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選定

 身動きを封じられたスタットとその取り巻きの兵士達をニクスは見下ろす。


 瞳から金色の輝きは既に失われていたが、代わりに夜の海の揺らめきのような光を湛えていた。


「お前がフローレアに暴力を振るっていたのを知って、今日なんかは八つ当たりに来そうだなと思ったが、本当に想定以下の行動しかしなかったな、と呆れるべきか感心するべきか。まぁちょうどいい。お前には聞きたいことがあったんだ」


 暗い瞳は、直前までの闘い、もとい一方的にやられたことと相まって彼らを恐慌状態に陥らせていた。


「貴様らに話すことなど何もないっ!」


 故にそう言ってのけたスタットはある意味でたいしたものだった。

   

   例え無謀であったとしても。


「お前、自分の立ち位置を理解していないのか?」


 スタットの顎を握って上を向かせるニクス。

小さな手からは信じられないほどの力だ。

ニクスの右目が一瞬光り、付与術士の【筋力増強】、杣人の【一握集中】などの筋力に補正をかけるスキルをまとめがけした結果である。


 スタットと捕われ兵士の体を、触れるか否かの

位置に剣が5、6本ずつ突き刺さる。


「私の力の秘密を知るお前らを生かす理由なんて私にはないんだ。いつか私の首を絞める結果になりかねないしな。それでも敢えて怪我一つさせずにおいてやったのはフローレアが望まなかったからだ。それとて、私にとってはなるべく善処するに過ぎない。どうせあったところで役に立たないどころかろくなことをしないんだ、切り離しておいたほうが王国のためだろう?」


 そう呟いて艶と微笑むニクスは見た目が幼い少女のものなので逆に妖として際立ち、怖気が増す。


「貴様!この国の王である僕に手を出してみろ、ただでは済まないぞ!?」


 本来であれば、相手は怯えすくむであろう言葉もニクスの表情から笑みを剥がすことはできない。


「そんなものがお前の自信の根拠か。ならまずそれを奪い取ってあげる。ちょうど観客も揃ったみたいだし」


 その言葉が示す通り、


「姫様!ご無事…ですか?」


 審問の場にいた兵士の幾らかと隊長、宰相のテュエールが入り込んで来て、その場の惨状に目を見開く。


「私は怪我一つありません」


 テュエールは目をさらに大きく見開いた。



    フローレアが否定しなかった。



 これまでは“姫様“と呼ぶたびに


「私はそんな大層なものではありません」


 と言われてきたのだ。


 そしてどこか強い意思を表情から感じられる。

テュエールと兵士たちはその場で跪いた。


「何をしているっ、こいつらは僕に、この国の王に対してこのような仕打ちを行ったのだ。早く捕まえ…」


 騒ぎ出すスタットを遮るように、凛とした高らかな声が響いた。


「ヴィオレータ・ヴェルテニクスの名において問う。王国法第零法に基づき、スタット・グランツ・フォン・アールの王位を破却する」


 スタットの頭部にある小さな宝冠の中央の玉が暗滅する。

そして玉から放射状に黒く染まって行き、灰となった。


「何だ?何をした?」


 狼狽をあらわに、スタットが喚く。


「元々その宝冠は悩むレギウスのために我々の仲間の一人が作ったものだ。レギウスはいつも自分が王でいいのか悩んでいた。“もし自分が権力に溺れ、国にとって害でしかなくなったときは方々の手で自分を止めて欲しい“自らそう言ったレギウスが欲に駆られるなど誰も思ってはいなかったが、レギウス自身を安堵させるために魔導具作りの一任者に頼んだ。皆、聞こえたか?」


 テュエールたちが頷く。


「頭に声が響きました。“スタット・グランツ・フォン・アールを王として認めるか?“と」


 フローレアが答え、


「これはアール王国の国民すべてに届いている。

そしてその8割以上の否を持って廃位を示すものだが、およそ9割がお前を拒絶した。お前を持ち上げていた貴族からも見切られたんじゃないか?」


 俯いたスタットの頭部から崩れ落ちた灰は光を纏いニクスの手元へと飛び立つ。

鳥の形をした光はニクスの手の中で再び宝冠を形どる。


「フローレア」


 うってかわって優しい声で呼びかけるニクス。


「はい」


 対するフローレアの声は固い。

ニクスの前へと歩みより屈み込んだ。

周囲のものたちもまた跪き、ただ固唾をのんで見入られていた。


「これは“選定の鳳冠せんていのほうかん“と言う。“王に権力はなく、国民によって預けられるもの“を具現化したものだそうだ。この冠に認められている限り、君が王であることを許される。」


 フローレアはただ首を竦めて受け入れる態勢をとる。わずかに体が震えるのを必死に堪えていた。


 ニクスは覚悟を見て取り、敬意を払い静かに宝冠を載せた。中心の玉が揺らめく火色に煌めく。


 フローレアを中心に、どよめきが唸りとなって放射状に広がっていく。


 フローレアを讃える声が大きくなり、誰の耳にも届かなかったが、小さな呟きがニクスの耳に入る。


「なぜだ、何故僕じゃダメなんだ!」


 ニクスはスタットの元へと歩み寄る。

フローレアはそれに気づき、そちらに目をやった。その場にいる者たちも釣られるように視線を動かす。


「正直な話し、私には王様にはどんな人間が相応しいとかそんなことは知らんっ!庶民だしな」


 フローレアはただ静かに耳を傾け、他の人間は一同ギョッとした。


「今日会ったばかりだ。人柄も能力も把握できるわけがない」


「だったら!」


「それでも!妹(血の繋がった、守るべき弱い者)に鞭を振るう者が国民(血も繋がっていない、弱い者)にどんな振る舞いをするかは分かる。私がお前が王位にふさわしくないと断ずる唯一絶対の理由だ。」


「僕たちは王位を争いあう関係だったんだぞ」


 弱々しく反論するスタット。


「フローレアは、お前に痛めつけられていても、血を流さない決着を望んだぞ」


 といえば、ついに俯いてしまい、テュエールの連れてきた兵士に囲まれながら退出した。


「フローレア、幼虫が蛹になって蝶になる際は一旦体が溶けてドロドロになるらしい。」


 いきなり何を言い出したのかフローレアにはわからなかった。


「きっと今夜は眠れないと思うけど、別に異常とかじゃないからね。うん、それじゃ帰るね。明日また来るからー」


 さっぱり話しが見えなかったが、ニクスが帰ろうとしているのだとわかり慌てるフローレア。


「ちょ、ちょっと待って……行っちゃった」


 ニクスを止めようとした手は空を虚しく舞う。




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