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なろう的童話シリーズ

彫刻家と天使

作者: 風木守人
掲載日:2013/02/07

とある村に彫刻家がいた。

彫刻家は白亜の原石を彫像に変えていた。

自分の中にあるものを信じて、ただただ、像を彫り出していた。


とある天使がいた。

天使は自らの姿を美の極致として捉えていた。

そのため、自らが生み出すものもまた、美しいと考えていた。


彫刻家を評価するものは誰もいなかった。

妻は彼の彫像を密かに馬鹿にしていたが、人一倍働く夫だったので何も言わなかった。

町の他の住人も、彼の行為を変わった趣味だと思っていた。


天使は全ての存在から称賛を受けた。

神もその姿を称賛し、太陽が恥じて(こうべ)を垂れ、月が詩吟を(ささや)いた。

天使はますます自分の美しさを完全なものだと思った。


彫刻家は黙々と像を彫っていた。

人間の労働を、自然の美観を、神々の芸術を、形にするために。

ただ、黙々と、彫った。


天使は絵を描き、像を彫り、歌を歌った。

人間の芸術家と作品で競っては常に勝利した。

そのたび、天使は敗者を殺していた。


ある日、二人は出会う。

天使が彫刻家に勝負を挑んだのだった。

「人間の分際で芸術家を志すとは、生意気な奴め」


彫刻家は天使の顕現に驚く一方で、その美しさに感嘆していた。

しかし天使が自分に敵意を向けている事に気づくと、厳かに答えた。

「天使様。私はただ、私のやりたい事を、なしているだけです」


「そうかそうか、」

天使はそうぞんざいに返事をした後、彫刻家の彫っていた像を見て、

「一月後また来る。その時私の作品とお前の作品を比べよう」


「しかし。しかし……」

彫刻家の反論を抑え込むように、天使ははっきりと言った。

「お前が勝ったら好きな願いを叶えてやろう。だが、負けた時はその命、もらい受ける」


天使が飛び去った後、彫刻家はため息をついた。

「大変な事になってしまった。さて、どうしたものだろう」

彫刻家はまるで明日の予定を思案するように、首をかしげた。


丁度その時だった。

男の前に再び何者かが音もなく降り立った。

神々しい後光をまとったその存在を、彫刻家は尋常なものではないと悟った。


「汝か。かの天使に勝負を申し込まれたのは」

その声は老人のように重々しく、また若者のように瑞々しくもあった。

「はい、そうです」


「実はかの天使の行動には、我も困っておるのだ。なんとか、懲らしめる手はないものか」

それは唯一無二の存在たる、神であった。

信心深い彫刻家はそれを理解し、恐れ多く思いながらも神に自らの考えを述べた。


「私に考えがあります」

神は彫刻家の案を聞き、うなずいた。

「面白い。弱いはずの人間は、我でも思いつかぬ事をた易くひねり出す」


「私はただ、芸術の何たるかを一端だけでも理解しているまでです」

彫刻家は謙遜でも何でもなく、自らの信条を素直に述べた。

神はその素朴で正直な人柄を快く思って、全面的に協力することを約束した。


それから一月が経った。

天使は彫刻家の町の、広場に顕現した。

「この町の彫刻家に会いに来た」


偶然居合わせた彫刻家の妻は(おそ)(おのの)きながらも、すぐさま夫の元に走った。

「あんた、天使様が訪ねていらしたよ」

「ああ、来たか」


彫刻家は丁度さっき完成した像を見上げて言った。

「うむ、いいだろう」

彫刻家は銘を台座に彫ると、像に布をかぶせた。


彫刻家は妻に言って、村の男たちを集めて像を運んでもらった。

「さあ、さあ」

天使は待ちくたびれたように彫刻家をせかす。


「逃げなかった事は褒めてやろう」

天使は自らの像の横でふんぞり返って言った。

その像にも、布がかぶせてあった。


「いいえ、私も芸術家の端くれです」

彫刻家は一度、深く深くひざまずいた。

「天使様の作品にお目にかかれると聞いて、逃げる事などありましょうか」


「良い心がけだ」

天使はそう言うと、自らの像にかぶせられた布を一息にあばいた。

その下には天使自身を彫った、あまりにも美しい石像があった。


「見るがいい、そして焼きつけよ」

躍動的な肢体、布と見紛うほどに精緻な衣服、神々しいまでの表情。

完全と言っていい、まさしく奇跡の御業みわざであった。


群衆はその石像に見とれてため息をついた。

天使はあえてたっぷりと自らの作品を見せつけてから、彫刻家に言った。

「さあ、おぬしの作品を見せよ」


天使の声を聞きつつも、彫刻家はしばらく天使の像を見ていた。

そうして心に魂に、その美しさを刻んでから、ようやく動いた。

彫刻家は自らの作品を隠した布を、取り去る。


「これは……まさか……」

天使は息をのむ。

天使だけではない。群衆などは一子音分の声も出せずに、押し黙った。


それはあまりに美しい像だった。

白亜の石材から掘り出されたそれは、美しい姿をしていた。

言葉ではとても言い尽せず、それを目にした時の感動は、生物の根本的な喜びにすら思えた。


「貴様……人の身で神を見たか」

天使は吐き捨てるように言った。

その像は、神を完全なまでに写し取ったものだったのだ。


「畏れながら」

彫刻家はまっすぐな目でそう答えた。

あまりに美しい像を見て、嫉妬に駆られた天使は一息に彫刻家を殺そうとした。


「やめよ」

その時、空から重厚で厳かな声が、降った。

「負けを認めるのだ、我が眷族(けんぞく)よ」


それは神の声であった。

「それとも、我の姿が貴様のそれより、劣っているとでも言うつもりか?」

「! ……いえ、そのようなことは決して」


天使は言い返す事が出来ず、負けを認めるほかなかった。

「約束だ。なんでもいい。一つだけ願いを叶えてやろう」

彫刻家はその言葉を聞いてしばらく悩んだ後、答えた。


「今からする事を、神様ともどもお許しいただきたい」

よく分からない願いに、天使は首をかしげた。

「いいではないか」


天使に代わって、神の声が寛大に答えた。

「地を割ろうと天を裂こうと、我が名の下、許そう。存分にやれ」

彫刻家は一度(こうべ)を垂れた後、家へと駆けた。


帰ってきた彫刻家の手には、金づちがあった。

「えい!」

そう叫ぶやいなや、彫刻家は神の石像の右腕を、叩き割った。


「おい、おい」

焦ったのは天使だ。さすがに石像とはいえ神をかたどったもの。

全ての父たる神の逆鱗に触れる事は容易に想像がついた。


「貴様、何をしている!!」

天使の叱責に、彫刻家はゆったりとした口調で答える。

「この像は、完全すぎます」


「は……?」

呆然とした天使は、見るとでもなくその右腕が欠けた像を見た。

何かが足りない、だが足りないからこその親しみを覚える、不完全な美がそこにあった。


「畏れながら、この世界に神様以外に完全なものなどありはしません」

「人も、動物も、自然も――全てが全て、他のものと繋がって、存在しております」

「そんな世界で完全なものを、例え作れたとしても美しく思えるわけがありません」


それは、彫刻家の信条だった。

この世界にある存在は全て、不完全である。

だからこそ、不完全なものこそが、この世界にとっては美しい。


「だからこそ芸術に、完成はありません」

神はその言葉が満足だったのか、大きな笑い声を上げる。

「良い。良い。面白いものを見せてもらったぞ」


神の声はそれっきり、聞こえなくなった。

天使は心の底から敗北を認め、消えた。

彫刻家は彫刻家で、それからもいつもの調子であった。


「はて、天使様の像も打ち欠いていいものか」

そう悩んでいた芸術家であったが、あまりに美しいその像は村の教会に引き取られてしまった。

芸術家はその事を特に不満に思うでもなく、それからも黙々と像を彫り続けたという。


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