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8・苦悩

「息子……」

 十無が鸚鵡返しに言った。

 双子は、まさか夫人から開けっぴろげに暴露するとは思っていなかった。まったく予想外の返答。

その二人以上に動揺していたのはヒロだった。

「余計なことは言うな」

 ヒロはななにそう言って目配せしたが、ななはそれを無視し、話すのを止めようとしなかった。

「夫の連れ子ですから義理の息子になりますの。知り合いでしたか?」

「まあ、ちょっと……」

 まさか、追っていた被疑者だとは言えない。十無は言葉を濁した。

「刑事さん、ひょっとして私を探していました? ごめんなさいね、お騒がせして。偶然久しぶりに会ったものだから、つい話し込んでしまって」

「そうでしたか。ところで、ご主人が佐藤市議の秘書へ大金を渡していたことが発覚しましてね」

 少し落ち着きを取り戻した十無は、刑事の目に戻り、探るようにななを見つめた。

「えぇっ!」

 ななに動揺が見られた。事情は全く知らないようだ。

「署に来ていただいて、事情を窺うことになっています」

「私も直ぐに警察へお伺いしますわ。じゃあ、弘文、また今度じっくりとお話しましょう。あの子のことも」

 ヒロに向かって意味ありげな含み笑いをし、部屋を出た。

「昇、ヒロから事情を聞いてくれ。俺は美原夫人を署に連れていかなければならない。頼むぞ」

 そう素早く昇に耳打ちし、十無もななに同行して部屋を出た。

 ヒロに向かい合い、昇は強い口調で切り出した。

「何を企んでいる?」

「これ以上俺達のことに首を突っ込むな、さっさと立ち去れ」

 ヒロがそう凄んでも昇は動じなかった。

「美原弘文がおまえの本名だな。そこに寝ているのはアリアだろう? この騒ぎでも起きないのはどういうことだ」

「探偵に答える義務はない、あんたには関係のないことだ」

「関係ある、アリアのことは何でも知りたい。……俺はあいつが好きだ」

「双子だと好みまで同じか。だが、あいつは男だぞ」

「……どうだろうと好きだ」

「だが、アリアにとって迷惑なだけだ」

「お前に言われたくない、いつもアリアを束縛しているくせに」

「そうじゃない、守っているだけだ」

「そうかな。ヒロ、お前だって俺と同じで一方的に想っているだけだろう。アリアは『兄のヒロ』に慕っているだけだ」

「うるさい!」

 ヒロは凄い形相で、昇のワイシャツの襟繰りを掴み、怒鳴った。

「離せ」

「お前に何がわかる、お前と一緒だと? ふざけるな! アリアと俺は……俺の苦しみがわかるか?」

「苦しみって? 何だよ」

 ヒロは苦渋の表情で、壁を拳でドンと叩くと、無言のまま部屋を出て行ってしまった。

 昇はベッドに眠り続けている女性姿のアリアと二人、部屋に取り残されたのだった。

 ベッドに横たわるアリアの枕元に、昇はゆっくりと近づいた。

 閉じられた瞳に、長いまつげが降りている。きれいに化粧された顔はどう見ても女性だった。

「おい、アリア起きろ」

 昇がためらいがちにアリアの肩をそっと揺さぶった。

「う……ん、ヒロ……母さんは?」

 ようやく気がついたアリアは、頭を抑えながら上体を起こした。

 アリアの長い髪が肩に揺れた。

 昇の目の前にいるのは、まだ幼さの残る愛らしい女性だった。昇は勤めて冷静に声をかけた。

「大丈夫か?」

「昇? ……ヒロは何も教えてくれない」

「え?」

「いや、なんでもない」

  アリアは頭が朦朧としていた。うつむいているアリアの瞳に、一瞬、涙がにじんでいるように見えた。

 昇の視線に気がついたアリアは、座ったまま頭から布団をかぶってしまった。

「……一人にして」

 布団越しにアリアが言った。

「お前、眠らされていたのか?」

「……ヒロはきっと、会わせたくなかったのだと思う」

「どうして? 美原ななはお前の母親だろう?」

「……」

 昇はアリアが声を押し殺して泣いているように感じ、思わず布団ごとアリアを優しく抱きしめた。

「昇……」

「何も言わなくていい、気が済むまでこうしていろ」

 昇は愛しそうにアリアの頭を優しく撫ぜた。

 ゆっくりと時間は過ぎ、二人はいつの間にか眠ってしまい、夜が明けるまでそのまま抱き合っていたのだった。

  

 翌日の昼近く、マンションの一階にある喫茶店で、東十無は署をこっそりぬけて、昇と出口のない事件の中でもがいていた。

「美原博一が秘書に渡したのはガラス玉と模造紙の札束だった。美原もきょとんとしていたよ」

「どういうことだ?」

「美原夫人は誘拐ではないと言っているし、贈賄容疑も難しいし、『煙』は発炎筒のようなものを使った悪戯ということで処理されて事件性はなくなってしまった」

「すっきりしないな、美原夫人が戻ってきた時、つけていたはずのネックレスがなかったんだろ」

「本人は物騒だからはずしたと言っているが、誰もネックレスを確認してはいない。ヒロをかばったのか?」

「現金だってすりかえられたに違いないし……」

「証拠はないが絶対ヒロとDの仕業だ」

 十無はそう断言し、コーヒーを一口飲んだ。

「そうだとしてもなぜわざわざ偽物にすり替えたんだろう。盗めばそれで終わりなのに」

「ヒロは親から盗んだことになる、何か意図があるのか」

「捜査はこれで打ち切りなんだろう?」

「そうだ。俺は明日帰らないとならない。ところで昇、おまえ朝帰りしたな。携帯は出ないし、何処にいた?」

「ごめん、ちょっと……」

「アリアか」

 昇は十無に問い詰められ、素直に昨夜のことを話した。

「ひ、一晩抱き合っていただと!」

 十無の声が裏返った。

「店の中で大声出すな。放っておけなかったんだ、なんだか可愛そうで」

「だからって、おまえ……」

 十無は口をパクパクさせて、言葉にならない。

「でも、気がついたらアリアはいなかった。俺、あいつが心配だ」

「おまえって、いいな。思い通りに素直に行動できて」

 十無はつい本音を言った。

「それって、俺が何も考えずに動いているとでもいいたいのか?」

「いや、そうじゃなく」

「俺だって兄貴の立場も考えている。だけどアリアを今の環境から救いたい」

「そんなことができると思っているのか」

「やってみないとわからないだろう?」

「……俺には出来ないな」

 十無はため息をついた。そしてこう言った。

「……頼みがある、このまま旭川に残ってアリアの尾行を続けてもう少し身元を調べてくれないか。 俺は今すぐには休みが取れない、二、三日は何とかしようと思っているが」

「いいよ、その代わり……」

「ああ、わかった。探偵事務所の所長には伝えておくから」

「これで心置きなく調査できる」

「一つ言っておく、昨日のようなことは絶対するな」

「なるべく努力する」

「それじゃだめだ!」

 真剣に怒ったところで、十無の携帯が鳴った。所轄署からだった。

「……はい、すいません。これから戻ります」

「呼び出しか」

「ああ。じゃ頼んだぞ、今夜はそう遅くならないで帰れると思うが……」

「後は任せろ」

 昇のやる気満々の返事を聞いて十無は苦笑し、「ちょっと心配だ」とぼそりと呟いた。


 明け方、アリアは昇の腕をすり抜けたのだった。

 アリアはホテルを出ると直ぐ、柚子に連絡して、気がかりだった禎の状態を確認した。

 外傷はなく、念のための一泊入院で大丈夫だと聞き、ほっとした。柚子は付き添いをしているとのことだった。

 マンションに帰ったアリアは、テーブルにヒロの走り書きが無造作においてあるのを見つけた。

『黙っていたが以前からななは、お前を探して連れ戻そうとしていた。それで、俺達にかかわるなと警告するために、今回Dにも手伝ってもらい、ちょっとした仕掛をして、サツに灸を据えてもらうよう仕向けた。すぐに帰されるだろうから心配はない。

Dにはななのネックレスと、手に入れた現金の半分というかなりの報酬を請求されたが。

おまえを別の部屋に待機させてななに会わせる予定だったが、ななと話してやはり会わせたくないと思った。今、ここは危険だ。荷物をまとめてすぐにこのアジトへ来い。俺は先に行って住めるようにしておく』

 一番下にはアジトの住所が書き記されていた。

「何が危険だというの?」

 ここにはいないヒロに向かってアリアは不満をぶつけた。

 また逃げる? どうして母さんに会わせたくないのか。いい親ではないけれど、会って訊きたい。私の父は誰なのか。柚子とは異母姉妹なのか。

 アリアは洋服のポケットから、小さな紙切れを取り出した。紙には旭川市内の住所が書いてある。

 それは、ヒロに薬で眠らされ、ベッドに横になっている間にいつの間にか手に握らされていたメモだった。

 多分、隙を見て美原ななが居場所を知らせたのだろう。

「ここへ来いということか」

 アリアはそのまま立ち尽くし、暫くメモを見つめていたがメモをくしゃっと握りつぶして、ゴミ箱へ投げ捨てた。

「ヒロが会ってはいけないと言っているのには何かわけがある、今は会わない」

 自分に言い聞かせるように、アリアは声に出しそう呟くと、急いで荷造りをしてヒロのいるアジトへ向かった。


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