第一話
あれからどのくらいの時間が経ったのか解らないが、目を覚ますと俺は木々に囲まれ背後に切り立った崖のある場所にいた。恐らくは山の中だろう。
目を覚ました俺は真っ先に自分の姿を確認する為に水場を探し回ることにした。
水場は起きた場所から数分歩いたところにあった。大きな湖だ。そこで俺は自分の姿を確認する。
転生前と同じ高校二年生ほどの見た目の身体は引き締まった筋肉がついていてかなり健康的だ。そして額には赤い二本の角が黒髪の隙間からその存在を覗かせていた。俺は鬼に転生したのか……ってことは半神半鬼なのか今の俺は。
次いで服装を見る。今の俺の格好は__
「……なぜに神主の格好」
なぜか神社でお馴染みの神主の服を着ていた。もしかして俺の家系が鬼を崇める一族の子孫だったからか?なんだその理由。
……まぁ良いか。真面目に考えればえげつないことだよな。鬼のスペックに戦神の力が合わさり最強に見えなくはないって感じだろうか。
それと戦神様が携えていた剣に、後能力もくれるって言っていたな。あの戦神様の能力は何なんだろうか?そう思ったとき、俺の頭にひとつの能力が浮かんできた。
__『離を操る程度の能力』__
__離とは八卦のひとつで“火”の属性を持つ。その能力は火を操るだけではなく、晴れの気質を高め、周辺にいる生命の感情を陽にし、ある程度の隠を祓う__
今のが戦神様の能力だろうか?試してみよう。
とりあえず手を前方に向けて炎が飛び出すイメージを……ぬぉう!?
予想以上に巨大な炎が発生し、辺りをちょっとだけ焼け焦がした。大事に至らなくて良かったよ。
使ってみた感想としては良い能力だと思う。八卦のひとつを操る能力は神奈子様や諏訪子様といった神様と同じ類の能力だしな。でも練習は必須だな。火力もコントロール出来ないんじゃ話にもならない。
と言うことは暫くは能力の練習に費やすべきだな。行動するのはそれからでも構わないだろう。
それにしてもここは少し肌寒いな。山の中はそうでもなかったから水辺だからか?いや、それにしてはかなり気温が下がったように感じるが……。
まぁちょうど良いか。能力の練習がてら焚き火にでも当たって暖をとろう。
数時間後。俺は集めた枯れ枝を何回も炭にしながら漸く焚き火を作ることに成功した。
……は、果てしなく疲れた。火力のコントロールがここまで難しいものだったとは思わなかったぞ。
周りを見れば陽は既に落ちて真っ暗だ。唯一の灯りは俺が苦労の末に点けた焚き火ひとつ。なんだか幻想的な風景だ。
そう思いながら後ろの湖を振り返って見た俺は絶句する。なんとあれほど大きな湖が氷に閉ざされていたのだ。肌寒かったのはこれが原因か。どうやらここの湖は夜になると凍るらしい。となると焚き火が成功して本当に良かった。あのまま点かなかったら今夜をこの寒そうな湖の隣で過ごす羽目にあったのかもしれない。
俺は焚き火に当たりながら考えているとだんだん眠くなってきた。そのまま俺は睡魔に逆らわずにゆっくりと目を閉じ__
「そこの鬼さん。少しの時間宜しいかしら?」
__れなかった。急に女性の声が語りかけてきた。俺は顔を上げて周りを確認するが誰もいない。
するといきなり目の前の空間が横に裂けて沢山の目玉が此方を睨み付ける紫色の空間と繋がり、そこから金髪の女性が現れた。
「初めまして。私は八雲紫。人は私をスキマ妖怪と呼びますの」
バb……ゲフンゲフン。リアル紫様登場だよ。
よく知られている胡散臭い笑みを浮かべながら此方を見ている。紫様が何を考えているのか俺には解らない。
「……酒天正儀だ。好きに呼んでくれ」
「あら、それでは正儀と呼ばせてもらいますわ。そのかわりに正儀も私のことを『紫』と呼んで下さらないかしら?」
「解った。そうさせてもらうよ」
紫様……いや、紫はスキマから上半身だけを出して焚き火に当たり始めた。
そしてさっきとは違い、少し砕けた口調で唐突に語り出した。
「……正儀には夢というものがあるかしら?」
「……特に大きな夢は持っていないな。紫にはあるのか?」
「ええ。私の夢はこれから忘れ去られて行くであろう妖怪や人外達の楽園、『幻想郷』を創ることよ。でも、まだまだ実現するには遠いわ」
「そっか。俺は手伝えないけど応援するよ」
「ふふっ。もし実現したら正儀は来るかしら?」
「ああ、是非とも行きたい。そのときは絶対に呼んでくれよ?」
「勿論よ」
紫はさっきまでの胡散臭い笑みではなく、彼女本来の笑みを浮かべて言った。本当に千年以上も生きているのか疑いたくなるほどに純粋な少女の微笑みだ。
「少しだけだけど話せて良かったわ。実現したら真っ先に迎えに行くから心して待っていて頂戴」
そう言うと紫はスキマの中に消えてしまった。
それにしても今は幻想郷ができる前の時代なのか。平安時代が始まる前ってところか。
ということは捜せば俺以外の鬼も案外簡単に見つかりそうだな。明日は能力の練習をしながら同族や妖怪を捜すことにするか。
さて、明日の予定も決まったことだしさっさと寝るか。しかし寒いな。焚き火が作れなかったら下手したら凍死しそうだ。鬼でよかった。人間だったらこんな焚き火ひとつ何の意味も無いけど鬼だからこれくらいの温もりがあれば乗り越えられる。
俺はそんなことを思いながら横になり、目を閉じた。そしてすぐに訪れた睡魔に抗わずに意識を手放した。