レギウス・ベルス・フォン・アール
取り囲んでいた兵士達全員がバランスを崩す。倒れなかったのは彼らの職業意識の高さからか。
そして違和感の正体を知る。もはや身の一部となっている剣と鎧、数10kgあるそれらを瞬時に失えばそうなるのも無理はない。
勢いよく突っ込んでいたジュヴェニはもんどり打って転がり、壁に頭を打ち付けて気を失っていた。
「【錬金術】“No19 夢幻刀楼“」
正気に戻り、声のした方に目を向ければ、自分の首先にナイフほどの片刃の曲刀が突きつけられている。
持ち手は居ないが、浮いた曲刀はピッタリとこちらに突きつけられている。
よく見れば自分だけではない。議場にいる者全てという全てが同じように突きつけられている。
「動くな!動けば他の者の首を掻き斬る」
と言われれば、自分たちはどうにかできても動くわけにはいかない。職務のために兵に死ねと命ずることはできる。法務官達も止むを得ないといえば止むを得まい。
だが、陛下(あの馬鹿)はともかく、“あのお方“もまた相手の手の内にいる以上はどうしようもない。
「ひぃっ、動くな、誰も動くんじゃないぞ!」
スタットの言葉に威厳はすでに無かったが、その命令は兵士達にとっては好都合だったので従った。
「お前達の姿を見てレギウスはなんと言うかな」
静まりかえった議場にニクスの声はよく響いた。悲哀が篭っており違和感を感じたのもつかの間、その口から出た名前が問題であった。
“レギウス・ベルス・フォン・アール“
アール王国の建国王にして唯一王。
子が生まれた時、王族の名にあやかって名付けることは国民達にはよくある。
ーーースタットの名にあやかるものがいるかはわからないが。
だが、恐れ多いということで子につけることを躊躇われた。同時期には何人かいたのかもしれない、だが初代国王となって以降“レギウス“の名を持つ者は誰もいない。故に唯一王。
当然ながらその名を呼び捨てにすることなど許されるはずもなく。
真っ先に反応したのは国に忠誠を誓う兵士達
ではなく、
メイド服を着た女性で、続く兵士達とは裏腹に怒りの篭った目ではなく、どこか眩しいものを見る目だった。
「レギ、ウス…?」
スタットに至っては即座に至らない始末である。
もし、“あのお方“に刃が突きつけられていなかったら、自身が傷つこうとも兵士達はニクスに向かっていたであろう。
兵士達だけではない、法務官、宰相いずれもが血走った目をしていた。
ーーーどうやらレギウスは好かれているらしい。
「かつて、あなた方の先祖が畏怖と敬意を込めて“真人“と呼んだ者達は未開の地を拓くにあたり、四方へと別れた。その際の目印としたのが4つの聖河。その一方に王国ができただけだ。別にヴェスト聖河とスーズ聖河に挟まれた領域を王国の領土としたわけじゃない」
ニクスの口から紡がれたのは失われた時代の物語。
「あの時代、未だ王国はもとより、国というものは存在していなかった。住みにくい、それでも人間達に許された唯一の生存圏でレギウスは自然と周りの人から頼りにされ、信頼されていた。真人達が地上に舞い降りて大聖山の麓から平地を開拓していくにあたり、レギウスは彼らに頼み込んだ。“か弱いひな鳥に、激しい雨から身を守るために軒下をお貸しください“と。まだ認知されていなかった真人たちは言わば荒くれ者に過ぎず、レギウスは国王ではなかったものの集団を纏めるリーダーだった。それでいながら躊躇いを見せずに頭を下げたレギウスに敬意を払い、真人たちは彼がこの地の王である限り、我等は王とその民を助けようと約束した」
「なぜ彼らは、真人の方々は自らが王になろうとはしなかったのですか?」
それはメイド服を着た女性だった。いや声を聞いてみればまだ少女という方が正しかった。
ニクスは顎に手を当てて少し考え込む。
「ふむ、恐らく興味がなかったのだろうな。椅子に座って面倒なことを押し付けられるより気ままに冒険をしたかっただろう」
多くの者が何を言っているんだこいつはという顔で見ている中、少女は一人納得したようなスッキリとした表情だった。
「ありがとうございます。長年喉につっかえていた骨がとれた気分です」
目を閉じて満足そうに微笑む少女。
「私の言うことを信じるのか?」
ニクスは思わず聞いてしまう。
「はい、言い伝えによると、“初代様“の最後の言葉は“王になど成るものではないな。手が届くのは精々胸元まで。足元までは目すら届かぬ。だが、方々との約束は守れたであろうか“だったそうです。」
少しだけ目元が潤むニクス。
「そうか、レギウスらしいな」
しばらく静まり返っていた。
「私はただ静かに暮らしたいだけだ。人が苦労して切り開いたものを横から掠め盗ろうなどと小賢しい真似をするな。あなた方の行動がレギウスを辱めることになると知れ。…さて、予期せずレギウスの最後を聞けたのは望外の幸運であったが私にはもうここに用はない、帰る。」
返す言葉を待つことなく、ニクスの姿が消え、議場内に満ちていた威圧感がパッと消える。
「あの女を追え、捕まえて僕の前に引きずり出せ!」
スタットの命令に従う兵士は誰もいなかった。