夫婦ってこと?なんてこった。
お互いに家族だと思ってはいても、ニクスの寵愛を巡る争いとは別、それはそれ、これはこれだ。だからこれまでメェテルもタキタテのことを言うつもりはなかった。
「……これで借りは返しましたからね」
ボソリと呟いた音は言葉にならずニクスをこちょがしただけだった。
「最も、ニクス様の正妻の座を譲るつもりはありませんけどね」
続く言葉にニクスは混沌の渦中へと引きずり込まれていった。
もう自分が男なのか女なのかもわからないことになっちゃうんですけど?
いや、まぁ言いたいことは解るんだけども。役割としてってことですよね。お願いだからそうだと言ってよ、ねぇ?
そんな思考を振り払ってメェテルの方に振り向くと、メェテルは目を閉じて顔を臥せていた。構わずにメェテルの手をとると、胸の前で指を絡めてギュッとする。メェテルも目を見開いて真っすぐ見据えてくる。
「そう言えば一緒に寝たことってなかったよね。今日は一緒に寝ようか」
「はいっ!」
メェテルの表情がパァっと明るくなる。やっぱり喜んでくれてる方がいいなぁとニクスは思う。
得に人型になれるメェテルは表情がわかりやすい分尚更だ。
寝心地という点ではやはりメェテルの本来の姿の方が上だが、一緒に寝るのも悪くはなかった。
「皆に知られたら自分も自分もと一騒動になるから内緒ね」
人差し指を口の前に立ててウインクするニクス。一瞬の間をおいて二人で笑い合う。少し物惜しそうな視線に気づいて、再びメェテルの手を取る。
いつのまにか安らかな顔で寝息のハーモニーを奏でていた。
感覚の鋭いタキタテは心配そうにニクスの部屋に近づいていくメェテルの気配を感知していた。
ニクスがメェテルのことを怒ったり嫌ったりするとは思っていない。
「ガウ」
組んだ前足の上に顎を乗せてねっころがっている姿はとてもくつろいでいるだけにしか見えないが、半径2km以内のことは把握しきっている。
落ち着きなく揺れているしっぽだけがどこか不安そうだ。
しばらく悶々としていたタキタテだったが、二人が向き合ってくつろいでいるのを感じてホッとする。
「……ガウ(メェテル、ズルイ)」
ヒゲがしんなりと下がってしょんぼりなタキタテだった。
でも警備はちゃんとする。




