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6・警備

 十七時過ぎ、グランドホテル内を十人ほどの私服警官が見回り始めていた。

「Dは本当にここへ来るだろうか」

 音江槇と一緒にホテルへ到着した東昇は、ロビーを見回した。

「きっと来るわ。それに祝賀会主催者である青崎氏の友人の美原夫妻は、結構な資産家で、夫人はいつも高価な宝石を身につけているそうよ。今夜も派手に着飾ってくるんじゃないかしら」

「美原夫人の装飾品が狙われるというのか」

「あくまでも推測だけれど、その確率が高いと思うの」

「美原って、もしかして美原工業の美原博一か」

「知っているの?」

「柚子の父親、矢萩がよく取引をしていた会社の社長で、美原は矢萩の死に関係があるかもしれない人物だ。動機はわからないが」

「今回もそのことに関係があるの?」

「わからない、でも何らかのつながりがあるような気がする」

「とにかく、美原夫妻から目を離さないようにするしかなさそうね。今度は居眠りしないでね」

 昇は、マンションでつい眠り込んでしまったことを、素直に槇に言ったのだった。

「悪かったよ、嫌味を言うな」

「ほんとに、しっかり仕事してね。減給するわよ」

 槇はスプレーで眠らされてしまったことは言わずに、昇の頭を小突いた。

「わかってるよ、主催者の美原博一の方は十無がついているから、俺達は夫人の方をマークだな」

 二人は会場をぐるりと見回ってから、ロビーで美原夫人が到着するのを待つことにした。

 十八時、黒塗りのタクシーがグランドホテル前に到着した。

 ドアマンが後部ドアを開けると、黒いドレスの女性が降りた。

 スリムな体型がよくわかるスリット入りの黒いドレス。ボリュームのある胸元には大粒のダイヤのネックレスをしていた。

 少し緊張した面持ちのその女性は、ひときわ華やかで人目を引いた。

「あれが美原夫人よ。目立つわね、彼女。愁いを帯びた美女って感じ」

 槇がため息を漏らす。

「だけどそんなに若くないはずだ。二十歳過ぎの子供がいて、四十代だったかな」

「えっ、だってあの体型で? 女優並! きっとかなりお金をかけているんでしょうね」

 槇は昇の言葉にまたまたため息をついた。

「聞き込みでは、美原夫人の良い噂は聞かなかった。遊び歩いていてよく家を空けることが多いとか」

「いいご身分ね」

 元結婚詐欺師のなな……もっとけばけばしく派手なのかと昇は想像していたが、楚々とした感じすらする夫人を見て、意外な印象を受けた。

 もっとも、思わず守りたくなるような女性のほうが、男も放っておけない気持ちになるのかもしれない、などと昇は思った。

 二人は美原夫人の後を追って会場横にある控え室の前まで来ると、ドアが開け放しになっていて、男の苛立った声が聞こえてきた。

「帰ってくれ、一度断っただろう」

「そう言われても、Dが万が一現れたら危険かと」

 どうやら、所轄の刑事と十無が美原博一と警備のことで揉めているようだった。

「警備員を配置している、心配は要らん。Dだかなんだか知らんが、こう警察にうろうろされたらせっかくの祝賀会が台無しだ」

「警官は総て私服にしていますから」

「必要ない、お引取りいただきたい」

 美原は一歩も譲らず、とうとう二人の刑事は部屋を追い出された。

 ドア付近で中を伺っていた美原夫人は、刑事たちに軽く会釈をし、控え室に入っていった。

「これ以上は無理だな」

 年配の刑事は顔をしかめた。

「すいません、無駄足させてしまって」

 十無は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いいや、普通はあんなに拒否はしないものだが。何かありそうだな」

「ホテル周囲に警官を配置するしかないですね」

「しゃあないな……おやあんたと同じ顔だ」

 年配の刑事は少し離れた壁際にいる槇と昇が、近づいてきたのに気づいて言った。十無と昇の顔をまじまじと見比べている。

「どうも、双子の弟の昇です」

「ああ、こんにちは。へえ、彼女連れか」

「彼女じゃありません、仕事の同僚です」

 槇はすぐさま訂正し、名刺を渡した。

「ほう、探偵さんかい。何か仕事で?」

「ええちょっと。美原夫妻は警察の警備を断ったのですか」

「警備員がいるからいいそうだ。我々は念のため外に待機しようと思っている」

 顔をしかめ、やれやれとため息混じりに年配の刑事が言った。

「俺も外回りを警備するから。昇、またあとで。何かあったら連絡しろ」

「そっちもな」

 昇にそう言って、十無達は慌ただしくホテルを出ていった。

 

 十八時五十五分、祝賀会会場はかなり混雑しており、人の出入りも激しくなってきた。

「きっとここね。どこにいるのかしら、アリアさんたち。きっと変装しているだろうからわからないかしら」

 淡いピンクのタイトドレスに、薄化粧をした禎が会場に入っていく。その後を柚子がこっそり尾行し、続いて会場に入ろうとしたが警備員に呼び止められた。

「お嬢さん、未成年者は入れないよ」

「え〜だってパパと来たのに」

 柚子は思いっきり甘えた声を出したが、警備員はだめの一点張りだった。

「その娘、私の妹なのいいでしょ」

 禎が戻ってきて、間に割って入った。

「禎……お姉ちゃん」

「う〜ん、じゃあアルコールはだめだよ」

 警備員は渋々通してくれた。

「なんだ、禎さん尾けていたこと知っていたの」

「勿論」

「ここのことどうして知ったの?」

「実は、ヒロさんの寝室にあったメモを偶然見ちゃって、ここのホテル名と二十時って書いてあった のが気になって、色々調べたら今日はこの催ししかなかったから」

「さっき、昇や十無、それに音江っていう探偵も見かけたけれど……もしかして禎さんその情報流した?」

「……ちょっとアルバイトで、ごめんね」

 禎は両手を合わせて申し訳なさそうにしている。

「ひどい、探偵とグルなの? 言っていたこと全部嘘だったの? せっかく仲良くなれたのに」

「嘘じゃない、柚子ちゃんのことも友達だと思っているわ」

「アリアたち捕まっちゃうかもしれないのに」

「でも、そう簡単につかまらないわ、きっと」

 禎は楽観的だったが、柚子はかなり不安になった。

 アリアたちは刑事や探偵が、ここをかぎつけていることを知っているのだろうかと、柚子は心配になった。

「じゃあ、アリア達を守るのを手伝って」

「……わかったわ」

 柚子の不安そうな表情に、禎も少し動揺したようだった。


 一方、昇と槇は、会場で不審な動きはないかと目を光らせていた。

「地方の一画家の個展祝賀会にしては大掛かりだな」

「なんだか地元の市議やら経済界の人ばかり、裕福な友人が多くいるようね」

 二人が話し込んでいると、紺色のドレスを着たロングヘアの若い女性が、昇のすぐ側をすれ違った。

 昇はその女性と眼が合い、女性はにっこり微笑んだので、昇は思わずつられて微笑み返した。

「なにをにやけているの」

 槇はそう言って昇を肘でつついた。

「べつに……」

「ああいう娘が好みなの?」

「いや、そういうわけじゃ……どこかであったことがあるような」

「女の子には皆そう言っているんじゃないの」

「違うって」

「そう?」

 槇は面白くなさそうだ。

「あーびっくり、昇が目の前にいるんだもの。Dとヒロは何処にいるのかな、なんだか私だけ蚊帳の外だ」

 紺色のドレスの女性は変装しているアリアだった。

 会場を出たところで、アリアの携帯電話が鳴った。

「ヒロ?」

「おまえ、なぜそこにいる。部屋で待っていろと言ったはずだ」

「だって何も教えてくれないんだもの」

「とにかく今すぐそこから離れろ、いいな」

「でも……」

 アリアが話し終わる前に電話は切れた。

「勝手すぎる! いいよ、こっちも勝手にするから」

 切れた携帯電話に向かって、言い足りなかった文句を言っていると、会場から大きな拍手が聞こえてきた。

「――それでは、青崎氏の個展を開催するにあたり、影ながら支援をされてきた美原夫妻に青崎氏より絵画が贈呈されます」

「美原? まさか……」

 アリアは会場に戻ると、目は壇上の一点に釘づけになった。

 美原夫妻が、青崎幸造から冬景色が描かれている大きな額絵を受け取っている。

「母さん……そんな、ヒロは一言も。……私に黙って」

 アリアはその場に立ち尽くした。

 アリアの衝撃をよそに、壇上では、美原博一が誇らしげにスピーチをしている。

「ありがとうございます、しかしこの絵は多くの方々に観て頂きたい。そこで、市議の佐藤良男先生に託し、公共の施設に展示してもらうことにします」

 五十代くらいで中肉中背、爽やかな印象の佐藤良男市議が、壇上に上がり額絵を美原博一から受け取ると、再び会場から拍手が上がった。

「この貴重な絵は私、佐藤が責任を持って保管致します。これからも市民の皆様のため、一生懸命働かせていただきます」

 議員特有の貼り付いたような機械的な笑みを浮かべてそう言った後、自分のアピールもしっかりと話していた。

 驚いているのはアリアだけではなかった。柚子もまた、美原夫妻を目の当たりにし、顔色は青ざめ、怒りで震えていた。

「顔も見たくない人達と、こんなところで会うなんて。のうのうと生きているあいつ等を許さない」

「柚子ちゃん?」

 穏やかな表情の柚子しか知らない禎は、何か背筋が寒くなるような感覚に襲われたのだった。

「あの額絵、何か変。警備員が二人もついている。美原ななのネックレスが狙われる可能性が高いと思ったけど、もしかして、Dに狙われているのは額絵かも」

 柚子は美原夫妻の方をじっと凝視したまま呟いた。

「あまり高価ではなさそうだけれど」

 禎は柚子の言葉に半信半疑のようだった。

「そうね、でもあれに違いないわ」

 柚子はそう断言した。

「ねぇ、柚子ちゃんちょっとトイレに行ってきていい? 緊張してきた」

「じゃあ一緒に行く」

「逃げたりしないわ」

「……わかった、信じる。ここで待ってる」

 禎が側の化粧室に行ってから一、二分もしないうちに、化粧室から悲鳴が聞こえ、続いてもうもうと煙が出てきた。

「禎さん!」

 柚子が悲鳴に似た叫びを上げた。

「柚子か? 知り合いがいるのか。危険だ、俺が行く。ここにいろ」

 柚子の叫び声を聞きつけた昇が、ハンカチを口に当てて化粧室に走った。

 化粧室には禎が煙に巻かれて動けずにしゃがんでいた。他には誰もいなかった。

「大丈夫か、一体何が起こった?」

「うっ、わからない。目があけられないの」

 禎は咳き込みながら涙を流している。昇は禎を抱えて化粧室を出た。

 煙はどんどん会場内にも流れ、避難しようとする人がエスカレーターへとつめかけ、既にパニック状態に陥っていた。どうやら会場内においてあったお祝いの品からも同時に煙が上がったようだった。

「皆さん落ち着いて走らずに非難してください!」

 ホテルの外で待機していた警官が誘導を始めた。

 十無が会場に駆けつけたときには、ステージ上で美原博一が倒れていた。

「美原さん! 大丈夫ですか」

「ああ、驚いてよろけただけだ。それより刑事さん、絵は無事か?」

 十無が起き上がるのを手伝うと、美原はよろけながら額絵を確認し、大丈夫だとわかると落ち着きを取り戻したようだった。

「奥様は?」

「警備員が、避難させてくれたようだが」

「すぐに奥様の無事を確認してください」

「ああ、わかった」

 近くにいた警備員に確認すると、誰も美原夫人を避難させていないとのことだった。

「どういうことだ」

 美原の顔色が変わる。

「まさか、Dが誘拐を?」

「男の警備員だったぞ」

「じゃあ、ヒロの仕業か?」

「誰だそれは」

「共犯者です」

「頼む、早く妻を取り戻してくれ!」

 槇が十無の姿を見つけ、駆け寄ってきた。

「いったいどうなってるの?」

「美原夫人が姿を消した」

「なんですって!」

「後は俺達警察に任せて、非難したほうがいい。昇は?」

「さっき、化粧室から悲鳴が聞こえて、そっちへ」

 煙の中に、昇が禎を抱えた姿が見えた。柚子も一緒だった。

「十無、この娘がトイレで煙に巻かれていた。病院へ搬送してもらうよう手配してくれ」

「あれ? 禎じゃないの。どうしてここに」

 槇は昇に抱きかかえられている娘を見て驚いた。

「ごめん、お姉ちゃん。面白そうだからつい来ちゃった」

「禎って、槇の妹か!」

 昇はあっけに取られている。

「探偵さんの妹! そう言えば似ているかも」

 柚子も驚いている。

「妹の禎にうまくもぐりこませて、探らせていたの。まさか、巻き込まれるなんて」

 槇はおろおろしている。

「刑事さん、何をごちゃごちゃと! 早く妻を探してくれ」

 美原博一は苛立った口調で、声を荒げた。

「勝手ね、さっきまで警察なんていらないって言ったくせに」

 美原博一のほうを向かずに、柚子が肩を震わせて言い捨てた。

「何だ、この小娘は」

「あなたは覚えていなくても、私は忘れようにも忘れられない。……私は矢萩孝介の娘よ」

 柚子は美原博一の顔を睨みあげた。

 一瞬、美原博一の目が見開き、うろたえたようだった。十無と昇はそれを見逃さなかった。

「知らんな」

 そう言って、美原博一はふいと額絵を持って控え室へ引っ込んだ。

 槇と柚子は禎に付き添い、病院へ向かった。

「昇、俺の勘だが美原一博には何かある、目を離さないでいてくれ。俺は捜査があるから」

「わかった」

 十無が所轄刑事の元へ走って行ったあと、昇は美原博一がいる控え室の様子を探りに行った。時計は十九時五十分を回っていた。

 ヒロのメモに記されていた時間の、五分前のことだった。


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