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閑話 銀嶺 菫 中

 銀嶺 菫は母子家庭だった。

気にならなかったわけではないだろうが、幼かった頃はともかく物心がついてからは父親のことを聞いたことはない。


 母が必死に働いて、尚且つ一緒にいるときは優しく、時に厳しく育ててくれてからだ。

なるべく迷惑をかけず、家事を担うくらいしかできなかったのが歯がゆく思っていた。

父のことを聞くのは、母に対し不満を言うようなものなような気がしたのだ。


 だから後々になって唯一文句を言いたいことをあげたなら菫を置いて早々に亡くなったことだ。菫の名前で残されていた貯金通帳。感謝していないわけではないが、お金よりもっと一緒にいてほしかったというのが菫の本音だった。


 母親が亡くなったのは菫が中学生になって夏休みを迎える前だった。父親に会ったこともなければ、当然その親族にも面識はなく、母の親族にも会ったことがなかったため身寄りがなく、施設に預けられることになる。


 家事ができた菫は施設で重宝された。

平凡な日々が過ぎ、高校生になる。

卒業すれば施設を出なければならなかった。

教師に惜しまれつつも就職した。


 社宅あり、週休2日なら多少給料が少なくとも都合がいいかと即決、成績の優秀だった菫は面接でも好評価で受け入れられた。



 社宅あり(社畜からは逃れられない)、週休2日((2)週間に2日)だと知ったのは初めの一週間目だ。

さりとて気軽に辞めますなどと言えない身の上である。そのまま3年の日々を過ごした。


「2週間で2連休もらうくらいなら週休1日の方がましだっつの」


 キーボードをカツカツ鳴らしながら一人ごちる。残業で二つの針が頂点を突く頃であった。

新人教育係(但し新人はいない)になった菫は辞めた新人の代わりに仕事をしていた。


「新人の分全部私がやってるんだからその分給料寄越せ」


 最ももらったところでコンビニ弁当が少しランクアップするくらいで使い道もとい使う暇はほとんどない。順調に貯まる一方であったがもらえるものはもらっておきたいのも真理である。


        貰えないが。


 ギリギリまで眠りシャワーを浴びて身支度、朝食は10秒でチャージなやつで出勤。コンビニ弁当を昼に食べて深夜まで仕事。帰宅したら化粧を落とすのも時に忘れてそのままバタン。

そんな日々を繰り返してある日の連休。


 朝目が覚めて今日こそゆっくり眠るぞ、と思い横になって30秒。ガバッと身を起こす菫。


「こんな生活を続けてちゃだめだ」


 とりあえず起きてシャワーを浴びていつ買ったのかわからない手付かずのコーヒーを煎れる。


 せっかくの休日を無為に過ごしてはだめだと思い、何かきっかけを探しに本屋へ赴く。


 とりとめもなく雑誌を立ち読みしていると高校生がコミックを持ってレジへ向かう。


「刃金の錬金術師ヤバいよな」


「ヤバいヤバい」


 楽しそうにヤバいヤバい言ってる姿に首を傾げる。

その後も中学生やら小学生、大人までが購入していく。

どうも最終巻が発売されたようで多くの人が買っていく。

しかも子供から大人まで世代を選ばずに、だ。

菫は続きが気になって仕方なくなる派で、漫画や小説は終わってから買う(そもそもあまり買わないが)。


 しかし、ちょうど完結したらしいし読み手選ばずとなれば菫も気になる。


「お金はあるし」


 使い道はない、という言葉は飲み込んだ。


「げっ……」


 件の作品は30冊も出ていた。やっぱりやめようかとも思ったが、興味はあったし、何かを始めるにあたり『漫画を読む』という比較的難易度の低いものから入るのはありかもと思う。


 結局重い荷物を手に帰宅する。途中で何度も辞めておけばよかったと思ったが、家に帰り飲み物などを準備して快適な空間を整えてから読みはじめ、


 はぁ、と感嘆の息が漏れる。

気づいたら朝になっていた。

 トイレすら煩わしいほど集中してしまったのだ。準備していた飲み物も露滴で卓上を濡らしてすっかりぬるくなっていた。


 性格の真逆な双子の兄弟、エッジとアールが何度も困難を乗り越えながら世界を巡り、陰謀を叩き潰していく話だ。


 ギャグとシリアスのそれぞれのパートがメリハリよく配され、始めから終わりまできれいにまとめられていた。


「この作品と出会えてよかった」


 この後も何度も読み返した菫は次を求めて再び本屋へ出かける。


 この時買ったのは“カリカリ 狩人×狩人“。

あまりにも続きが出ていなかったので終わっているのかと思い購入して、歯がみした。内容は非常におもしろかったが。


 そしてまた何週間か後、本屋で情報収集をしていた菫。大人買いする菫はいい常連客で店主も文句を言わない。


「いよいよ発売だな」


「VRが現実になるとはなー」


「どのタイトルがいいんだろうな」


「まず本体が高すぎて買えない」


 ゲーム雑誌のコーナーで集まっている中学生がそんな話をしている。


 菫は知らなかったが、VR型ゲーム機の発売が近づき至るところで話題になっていた。



 



 

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