龍の逆鱗、菩提樹の葉、フローレアの……
「ねぇ、ルリ。フローレアは何をそんなに慌ててたのかな」
フローレアはいわゆる整理出来ないタイプではない。むしろ綺麗好きだと日頃の様子を見ていればわかる。
「姫様はこれまで動物と関わることが出来なかったので、ニクス様からお借りしている子がかわいくて仕方ないみたいで」
苦笑しながらルリが答える。
最も中に入っているのは精霊なので鳥そのものではないのだが。
「それでいて、デレデレなところを人に見られるのは恥ずかしいらしくて」
「でもさっき私のところに来てたんだからまだ帰って来てないはずよね?」
いくら“精霊便“が早いとは言え、【転移】してきたニクスより早いはずがない。ニクス自身が直接来たので、返信も頼んでいない以上今頃はちょっと遠回りして空の旅を楽しみながら向かって来ているところだろう。
「お待たせして申し訳ありません。お入りください」
慌てて駆け寄ってきたフローレアが扉を開け、息を荒げながらそう言う。
お茶を準備するというルリと別れ、フローレアの後について入り、勧められてソファに座る。
相変わらず実直な部屋である。華美な装飾はなくシンプルであまり王の部屋のようには見えない。
だが、一角に前とは違って布で覆われた何かがある。
この部屋には……シンプル故に際立って目立ってしまっていた。おそらくあれこそが自分を待たせて片付けていたものなのだろう。
ニクスが視線を向けているのに気づき、フローレアは内心焦っていたが、自分から口にだしてはいけない。努めて何もありませんよーという風を装っていた。
コンコンっと軽い音が響いて、
「失礼します」
とルリさんがティーセットをのせたワゴンを押してきた。
テキパキと準備し、ニクスたちの前に湯気を立てる紅茶が置かれる。
ニクスはコクンとかわいく喉を鳴らせて口にする。微かな渋みと甘味がバランスよく出ている。色は違えどどこか緑茶にも似た味だ。
「これはいいお茶だ」
「お口に合って何よりです。かつて、“方々“が好んで育てられたお茶の葉を作り続けているんです。」
なるほど、通りで緑茶のような味なわけである。
「自分たちで頑張ると言っておいて早速ニクス様にお頼みするのは恥ずかしい限りなのですが、少し聞いてもらえますか?」
フローレアも一口紅茶で口を湿らせてそう言った。
「まぁ、なんでもできるわけじゃないけどとりあえず聞いてみようか」
錬金術で案外パッと解決できるものかもしれないし、と考えているニクス。
「先日お会いした時に、帝国から親交を深めるための使者として皇族の方がお目見えされたという話をしたのは覚えていらっしゃいますか?」
「え?」
あ、そういえばそんなことを言っててスタット(あの馬鹿)から聞きだそうとしていたのに説教して忘れていた。牧場に帰って眠る直前に何か忘れている気がしたのはそのことだったのだ。
「ア、ウン。モチロンオボエテタサ」
ルリは俯きがちに表情を隠し、フローレアはにこにこ笑ってニクスを見ている。いっそ文句を言われた方が気が楽である。
「占拠された町に派兵して詳しいことを聞いて来させたりして情報を集めました。当時親善のためにお見えになられたのは第七皇子セプテム・ルグリア・ド・オーズ様、ただし直接お見えになられてはいません。」
「え?」
「その日、城へと駆け込んできたのは皇子に仕えている護衛の兵一騎でした。ひどく慌てた様子で、城の前で門番に止められたのを振りきって駆け込もうとしたところで倒れ込み、こう言ったそうです」
「親善大使、第七皇子セプテム・ルグリア・ド・オーズ様の隊の護衛のウォーズ・シードルと申します。皇子が貴国に入ったあたりで重病にかかり寝込んでおります。どうか、どうか貴国の碧雫……霊薬エリクシルを皇子に使わせて頂きたく」
実際には息も絶え絶えであったらしい。
「それに対し兄は、「そもそもお前が本当に帝国の兵かもわからない上に、第七皇子にエリクシルをだと、バカバカしい」と返したそうです」
執務室に沈黙が満ちる。
「それに対して“帝国を蔑ろにした“というのなら侵略者の言うことも間違ってなかったんじゃないか?」
ニクスはかつて聞いた話を思い出してそう答えた。
「兄の返答が間違っていたのはともかく、応対としては間違っていなかったんです。ニクス様は実感が持てないかもしれませんが、エリクシルの価値は天井知らずです。一人しか後継者がいない皇子が他国で瀕死状態になった場合、後でエリクシルの返還を神誓契約で結んでようやく使ってもらえるかどうかといったところでしょう」
それだけの条件を満たしてなお可能性があると言ったところなのだ第七皇子では使用許可が下りるはずもないということか。
「神誓契約って?」
「文字通り、神に誓う契約です。これを守らなかった場合、破った先のみならず、自国以外の三国から見放されます。国と国の契約の中で最も重い契約と言っていいでしょう」
ニクスの表情が青くなる。エリクシルがそこまでの扱いをされているとは思っていなかったのだ。自分の扱いぶりを思い返して冷や汗が出る。
「ですから、言い方はともかく断るのは当然だったのです。皇子のためにわらをもつかむ思いで尋ねたのかもしれませんが、それで侵攻を仕掛けてくるというのは些か度が過ぎていると言っていいでしょう。」
自分の認識を改めたニクスは尋ねる。
「それで私は何をすればいいんだ?」
ここまでの話にはニクスに何をしてほしいのかということは出てきていないのだ。
「ニクス様のおかげで国内はわりと落ち着きました。帝国に即位の挨拶をしに行こうと思います」
侵攻を受けた立場としては危うい行動だった。つまり……、
「その護衛をすればいいのか?」
「いいえ」
「え?」
「ふふふ、それは自分たちでどうにか致します。」
ここまでの話の流れを思えば意表を
つきすぎだった。
「……第七皇子については、トンと話はききません」
「つまり、エリクシルを奪おうとした算段であったと?」
「王国と帝国は昔から仲が良くて、父上が私たちを連れて帝国に親善のために訪れたこともあります。庭が綺麗に整えられていて、薔薇の花で覆われた一画に迷い込んでしまった私は一人の少年に会いました。歳に似合わず聡明で気品のある子で私を父上のところまで案内してくれたんです。帝国の皇子は私より年上ばかりでしたからもし第七皇子がいるとしたらあの時の少年なのではないかと思うんです。」
「つまり、フローレアの初恋の相手ってこと?」
「な、な、な、なんでそうなるんですか!?あの時の恩があるってだけですよ、本当ですよ!?」
顔を真っ赤にしたフローレアが身を乗り出して否定してくる。
「その子にエリクシルを使ってやってくれってこと?」
表情を引き締めてフローレアが応える。
「いいえ、ただ今回のことで話を聞くなら彼じゃないかとなんとなく思ったんです。でもなんとなく、で命令するわけにもいかないですし任せられるだけの相手がいないんです」
ちらっちらっとこちらに上目遣いのフローレア。ちくしょう、かわいいなぁ、とニクスは思う。
「フローレアがどうしてもって言うんなら聞かなくもない」
「このとおり、ど・う・し・て・も!」
ウインクしながら手を合わせるフローレア。
「友達の頼みじゃ仕方ないなぁ。一応うちの家族と相談してからね」
ぱぁっと表情を明るくしたフローレアはニクスの手を両手で掴み、上下に振る。
しっぽを振る犬みたいだなぁと失礼なことを考えたニクスだった。




