彼氏のいないクリスマス
クリスマス
それは私には無縁の言葉。
自分ではそう思っていたけど、彼はそう思わなかったみたい。
12月25日午後8時20分。
私はとあるイルミネーションの前にいた。別に待ち合わせをしている訳じゃない。ただ、こんな日に家に閉じこもるのもどうかと思ってフラリと来てみただけだ。
私は彼氏がいない。
そのくせにこんな所に来て、独りぼっちだと後ろ指をさされるのも無理はない。いないものは仕方ないのだから。
それでもしばらくいると疲れてくる。人混みで空気は悪いし、イチャつくカップルを見て精神的にも疲れる。
自分でも何でこんな所に来たのか分からない。ただ、何か未練のようなものがあったような気がしただけ。今となってはその未練すらばかばかしく感じるけど。
「帰ろう。」
誰に伝える訳でもなく呟いた言葉。この一言がすごく虚しく感じた。
虚しさを誤魔化すように踵を返した途端、声を掛けられた。
「待ってよ。」
声の主に覚えがあり振り向くと、ひとりの男がいた。
「………!!」
「久しぶり。」
「何でここにいるの?」
「君に会いたくて。」
「…もう私たちは別れたんじゃないの?」
「……僕はそう思いたくない。」
「私だって思いたくないよ。でも……」
「……とりあえず、話をしようよ。あそこに座ろう。」
彼があそこと指したベンチに並んで腰を下ろす。
改めて彼を見ると、茶色いコートに黒いマフラー、ツートンのニット帽とあの日から全く変わっていない。
「コーヒー飲む?買ってくるよ。」
「いや、いいよ。飲めないし。」
すぐに拒否された。謙虚なのかはっきり言い過ぎなのか。まあ、どっちにしても彼はコーヒー飲めないんだった。
「それで、もう一回聞くよ。何でここにいるの?」
「さっきも言ったように、君に会いたかったから。」
「……理由じゃなくて、どうやってここに来れたの?私たち、あの日に無理やり引き裂かれて、あなたは私の知らない所へ行っちゃうし……、なのに、どうしてあなたはここに来れたの!?」
「落ち着いて。確かに僕が今ここにいるのも奇跡だよ。何で来れたかって言えば…」
クリスマスだから?
なにそれ。
じゃあ、逆に言えばクリスマス以外は会えないってこと?
「うん、まぁー…………そうなるね。」
「…………………………ぃゃだ。」
「ん?」
「一年に一回だけしか会えないなんて、いや。」
「仕方ないよ。どうにも出来ないんだ。」
「……だったら、何で今更会いに来たの!?わざわざ私を悲しませるため!?もしそうなら、帰って!今すぐに帰ってよ!!」
「……ごめん。」
ハッとして彼の顔を見ると、泣くのを耐えるように顔を歪めていた。
「あの日、ちゃんと言っておけばこんなに尾を引くこともなかったんだけど………。」
「あ……ごめん。私もカッとなって……。」
「でも、『あの日』のことは許してくれないかな。どうしても君を守るのに精一杯だったんだ。」
「………………」
「その時に渡そうと思っていた物も渡しそびれちゃったから、今渡すよ。」
そういって彼が取り出したのは小さな、でも高級感がある箱。
「開けてもいい?」
「もちろん。」
パカ、と可愛らしい音を立てて開いた箱の中には、一つの小さな指輪があった。
「結婚指輪、だったんだけどね。」
「……………………………」
「もっと早く渡しておけば良かったなぁ……。」
「………………………うっ、うぅ……うぇ…」
涙が溢れてくる。周りに人がいるのに気にすることが出来ない。
「グスッ、…ヒック……うぅう……」
「事実婚とか出来たらいいのになぁ…。」
「……………………したらいいじゃん。」
「えっ?」
「だから、今、ここでプロポーズしてよ。本当に私のことを想っているなら…………。」
すると彼は私の方に向き直り、真剣な表情で想いを告げた。
「僕は、あなたのことを愛しています。どうか、」
僕のことを忘れないで下さい。
「……はい。私も、あなたのことが大好きです。」
「ありがとう。」
本当は、思いっきり抱きしめたかった。だけど、今となってはそれすらも叶わない。
「……じゃあ、そろそろ帰らなきゃ。」
「うん。また来年も来てくれる?」
「当たり前だよ。君が僕のことを忘れてなければ、ね。」
「忘れる訳がない。あなたも、別の恋人を作っていないといいけど。」
「作れるはずがないし、お互い様だよ。」
「「…………フフッ。」」
「じゃあね。」
「うん。」
彼の去り際を見たくなくてよそを向いていたけど、やっぱり見送ろうと彼の方を向いた時、彼はもういなかった。
“一年に一回、クリスマスの日にだけ会える。”
そっか………、ちょうど一年前なんだっけ?
彼が私をかばってトラックに轢かれたの。
私は(この世に)彼氏がいない。