閑話 銀嶺 菫 上
目が覚めるとそこは路地裏のようであった。
三方を壁に囲まれた狭い視界は青空で占められていて、かび臭い臭いが鼻につき、眉をひそめた。
ここはどこ……?私は……銀嶺 菫。
身体が痛いということはなく、それほど長い時間転がってていたというわけではなさそうだった。酒を飲むという習慣はないが、道端で眠ってしまうことは……残念ながらありえないことではなかった。
そこまで考えたところでようやく頭がハッキリとし始め、年頃の女の身でもあり、路上で寝ていた事実に慌てて上体を起こすと、身を改めようとして違和感に気づく。
自分の手がえらく小さくツヤツヤで可愛らしかった。
落ち着いてみれば手だけではなく身体全体が縮んでいた。162はあった身長が150あるかどうかといったところか。突拍子もない状況だったが、彼女は落ち着いた。視界に入った服、見慣れた白いローブ。
「“LET“で寝落ちしちゃったのか」
LET、“Legendia Era Tales“。
VR技術が確立された当初のゲームの一つだった。LETならではというものがないにも関わらず、いち早くVR技術を取り入れたゲームとして一部で人気が出たゲームだ。
聞き慣れた自分のではない声が軽やかに響く。LETではスタート時の起動音声を読み取った声がゲーム内で使える他、いくつかの声から選ぶこともできた。
菫はゲームと現実を切り離して、ゲームの中でくらいは現実を忘れたかったので、自分の分身となるプレイヤーキャラは無駄に豊富なパーツを組み合わせて自分好みのかわいいキャラを作ったし、そのキャラに合う少し軽めの高い声を選んでいた。
LETにはキャラメイクで少し変わったシステムがあった。
“命名変換システム“ ゲーム内の雰囲気にあった名前に変換してくれるシステムだ。
例えば金髪で彫りの深い顔のキャラで“田中“とか違和感が仕事をしすぎて世界観に影響が出るということ盛り込まれていたのだ。
菫は元々滅多にゲームをしないタイプだったので、素直に自分の名前を入力して変換ボタンを押した。
“銀嶺 菫“は“ヴィオレータ ヴェルテニクス“に変わり、これでいいですか?と尋ねられた。
少し調べてみると“ヴィオレータ“はまんま菫のスペイン語だったが、ヴェルテニクスという言葉はなかった。
少し、とある作品の“名前を言ってはいけない闇の魔法使い“と名前の響きが似ているかなとか余計なことを考えたものの、それでOKにした。
生憎とすぐに顔を見られるものが思いつかなかったが、いつも遊んでいるヴィオレータの姿だという実感・確信があった。
だから、なんの問題もないはずだった。
だが頭の片隅で警鐘が鳴っていた。
何かがおかしい
何か致命的な勘違いをしている
そんな予感だ。
一旦疑い始めると気になってしまい、菫は目が覚める前のことを思い返すことにした。




