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7・連れ去られた美原なな

 会場が大騒ぎになっていた頃、美原ななは同ホテルの一室で目隠しをされ、後ろ手に縛られたまま椅子に座らされていた。

「ヒロ、母親を捕まえてどうするつもり?」

 美原ななは怯えるでもなく、呆れたようにため息をつき、めんどくさそうにぼそりと呟いた。

「あんたを義理でも母親だとは思いたくないね。俺だと分かって、簡単について来たんだろう?」

「そうよ。わざわざ警備員に扮装して、こんな手の込んだことしなくてもいつだって会うわよ。早く戒めを解きな」

 愁いを帯びた美女は何処へやら、ななはふてぶてしい大胆不敵な本性を現した。

「それはできない、あんたは危険だからな」

「か弱い女を捕まえておいて何を言ってんだか」

「よく言うよ、百戦錬磨の詐欺師が」

「ふん、あんたにいわれたくないね。で、あの子はいつ来るの?」

「今は来ない」

「会えると思ってついてきたのに」

「訊きたいことがある」

 強い口調で美原ななの話しを遮った。

「な、何よ」

 ヒロの厳しい言い方に美原ななは一瞬たじろいだ。その時、ドアが開きアリアが部屋へ入ってきた。

「ヒロ、どうして私に黙って……うっ」

 咄嗟に、ヒロはアリアの顔をガーゼハンカチで覆った。途端に、アリアはヒロの腕の中に崩れ落ちた。

「つけられていたか」

 ヒロは苦虫を噛み潰したような顔をして、アリアを抱き上げるとそっとベッドへ寝かせた。

「あの子が来たのね、一体何をしたの?」

 目隠しをされていたななにも、アリアだとわかったようだった。

「あんたには関係ない」

「何を言うの! 会うために来たのに」

「まだ会わせない。あんたの口からきちんと確認してから考える」

「何よ、もったいぶらないで」

「この前、冬に会った時に俺が聞いたことは本当なのか」

「え? ああ、あの子とあんたが異母兄妹だってこと? それがどうかしたの」

「矢萩が父親ではないのか? 本当に美原がアリアの父親なのか」

「へえ、やっぱりあの子のこと好きなの?」

 弱みを握ったかのように美原ななはにやりとした。

「いいから答えろ」

「そうねえ、はっきり言って……よくわからないわ」

 ななは口元に薄笑いを浮かべた。

「ふざけるな」

「本当よ、当時私は二人とも詐欺のカモだった。美原と矢萩どちらとも付き合っていた。どっちにしろ、私がまた美原と復縁したからあなた達は兄妹ね。まさかあんた、あの子に手を出したんじゃないでしょうね。血がつながっている異母兄弟かもしれないのに」

「……悪魔め!」

「手を出した、の?」

 さすがに、ななも驚いたような声を上げた。

「俺はあいつが好きだ」

「あの子を返して。美原も自分の子とやっと認めてくれたのよ。これからは何も不自由させないわ」

「嫌だ、あんたの都合でどれだけあいつが辛い思いをしたのか分かっているのか?」

 ヒロは話しているうちに怒りが募り、腕組みして落ち着きなく狭い部屋を行ったり来たりした。

「仕方がなかったのよ。美原は矢萩の存在を知ってから、あの子が矢萩の子ではと疑って、いつも冷たい目で私を見るから。どうしようもなくて美原につい、矢萩の子だって言ってしまった。美原と離婚して、矢萩とやっと一緒になったのに、矢萩は事故で急死してしまうし」

「何もかも、あんたが矢萩と浮気したのが原因だろう?」

「浮気じゃないわ。矢萩のことを本気で好きになってしまったんだもの、仕方ないじゃない。でも矢萩には妻がいたのよ。だから、美原と一緒になるしかなかったのよ!」

「仕方ないで済ませるな!」

 ヒロは美原ななのその言葉でとうとう苛立ちを抑えきれなくなった。

「人の気持ちなんてそう都合よくは行かないのよ」

 ななはふと、ヒロを諭すように呟いた。

 

「とんだ邪魔が入った」

 同時刻、美原博一は控え室に入るとそう呟き、部屋で待っていた男の側で、用心深く小声で話した。

「警察が……危険じゃないか? 日を改めたほうがいいような気がするが」

「あなたの妻の誘拐騒動でどさくさにまぎれてかえってやり易いですよ」

 中肉中背で四十代くらいのその男は、紺色のスーツを着込み、丁寧な言葉遣いではあったが、鋭い目つきで相手に有無を言わせない雰囲気がした。

「しかし、誘拐されるとは……一体誰が」

「さあ。それよりさっさと例のものを」

「わかった」

 男に促され、美原博一は手元にある額絵を差し出した。

「この中に現金と心ばかりのダイヤが入っています。例の工事発注の件くれぐれも宜しくと先生に……」

「わかっています。先生も美原さんの支援には大変感謝していますよ」

 男は事務的にそう言うと、額を受け取った。

 と、同時に額縁から白い煙が勢いよく噴出した。

「なんだ! これは」

「一体どうなっているんだ」

 男は背広の袖で口を覆って後ずさりし、美原は突然のことに驚き呆然としている。

「どうしたんですか」

 美原をマークしていた昇が大声を聞きつけ、部屋へ飛び込んできた。

「誰だ! 勝手に入るんじゃない」

 美原はまだ煙が出続けている額を慌てて隠そうとした。

「額縁から煙が?」

 昇は美原に構わず額を手に取った。煙には害はないようで、ひたすら白い煙が出てくるだけだった。

「きみ、額を返しなさい!」

 そうしているうちに、煙はどんどんホールにも流れていたため、間もなく十無も駆けつけ、こっそり部屋を出ようとした男と鉢合せした。

「あなたは確か佐藤義男市議の秘書?」

「ああ、刑事さん」

 秘書は気まずそうに愛想笑いをしている。

「何の騒ぎです」

「別に何も……」

 秘書はしどろもどろに答えた。

「十無、この額に札束とダイヤが……」

 昇が額の裏側を剥がし、中にあったものをテーブルに広げていた。

「美原さん、これはなんですか。どういうことか署のほうで説明を。それにあなたにも一緒に来てもらいます」

 十無はこの場から離れたがっている秘書にも釘をさした。

「自分の妻がいなくなっているのに、何の密談をしていたのやら」

 数人の警官に連れられていく二人を見送りながら、十無が呟いた。

「昇、美原夫人は見つからないのか?」

「避難騒ぎではっきりは分からないが、ホテルから出た形跡はないようだ。まだどこかにいる可能性が強い。今手分けして各部屋の確認にあたっている」

「俺もついて行っていいか?」

「ああ」

 二人は一緒にホテルの部屋をまわり始めた。

「誘拐にしては変だ、ヒロが美原の息子だとしたら母親を誘拐するだろうか?」

 ホテルの廊下を歩きながら昇は唸った。

「一体何がなんだか俺にはさっぱり分からん」

 十無も頭を抱えたのだった。


 ヒロは渋い顔をして美原ななに質問していた。

「音江と言う探偵を雇ったのはあんただろう?」

「そうよ、あの探偵はあの子を追っている東と言う刑事と知り合いなんでしょ? だから、きっとあの子の居場所も分かると思って」

 美原ななの憮然とした態度はヒロを一層苛立たせた。

「あんたのおかげでこっちは動きづらくて、ひどい目にあっている」

 ドンドン。

 突然ドアがノックされた。

「警察です、今不審者を探しています。部屋を拝見させてください、ご協力お願いします」

 十無の声がドア越しに聞こえてきた。

「刑事か!」

 小さく叫んだヒロは、舌打ちした。

 ヒロの予想より、警察の動きが素早い。東刑事たちに情報をつかまれていたのだろうとヒロは考えた。

「いいわ、私に任せて。だから早く戒めを解いて」

「何をするつもりだ」

「信用して、悪いようにはしないわ。あの子がいるのだから」

「あんたを信用しろと言うのか?」

 そうは言ったがヒロに選択する余地はなく、ななの目隠しと手首の紐を解いた。洗面所に隠れようとしたヒロに、ななは首を横に振ってその場にいるように指示した。

「誰かいませんか? 失礼して合鍵で入りますよ」

「ごめんなさい。出るのが遅くなって」

 美原ななはドアを開けながら十無に向かって微笑んだ。

「美原夫人?」

 十無と背後にいた昇は、狐につままれたような顔をした。

「あら、どうかしたのかしら? それで、不審な人はまだ見つからないんですの?」

 ヒロと話しているときとは別人のように、美原ななは完璧に、上品な夫人を演じていた。

「誘拐されたのではなかったのですか」

「誰か誘拐されたの? 怖いわねえ」

 十無の鋭い視線が、とぼけたことを言っている美原ななの背後の人影を捉えた。

 部屋の奥に、ヒロの姿を見つけたのだ。

「ヒロか!」

 十無はそう言うが早いか、ななを押しのけて部屋に乗り込んだ。

「え? ああ、弘文ひろふみのこと? 息子がどうかしました?」

 間の抜けた夫人の言葉に、十無と昇は口が開いたままになった。


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