牧場の朝景(もう昼に近いけど)
衣服の設定に手間取りました。
銀髪に似合う服って難しい。白とか黒ばっかりな
んですもん。
汲み置きの水で顔を洗い、もふもふのタオルに顔を埋めてようやく眠気を振り払ったニクスは、先程までとは別人のようにシャキッとした様子で勝手口へと足を向け、途中リビングの一角で足を停めた。
パンパンっと渇いた音が2度響き渡り、ニクスは頭を下げた。そこには見慣れない様式の、小さな木造の屋敷ーーーどことなく厳かな雰囲気漂うそれは神殿であろうかーーーがまつられており、風変わりな絵が天井に貼られている。
まぶたを上げると、ニクス周囲の空気が清められ、澄んでいるような気がする。
そんな様子をときどきジーニャ達が不思議そうに首を傾げて見ているのだが、今日は観客はいないようだった。
本来の用途とは違う使われ方をされている勝手口で、ローテーションで履いているブーツの一つを手に取るといそいそと履く。
つま先をトントンとするのは革の靴には良くないのだが、ニクスは癖になっていた。
戸を開けると、やっと起きてきたのかとばかりに皮肉のような陽光が眩しくて、再度手を翳す。最もこれはニクスの被害妄想であり、太陽は個人へと攻撃をしているつもりはないだろう。
作業の邪魔にならないよう藤と白色の格子模様の三角巾で頭部を覆い、後ろ髪は一つに束ねている。ゴムのような素材がないので、巾着袋の口の部分のような、紐を通した落ち着いた模様の布を使ってまとめている。
ワインを煮詰めたような、濃い、紺にも近い紫色のエプロンもこれからの作業を思えばおかしくはない。
不自然なのはそのエプロンの下、ほとんど白に近いピンクのブラウスと明るい茶地に焦げ茶の縛り紐のホットパンツに、ピンクと白の縞ニーソックスである。
ちらりとのぞく絶対領域が健康的な魅力を放っているが、あまり作業に適しているとは言い難く、ブラウスも汚れると目立ちそうである。
ぱっと見、どこにでもありそうなそれらだが、仕立てを見れば、素材も上等なものであったし、縫製も丁寧に為されていて非常に着心地がいい。とてもではないが軽々しく作業着にするものではない。
しかしそんなことはお構いなしとばかりに獣舎へと歩みを進めるニクスは鍵もかかっていない(・・・・・・・・・)獣舎へと足を踏み入れると、
「みんな、おはよー」
と手をメガホンのようにして声を張り上げ、すぐさまその手で耳を塞ぐ。
わずかな間を置いて、周囲から数種類の鳴き声が響いて、花火が響くように、重低音がニクスの全身を撫でて行く。頭巾が飛ばされそうになるのを押さえたいが、耳を塞ぐ手を離すことはできない。
真っ先に駆け寄って来た一羽の鳥・・・鳥?が密度の濃い重量感のある体毛を擦り寄せて来る。
ぱっと見外見はニワトリに見えるが、まず大きさが縦横にそれぞれ一般的なニワトリの5、6倍はある。
それより何よりそのしっぽが 鱗に覆われ た、龍の尾のようだったのだ。
ーーーコッカトリス。たった一羽で国を落としうることから“国家盗りす“ともうたわれる災厄クラスの魔獣であるーーー、が嬉しそうにニクスに撫でられて目を細める光景を見れば、普通の人なら気を失いかねない。
「こっこさんも元気そうだね」
というニクスの言うことを理解したようにゴッゴゴッゴと鳴く。鳴き声から“こっこさん“ではなく、コッカトリスの頭をとって“コッコさん“と名付けられたのだが、どちらにせよニクスのネーミングセンスの残念さを否定するものではない。
「今日も卵、分けてね?」
と上目遣いで見ると、ゴッゴゴッゴと
鳴きながら、右翼で獣舎の片隅を指す。
ニクスがそちらに目を向けると、そこだけ汚れていない敷き稾が集められ、5つの卵が丁寧に置かれていた。
それでいいのか本能と思わなくもないが、手を二度合わせ頭を下げると、ありがたく頂いて異次元倉庫へと慎重に入れ、代わりに毛の固めのブラシを取り出し、焼跡がデフォルメのニワトリマークであることを確認する。
専用のブラシでないと機嫌を損ねてしまうのでここは重要だ。
全身をブラッシングしてあげながら、どこか体調の悪そうなところはないか確認をする。
コッコさんの体毛は重厚で、実際生半可な武器では傷一つつけられないし、炎の魔法などでも余程高位のものでなければ焦げ一つつかないので、ブラッシングもなかなかの重労働だ。ブラシも特注のミスリル合金を細く伸ばしたものを使っている。
全身にツヤが出たところで終了、名残惜しそうにしているコッコさんに、
「いつもありがとうね、お外に行っておいで」
と送り出す。
確かに販売とかしているわけではないのだが、ニクスがくるのを待っていてくれたのだとしたら、申し訳なかったなとニクスはちょっと朝寝坊したことを後悔した。
そこに背中に衝撃がくる。
「痛たた」
と腰を押さえながら立ち振り返ると、
ブモゥと鳴きながら牛?が頭をこすりつけていた。
「ぎゅ~ころもおはよ。元気いっぱいだね」
苦笑しつつ鼻筋を撫でてやるとこちらもまた嬉しそうに頭を押し付けてくる。ちょっと力が強くて地面に引き倒されそうになる。
「今日もよろしくね」
獣舎の入口付近にあった脚立を持ってぎゅ~ころの側面に回り、グラグラ揺れないことを確認して脚立の上に立つ。再び手を合わせて一礼すると、
手を目一杯頭上へと上げて、ぎゅ~ころのお乳の乳頭の付け根部分を親指と人差し指で締め付け、それから残りの指で握り混むようにしながら圧迫してやると、ぢゅっぢゅっと勢いよくお乳が放出された。
手慣れた様子で両手でそれぞれ搾っていると、それなりの量が溜まっていく。
空中に。
ニクスの、ぎゅ~ころとは違って薄い胸部の20cm程前に、少し黄色みがかった白色の液体が勢いよく注がれ、螺旋状に流れを生みながら直径50cm程の円筒状に溜まっていく。
「結界術をそんな風に使うのは貴方くらいよね」
そんな声が聞こえたが、作業中は目の前のことに集中することにしているニクスは応えなかった。
見かけは牛だが、もちろんただの牛ではない。ぎゅ~ころは地面から背の高さまでは5mほどもあり、お乳まででさえも脚立に上り目一杯手を伸ばしてギリギリの高さである。不安定な足場での作業でそれなりに重労働をこなしたニクスの額を雫が光る。
どこからともなく陶器製のマグカップを取り出すと、空中で緩やかに波打っている文字通り乳白色の液体へと近づける。樽に穴が空いたように放物線を描いて流れでたそれはこぼれることなくマグへと飛び込み、充分に注がれたところで乳白色の滝は流れを止めた。
ニクスは無意識に腰に手を当てると勢いよくマグを傾けた。コクコクと鳴る喉も艶めかしい。
「ふは~。やっぱり、ぎゅ~ころのモーミルはサイコーだね!朝はこれじゃないと」
口の端を白く染めながらニクスが言う。
ウ゛モゥゥゥ!と鳴き声がして、石を投げ込んだ水面のように、身体の中心から放射状に肌が波打ったようになる。
「ぎゅ~ころ、嬉しいときに【威圧】のスキルを無意識に使う癖は直そうね」
飲みきっていなかったらモーミルまみれだったかも、と苦笑しつつニクスは鼻筋を撫でてやる。短めの毛の感触が気持ちいい。
「貴方、マグをまたてきとうに次元倉庫に放り込んでたでしょう!ちゃんと洗いなさいよね」
ちょうど搾乳の時間に間に合うようにやってきていたジーニャが無粋な声をあげる。
「次元倉庫の中なら時間が流れてないから大丈夫よ。ジーニャはいらないの?」
そう言って取り出したのはジーニャ用の深皿だ。
「いるっ!」
さっき自分で言ったことなど忘れてしまうジーニャに、都合のいいやつめと呟くが、言葉とは裏腹に表情は穏やかだ。
そこにもふもふとした感触が押し付けられる。
「おはようございます、そしてお疲れ様ですニクス様。お顔にモーミルがついてますよ」
タオルを持って優しげに微笑む女性がいた。