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少年A

作者: りの。

心が平坦になる瞬間がある。つまり、自分の内側から、何か感情なり意見なりを取り出そうとすれば、そういう時に限って、なにも、なんのつっかかりもない、つるつるとした心の表面を滑るだけで、なにも穿つことはできない状態なんだ。僕が小説を書く時、しばしばこういったことに遭遇する。なにかを書こうと思っても、頭には何も浮かんでこないし、これといった意見も感情もとくに書くことはないかな、なんて思ったりしてしまう。

幾人かは、たぶんそういう時は書かない方がいいんじゃないなんてアドバイスをしてくれるかもしれない。けれど、僕はそのまま書かない方でいると、おそらくそのまま書かないというのが続いて消えてしまう気がするんだ。

でもこれはおそらくは錯覚だと思う。人の心が、絶えず揺れ動き不安定な人の心が、その瞬間だけなんにもない平べったい状態に実質的になるなんてありえないからだ。つまり、僕が言いたいのは、少なくとも僕は、特にたいして何の活動もしていない僕は、自分の考えを出力するという人に意見を伝える最後のフェーズでなにか支障をきたしているんじゃないのかと思うんだ。そしてそれは長年使われていないファンに似ている。

だから、僕は新年の抱負をOUTPUTとすることにした。なんでも、感情でも、意見でも、知識でも、全て出力するのだ。


目の前を白い光に包まれる感覚を覚えながら、買ったばかりの厚い靴を履いて外に飛び出した。家でじっとしている事が出来なくなった時、僕はいつも小さな堤防へ向かう。

軽くジョギングをしながら、僕は同じ事を何度も反芻してしまう。OUTPUT、OUTPUT、OUTPUT。

僕はすこし偏っていて、一度なにか新しい、つまり自分をこの現実から背中ごと支えてくれるような考えを思いついてしまうと、そのことしか考えられなくなっちゃうんだ。錯覚にすぎないんだけどね。だからこそ、へとへとに疲れるまでその考えにしがみついちゃうんだ。でも止められないもんなんだ。まいったことにね。

堤防は相変わらずだった。風が強い。コートの首元の隙間から冷たくて少し湿った空気が入り込んでくる。

ここの空はいつも、八十点から八十六点だった。生まれ育った場所なんだけどね。小さいころ、友達の家でゲームをして、昼ごはんを家に食べに帰る途中で見た雲。あれだけは最高だったね。というよりも、むしろそれが採点の基準になっているんだけどね。

僕は瞳を魚眼にして、真ん中の水平ラインよりも少し空を多めに見る感じで堤防の延々と続く道と空を見てみた。相変わらず空は大きかった。広いと言うよりも、その大きさに圧倒される。

いつか小さな子供のころ、大きな空を飛ぶ帆船が、この堤防で僕を迎えにきてくれる想像をしていた。大きな二本の深い茶色のマストがしっかりと立っていて、船頭にはひげがとても伸びた船長が大舵を切りながら僕の方へ向かってくるんだ。そして問う。

「我々は君を迎えに来たが、君は一度この船に乗ってしまうと、二度とこの世界へは帰って来れない。それでも君はこの船に乗るかね?」

小さいころ、僕は即答してうんと言っていた。もう少し大きくなってこのことを思い出すと、少し考えたけれど、やはりうんと言った。

いまの僕はなんて答えるだろうか。


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