眠り姫
アール王国、王都ジェルム。
普段は立ち入りを認められていない城壁の中に、これほどの人がどこに居たのかと言うほどの人が居た。
「緊張したらこう呟くといいよ。『人がまるでゴミのようだ』」
中庭の様子を盗み見て、怖じけづいたフローレアにニクスがアドバイスした言葉だった。
「それは酷いと思います」
フローレアは真面目に返した。
が、いざバルコニーから顔を出すと、直面した現実に圧倒された。
「ま、まるで人混み(・・・)のようだ!」
自分にだけ聞こえる声で呟くも、体は固まって動く様子はない。
フローレアの姿が見えるようになり、中庭の人々が静まりかえっていく。
沈黙が場に満ちたなら、いつまでも黙っているわけにはいかない。
ドクン、ドクン。
心臓の音が妙に大きく聞こえる。
話し出そうとする声が形にならず、ガチガチと歯が鳴りそうになったとき左手が何かに包まれ、暖かくなる。
「傍についてる」
短い一言だったけれど、耳元をくすぐっていった言葉がフローレアの体を軽くした。
ーーー一礼。
礼儀作法など習いもしない農民ですら見とれてしまう美しさがあった。
「この場に集う皆様は、通達を受けてご存じかと思いますが、病気になった兄に変わり、アール王国を治めることになりましたフローレア・レジーナ・フォン・アールです。ーーー」
フローレアが王位につくと決めた翌日から、王宮内はてんてこ舞いだった。スタットと取り巻きたちの後始末に追われたのと、国民へのお披露目のためである。
3国への使者を出すのと同時に、国内へのアピールもしなければならなかったのだ。そもそも王宮内の人事すらおぼつかない状態だったから。
「一月でもギリギリだ!」
テュエールが作業に追われながら叫ぶ。
そもそも女性の王はフローレアが初めてだったのだ。うまく内外に認めさせるために派閥を固めなければならない。
そんな時に限って、フローレアに謁見したいという取り入り貴族が次々と押し寄せて来たりと忙しさに拍車をかけていた。
「ふん。今頃媚びを売って来るものなど役に立つものか」
目元にクマが出来ているテュエールと、付き合いのライデッグだ。
「王宮を維持していくためにはそういう輩もうまく使わなければならん」
その頃、ーーー離塔。
「私はこんなことをしていていいのかしら?」
侍女の手で手入れをされるフローレアは落ち着かなかった。
「姫…陛下、これからは見た目も重要になるのですよ。今までも蔑ろにされていただけですが」
ギロっと睨みつける侍女。
まだ“姫様“感覚が抜けていないのがところどころに見える。
「それにしても……本当に、本当によかった…」
侍女、ルリことルリネイアはフローレアの手をとって撫で、嬉し泣きをした。
燐光を放ってでもいるかのような綺麗な手が
ルリに抱かれていた。
朝、いつも通りに起こしに来たルリは着替えもせずにベッドに伏していたフローレアを発見する。昨日はいろいろと忙しい日だったから気疲れしたのだろうと思ったのだ。
「フローレア様!起きてください!」
いつもなら目覚めの良いはずのフローレアがまるで動きがない。
「ううぅ……」
呻き声が聞こえてきて、フローレアの元に駆け寄って顔を見ると、顔が赤く、熱もあるようだった。だが、不思議となぜかいつもより綺麗な気がした。
「はっ、こんな時に何を。早く医者を!」
と部屋を飛び出して行こうとしたルリの肩を掴まれる感触があった。
「姫様?」
今この部屋にいるのはルリとフローレアだけのはずだったのでそう問いながら振り返ったのは当然であった。
「フローレアに異常はない。むしろ健康過ぎるくらいだと思うよ」
聞こえてきた声はフローレアの声より軽やかだった。
「くせ者っ!」
スカートに手を入れたルリの両手にはそれぞれナイフが握られてい
なかった。
既に投擲されていたナイフは虚しく空を切り、壁に当たる前に消失した。
「危ないなぁ。侍女って戦闘とかできるものなんだね。いい腕だった」
微笑みながら
そう言った彼女の手には薔薇の意匠が刻まれたペーパーナイフ(業物)が握られ、右目に光の幾何学模様が浮かび上がっていた。
今回時系列が入り組んでいます。
わかりやすいように直さないといけない気がする。




