閑話 銀嶺 菫 中2
終わりませんでした。
「ゲームって、そういえばろくにしたことないな」
高校生の時に数少ない友人に誘われて遊びに行った時の落ちモノ系とゲームセンターでやった太鼓で超人なやつくらいだ。
雑誌コーナーで騒いでいる学生たちの熱量からすると余程すごいものが出るのか。菫には見当がつかなかった。
雑誌を置いてガヤガヤと騒ぎながら出ていく少年たちと、それを睨みつけている店長。
菫は彼らのいたところに行くと、彼らが読んでいたのだろう、少し表紙がたゆんだやつを手に取る。全く基礎知識がなかったが、探して読み返したりする必要はなかった。
VR(仮想現実)ついに現実に、という現実なのか仮想なのかわかりにくい見だしで表紙から延々30頁その紹介が続いていた。
環境的に情報に疎くならざるを得なかった菫だが、それでも話を全く聞いたことがないのはおかしいくらい評判だったのだ。
そして発売されるソフトを見ていく菫。画像を見れば、本物にしか見えなかったり、現実的にありえないがさも当然の如く溶け込んでいるファンタジー要素に珍しく高揚が表情に出ていた。
だが、菫にはどのゲームが面白いのか想像もつかない。
歴史ある大作シリーズのファインファンタジーもグラフィックすごいな、で終わってしまう。新作、スポーツ、恋愛ものと見ていくもこれといって響くものがない。
縁がなかったんだな……と思いながらページをめくっていた手が止まる。MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)と呼ばれるジャンルの終わりの方に書かれていたソフトだ。
あまり編集部の熱が込められていないのか、画像は小さかった。
菫が目を留めたのは『VRで非日常を日常に』
の文字から続く、『VR技術によって、本当の異世界が体験できる』の文字だ。MMOと言われてもわからない菫にはわかりやすかった。
世間から遅れて心を囚われた菫は詳しい情報を調べるために雑誌だけ購入すると帰宅した。
……大人買いを期待していた店長がちょっと涙目で落ち込んでいたが菫の知るところではない。
ネットで調べてみると、ゲーム機の本体はあまりに期待値が高まっていて、ヘルメット型簡易装置のほうは予約で埋まっており、追加分も予約者から順次対応となっていた。
おやつを直前で取り上げられた子供のようにガッカリする菫。
始めようとして直前で出鼻をくじかれてやる気が削がれてしまい、バタリと後ろに身を投げれば見飽きた天井が視界を埋めていた。
「簡易型?」
ふと思うところがあって上体を起こすとキーボードを操作して画面を操作していく。
姿を見ることはほぼなくなったが、公衆電話のボックスをさらに一回りか二回り大きくして横に倒したサイズの 筐体 が見つかる。
中は寝そべるようになっていて、より快適にゲームがプレイできるとのことだ。
さすがは専用機だ。赤、黒、白、緑、青、オレンジの六色あり、断トツで赤が多くオレンジは殆ど売れていないようだった。理由はわからなかった。
菫はシンプルな黒を選ぶ。購入しようとして確定画面には
¥1,020,000
と表示されていた。
高すぎだろと思いながらも
躊躇いなく購入した。
どうせ使い道もないし、という日頃の習慣が悪い方に働いていた。ストレスも溜め込んでいたこともあるだろう。
3日後に専用機が届いた。予想以上に大きく、普通に入れることはできず、重機を使って、窓越しにいれることになった。業者の人はそれなりに慣れているのだろう。まぁお高い買い物だったのだからそれくらいしてくれなければ困るのだが。
割と自由な社宅だったが、さすがにちょっと小言を言われたのは仕方ないだろう。
備付けのベッドは邪魔なので壁に立てかけた。部屋がますます狭く感じられてしまう。
だが、“快適に遊べる“とい謳い文句に間違いはなく、介護用にも使われている素材は身体を半ば沈み込ませるように受け入れ、温度や湿度も設定可能、ノイズキャンセラーや衝撃吸収など、ゲームしなくても最高の寝心地だった。
ベッドで寝るという選択は最早ありえなかった。ベッド涙目。
専用機を購入した場合、ソフト一本無料で貰えたので後はサービス開始を待つだけとなった。
何かを楽しみに待つということも久しぶりだった。それが表情に表れていたのか、同僚たちが妙に視線を向けてきたのを不思議に思う菫。
言い意味で予想外だったのは、専用機の寝心地が半端なかったことだ。深い眠りに就けるようになり、5時間の睡眠でも翌日スッキリ目覚めることができた。
学校をサボったりしないよう、土曜日にサービスは開始された。ちょうど連休がとれた週だったのは運がよかった。掃除洗濯をパパッと済ませた菫は途中で邪魔をされないように軽くコーヒーとクッキーを腹に入れるだけに留め、シャワーを浴びてトイレを済ませると専用機に身を横たえた。
2週間以上お預けをさせていよいよ正式な使い方をする。電源を入れ忘れて動かないというテンプレもない。
いつもより細やかに頭部の位置を調整し、スタートのボタンを押す
透明な上蓋に赤い色で『LINK START』の文字が浮かび上がると、寝台部分にどんどん沈んでいくように私の意識は深く潜り込んでいった。




