牧場の守護神?
なんとかメェテルを宥めてる。
「そういえばさっき報告があるって言ってたよね」
紙の束をやはりどこかから出すメェテル。
「ええと、エルフの里へのいつもの納品をしておきました。その際に帝国の動きが怪しいという話を聞きました。それから、チーズが欲しいということと、次回はニクス様の顔も見たいとのことです」
一つ一つ頷きながら聞くニクス。
「倉庫の在庫はまだある…ってか有り余ってるから問題はないかな?里に顔を出したら延々と里の男とくっつけようとするんだよなぁ…まぁ保留で」
メェテルはそのへんはうまくあしらうので配達は任せている。
「タキタテはまだ起きてこないの?」
家族のひとりであるタキタテが顔を見せないので聞いてみる。
「タキタテは夜番ですからね。まだ寝てるでしょう。朝食の匂いをかぎ分けてじきに姿を見せると思いますが」
タキタテは虎系の魔物で、夜行性ということもあって、夜の牧場の見張りをしてもらっているのだ。
「いつも任せちゃってて申し訳ないんだよなぁ。ご飯、奮発してあげよう」
そう言って二拍一礼すれば、型で焼けるサイズ、三斤分のフレンチトーストがとても長い特注のお皿に乗って現れる。
「ズルい!私だって食べたいんだから!」
それを見てジーニャが全身の毛を逆立ててふーと唸る。
「あのねぇ、タキタテは一晩中お仕事だったのよ!ご飯くらいしっかり食べさせてあげないとかわいそうでしょうが!」
ニクスはちょっと怒り気味にそう言った。
生意気・我が儘なところもかわいいと日頃大目に見ているが、怒るべきところは怒るのだ。
「私だって甘いのとか食べたいんだから!」
他の子らと違い、生物的にはただのねこなジーニャには過度な塩分や糖分は控えさせているのだが泣きそうな声で言われるとニクスも困る。
「でも他の子のご飯は食べちゃダメよ。以前タキタテのシチューを勝手に食べて、玉ねぎで死にかけたでしょ」
魔物たちはどういうわけか何でも食べられるのでメニューは楽なのだ。但し食べすぎて太ったりはするので全く気を配らなくていいということはないのだが…。
「嫌なこと思い出させないでよね、今でも体がビリビリする気がしてくるんだから」
耳がぺたんとしてしっぽが下がったジーニャはさすがにちょっとかわいそうだった。
そこに入って来たのは『噂をすれば陰』、のタキタテだ。頭から尻尾まで550cmを越え、背中までの高さは180cm程だ。600kg近い体重を感じさせず、音もなく歩くので近くまで来ていたのに気付かなかった。
しかし、それよりも特徴的なのはその体毛だ。
一般的な虎よりは長い毛でライオンの方が近い気さえする。そして、色は右半分が銀白で左半分が黒に限りなく近い紺色だ。それに合わせるように瞳の色も紅と金である。
ジーニャの前に立つと、顔を近づける。
「ま、まだ口をつけてないんだから!」
顔と、前足を横方向に全力で振るジーニャ。タキタテの迫力に完全に押され気味だ。無理もないが。
なお顔を近づけるタキタテに目をつぶるジーニャ。
ーーーやってきたのは予想外の感触。
ジーニャの顔を大きな舌が撫でた。
目元を拭ってやるつもりだったのだが、ジーニャの顔が力強く押しやられていた。
「うわっぷ!な、何するのよ!」
ジーニャがそう言うとタキタテの表情が心なしか悲しそうになる。
「おはよう、タキタテ。いつもありがとっ」
とニクスが声をかけると、表情がメーターを振り切るように明るくなってたてがみのようなモフモフの毛ですりすりする。ニクスに余計な力を加えないよう必死に力を加減しながら。
「GAAAAAA!」
もはや音ではなく衝撃波な挨拶を全身に受けるニクスたち。
タキタテがぶっとい手でフレンチトーストを差し、続けてジーニャを指す。
“少しなら分けても大丈夫か?“
そんな風に言っているような気がした。
何を隠そう、かつてジーニャが泡を吹いて倒れた時に一番慌てて心配したのが、勝手に食べられたタキタテだったのである。
「ジーニャ、少しだけにしておきなさいよ。お腹を地面に擦って、病気になっても知らないわよ」
パァっと表情を明るくして、端の方からかぶりつくジーニャ。さっきとは違う意味で泣きながらうみゃいうみゃいとでも言うかのように一心不乱に食べる。
それを見ながら穏やかに、上品に食べるタキタテ。
その光景を見ながら、やっぱりどっちもねこ科、親子みたいだなとニクスは思っていた。