第三話
チルノと大妖精に会ってから数十年の月日が経った。俺は拠点とした湖で朝からチルノと共に素振りをやっている。数十年欠かすことなくやり続けたおかげでチルノでも有象無象の雑魚妖怪なら軽々と倒せるようになった。
大妖精は俺達の練習を見ながら俺の練習が終わった後に妖術の練習をしている。これも数十年間ずっと続けている。
今やこの二人は妖精の域を越えていると言っても過言じゃないだろう。
「そういえば正儀さん。平安京に住む『竹取の翁』という人物の娘の『かぐや姫』が求婚してきた男性に無理難題を押し付けた話、知ってました?」
「一応な。それがどうかしたのか?」
「その件のかぐや姫様が月に帰ることを阻止する為に翁が護衛を募集しているそうです」
「へぇー。で、何が言いたい」
「折角ですから私達も参加しません?」
かぐや姫か……ってことは正体は確実に月人の蓬莱山輝夜だよな。それで迎えにくる使者の中に教育係でもあった八意永淋がいて、彼女の手引きで逃げ出したんだったかな。
折角だから、か。まぁ月人とドンパチやることなんて訪れることはまずないから折角と言えば折角か。
ただ……
「妖怪や妖精を雇ってくれるのかよ?」
「むしろ力のある妖怪を片っ端から誘っていると聞きましたし、実際に妖怪と交渉している陰陽師の方々を見ましたから確かです」
「チルノはどうするんだよ」
「チルノちゃんなら二つ返事で了承しましたよ?」
「うん!アタイもっと強い奴と戦いたいもん!」
流石チルノ、ノリが良い。もう少しちゃんと教育させるべきだったか?いや、止めよう。漢字を覚えさせるのだけでも十年以上労したんだ。もうあんな思いは懲り懲りだ。
「……仕方ねーな。参加すりゃ良いんだろ?」
「さすが正儀さん!それなら早速行きましょう!」
「……今からかよ」
俺はチルノと大妖精に半ば無理矢理気味に引かれて平安京に向かうことになった。
本当に俺が行っても大丈夫なのか。大丈夫だよ……な?陰陽師が待ち伏せしているなんてことがあるわけ__
__あった。普通に門番みたいなことやってました。速攻で取り囲まれたよ。
「鬼がこの平安京に何のようだ!人間を浚いにでも来たか?」
「いや、単純にかぐや姫様の警護に妖怪も誘っていると聞いたから来たんだが」
「ふざけるな!お前のような新顔が信頼にあたるとでも思っているのか!」
正論だな。確かに俺は人間の前に姿を見せていないから信頼もへったくれもない。
「人間を襲ったりはしないから入れてくれないか?」
「お前の言葉が嘘でない証拠がどこにある?」
「鬼が嘘を吐くとでも?」
「……むぅ」
信頼がないなら鬼の特性を利用した交渉でいこう。鬼は嘘を見抜き、嘘を何よりも嫌う生き物だ。人間は長く鬼とつき合ってきた分その性質を一番理解しているだろう。
つまりは俺が『人間を襲わない』と言えば嘘にしないために襲うことはなくなる。元々襲う気もないが。これでいけるか……?
「……だがお前が鬼に化けている妖怪だとも__「通しても構いませんよ。今は少しでも実力のある者が必要ですから」……せ、清明様!?」
奥から強い霊力と共に一人の陰陽師が現れた。身長は160ぐらいの少女……えッ?安倍晴明は史実では男だったと思うんだが……女?安倍晴明って女性だったのか。
「この方達は私が責任を持って案内します。あなた達は仕事に戻りなさい」
「……解りました」
門番の陰陽師が俺達に訝しげな視線を送りながら立ち去っていった。
「さて、行きましょうか。問題ないとは思いますが都の人々に危害を加えないでくださいね」
「言われなくても危害を加える気はないがな」
「そうですか。それなら安心です。この頃血の気が多い妖怪が増えていて困っているのです。百年程前はそんなことはなかったのですが」
「百年?」
「え?……ああそうでした。言ってませんでしたね。私は半妖で人間の私はもう死んでいます。今の私は残った妖の姿で生きているわけです」
「へー」
なるほど。そういえば安倍晴明は人間の父と妖狐の母との間に生まれた子供だったっけ。それにしては妖力は感じないが。多分霊力が強すぎて妖力は引っ込んでいるんだろうな。霊力と妖力は反発しあうものらしいし。しかし安倍晴明がいるなら護衛を募集する必要性がないと思うんだがなぁ……。
「私とて万能ではありません。単純な膂力では鬼に負けますし、河童の知能の高さには手も足も出ません。だから警護を募集するのです」
「……人の心の中を読むなよな」
「ふふふ……。これからは気をつけ__「化け物め!ここから出て行け!」……あれは……!」
いきなり聞こえた罵声を追って清明が駆け出した。俺達もとりあえず後を追いかけることにした。
……やれやれ。厄介事の匂いしか感じないな。