後世の歴史、目前のの現実
フローレアが何と言ったらいいか悩み、ニクスに相談したりする日々もあっという間に過ぎていよいよ当日。
余りにも多くの人間にビビりながらもフローレアは足を踏み出したのだった。
「この場に集う皆様は、通達を受けてご存じかと思いますが、病気になった兄に変わり、アール王国を治めることになりましたフローレア・レジーナ・フォン・アールです。ーーー」
出だしを聞いてテュエールは手で顔を覆った。王位にあるにしては腰が低すぎるのだ。
これでは権威が舐められる。
「大丈夫だよ、歴代の王様が皆同じだった?フローレアは新しい王ってだけだよ」
横からそんな落ち着いた声が聞こえてギョッとするテュエール。
思えば女王はこの国では初めてなのだ。
そもそもこれまでと前提が異なる。
「今までどちらに?」
突然現れたように見えたニクスにそう尋ねてしまうのも無理はなかった。
「フローレアの側にいたよ。でももう大丈夫そうだったから」
確かに、一歩踏み出してからはその直前とは確実に様子が違っていた。容姿が急に変わったのではないから、やはり内面、覚悟の差だろう。
「貴方には二つ申し上げたいことがあります。一つは王国のためとは言え、審問の場では失礼をしました、申し訳ありません。もう一つは我々が何度お頼みしても首を縦に振ってくれなかった陛下を1日足らずで動かしてしまった貴方への愚痴です。悔しいっ」
テュエールもまた、ライデッグと同じ思いを抱いていたのだ。
ニクスは見た目を裏切るテュエールの物言いに一瞬唖然とし、苦笑する。
「これから必要になるのは私じゃない。私には国の運営なんてサッパリだからね」
フローレアの見た目に圧されていた国民は、フローレアの自己紹介の後遅れて歓喜の声を上げた。それは暴君が去ったことを確認したからか、新しく掲げる王に期待したからか。
おそらく両方であったが、前の理由の方がこの時点では多い。
そしてどちらでもなく“女王か“とか“あの腰の低さではな“と期待ハズレだと思う者もいた。
それらが静まるのを待ってフローレアが次の言葉を紡ぐ。
「真人様の一人が再び地上に降臨されました。その御力を借りて、今私はこの場にいます」
ざわ、ざわざわ……うおー!
勝鬨でも上がったかのような騒ぎようで先ほどとは比べようもなかった。
500年の時間は長い。
最早彼らの日常においてお伽話であり、現実ではなかった。
数日前から噂は駆け巡っていた。
城へ出入りする者から口から口へと伝わったのだろう。半日と立たずして姿を変えた城。
無論この式典に参加するにあたり登城の際に目にしている。
遠くから来た者はそれまでの様子を知らないが、それでも改修されたとは聞いたことはないにも関わらず城が綺麗になっていたのだ。
再び静まるのを待ってフローレアが話しはじめる。今度はさっきより時間がかかったが、無理矢理黙らせることはしなかった。
「これだけ力を借りた私が言っても説得力に欠けるかもしれませんが、私は極力真人様の力に頼らないようにしたいと思います」
それはテュエールですら耳にしていなかったのである。
「私は以前から気になっていたことを真人様に尋ねました。それは“どうしてこの地を去ってしまったのか“です。もし神々が我らを見限ったのなら私たちは縋ることなくどうしていくべきか考えねばなりません。ですが、どうやら方々には本人たちにも知らされていない時間の制限があったようです。そして……またいつ地上を去られるかもしれないということでもあります」
中庭に安堵の声が広がる。
“神々に見放される“ということは生き死にが身近であるが故に恐ろしいことだった。
「初代様方の時代、方々に頼るしかないほど、困窮していたのだと思います。ですが方々がお帰りになられ、一度技術・知識・知恵は失われ残されたものにしがみついて来ました。どうしても困ったときは助力を請うことも必要になるかもしれません。失われた技術などを教わらねばならないかも知れません。私たちにこの地や様々なものを遺してくれたご先祖様方に恥じぬよう、後を托す子孫に誇れるよう私たちは私たちの手で精一杯生きましょう。そのために皆様の力をお貸しください」
フローレアは笑みを浮かべると、再度綺麗な礼をした。遅れて再び声が上がる。
その場に集う誰もが彼女を認めたわけではなかった。
だが、確かにこの日フローレア・レジーナ・フォン・アールはこの国の王として国民に認知されたのである。
かつて、4つに分かれた真人たちだったが、4国で共通の暦、“大聖歴“。彼らが地上に舞い降りた日を元年として、その512年後の王国は萌活期の3日目、後世初代国王についで評価が高いフローレア・レジーナ・フォン・アールが王位に就いたが、無論そんなことをまだ知るよしもない。
ーーーとある村にて。
日々の暮らしに追われる村に王都の兵士がやってきた。馬を下りると、村長の在所を尋ねる。村長は自宅にいると村民から聞き、場所を教わると一礼してその場を後にする。
その動きはキビキビと気持ちがいいものだった。
その兵士を迎え入れた村長は書状をわたされる。封は数える程しか見たことがなかったが、王宮からのもので間違いないと思われた。
許可を得てその場で読んだ村長に、兵士が補足する。
「遅れて王宮より馬車が参ります。ご参加頂ける場合にはこちらをご利用ください。ただ、都合上6人までとなります。移動時間もありますし申し訳ありませんが、馬車がくるまでにご参加の方を選んでおいて頂ければ幸です。それでは私は次の村へと参ります」
急ぎ家族を集め、相談した村長であった。
「親父よう、どう考えても罠だぜ、それは。今の王が不敬者を集めて一斉に処刑すると言っても俺は驚かんぜ」
村長の息子がそう言い、他の者も頷いた。
それほどスタットと取り巻きたちの評判は悪かった。何よりこの村が生活に追われているのは取り巻き貴族が国の定めている税とは別に課税しているからだ。
「お前、兵士の姿は見たか?」
村長は息子に尋ねた。
「ああ、兵士が来たって聞いてからはいざという時のために様子は見ていた。」
村長は何かを考える様子で、
「ふむ、お前に跡目を任せるのはまだ早いようだな。とは言え、もしものこともある。儂が半月経っても戻らぬようなら村は任せたぞ」
そう言って息子の肩を叩く。
身体はでかくなったが人を見る目はまだまだ。あの兵はいつもの馬鹿共の兵とは大違いよ。
王都に憧れる子供を宥めるのに苦労する村民も見受けられたが、大抵は後継ぎに任せて村長が参加していた。
中庭に集まり、式典が始まるまで、各村の村長たちはどうなるんだろうなと話し合っていた。
そして、それが分かるときは目前に迫っていた。




