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2・柚子の気持ち

「おい、本当か? 隣にあいつらがいるというのは」

 昇は興奮してつい声が大きくなった。

 自分の働いている探偵事務所でここまで情報を掴んでいたとは、昇は思いもよらなかった。もっと真面目に事務所へ顔を出していればと、今更ながら昇は後悔したのだった。

「大声出さないで。そうよ、十無がいつも追っているアリアという泥棒がいるのよ」

 壁を一枚隔てた部屋では、十無と昇、音江槇がテーブルを囲んで座り、密談? していたのだ。

「もう一人は柚子で、あとは誰だ?」

 心持ち小さな声で十無が言った。

「自称ヒロという人物で、確か窃盗の容疑者じゃなかったかしら」

「またヒロか、暫くアリアの前に姿を現さないと思ったら」

 昇は煙草に火をつけながら、面白くなさそうにため息をついた。

「何の目的でやつらが動いているのかも突き止めたのか?」

 悔しそうに訊いた十無に、槇は得意げな様子で、「なんとなくね」と答えた後、急に真剣な顔つきになった。

「で、交換条件。あのアリアという泥棒の素性知りたい? 協力してくれたら情報流してもいいけれど」

「どういうことだ?」

「実は、警察沙汰に絶対しないでほしいというのが依頼人からの条件なの」

「何だって? それはできない、じゃあ別行動だ。それに、そんなことは自分で調べる」

 真面目で融通の聞かない十無は、昇の予想通りのことを言った。そして、立ち上がって部屋を出ようとした。

 不正を許せない正確だった槇が、そんなことを言ったのも、昇には驚きだった。

 音江槇も世間の荒波にもまれて苦労したのかなどと、昇は二人のやり取りを口出しせずにじっと見物していた。

「待って、今までたいしたことはわからなかったじゃない。それに私の調査報告が終われば逮捕してもいいの。少しの間だけじっとしてくれたらいいのよ」

「無理だ。音江、お前今回だいぶ前金もらっているだろ」

 十無は懇願する槇をじっと見据えて冷ややかに言った。

「そんなことないわよー」

 そう言いながら、音江は無意識に目をそらしている。

「嘘をつけないやつだな、昔から。気をつけろ。ちょっと間違えると共犯になるぞ」

「わかっているわよ、そんなこと」

「心配だな、いったい依頼者はどういう奴だ」

「それはいえないの。というか会っていないのよ。メールでのやり取りと、後は口座に振込みがあっただけ。このマンションの部屋も用意してくれたのよね」

「いったいどこの金持ちだよ」

「そんなことより協力してくれるわよね? じゃないと、いかにあの泥棒と仲がいいか上司に……」

「脅しじゃないか……分かった」

 十無は渋々協力を承諾した。

「オーケー、そうじゃなきゃ。で、どうやらヒロはDと何か企んでいるようなの」

 

 旭川駅前の中心街、デパートが建ち並ぶ歩行者天国を、柚子はあてもなくぶらぶらしていた。

 よく知らない土地で一人歩いていると、なおのこと孤独感が強くなってしまった。

 もう日も暮れかけてきたが、柚子はマンションに帰る気になれなかった。

「わかっていたことじゃない、ああいう関係なのは。別にいいけれどさ」

 すとんとベンチに座り、行きかう人の流れをぼうっと眺めているが、その目はどこも見ていなかった。

 今まで何もかも一人でやってきた。誰にも頼れず、頼らずに。アリアと生活し始めてから、それがどんどん変わってきていた。傍にいつもいてくれる安堵感、それは居心地がよかった。自分を見てくれている安心感は、今までに無いものだった。

 結局は、アリアを支えているフリをして、自分が必要とされているって思いたかったのだ。でも、アリアにはヒロがいる。きっとこれからだってそれは変わらない。

 柚子は自分の感情を冷静に分析してそう結論付けた。

 アリアに自分だけを見ていてほしいと強く思っているのだと、柚子は改めて自覚したのだった。

「ふん、馬鹿みたい。前の状態に戻っただけじゃない。さてと、久しぶりに指の運動でもしようかな」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くと、歩行者を今までとは違う鋭い目つきで物色し始めた。

 そのとき、視界の隅にタクシーから降りるアリアを見つけたのだった。直ぐ側に停車している車内には、十無と昇らしき人影も確認できた。

「柚子!」

 同時にアリアも柚子を見とめ、こちらへ走ってきた。

 今は会いたくない!

 慌ててベンチから立ち上がった柚子は、逃げるように行きかう人の中に紛れ、そのままするりと近くのデパートに姿を消した。

 アリアが続いて追いかけてきたが、柚子の姿は見つけられず、諦めて引き返したようだった。

「あー驚いた、人が少ないから逃げるのも一苦労だわ」

 アリアは尾行を承知で、心配して探しに来てくれたのだ。

 そう思うと、柚子は少し胸の奥が温かくなった。

  

 女子トイレへ入った柚子の手には、既に男物の黒い財布があった。アリアから逃れた後、もやもやした霧がかかったような嫌な気分を吹き飛ばしたくて、柚子は『仕事』をしたのだった。

「あなた、それ盗んだのね?」

 突然背後から女性の声がした。いつもなら用心深く、あらゆることに注意を払っているはずの柚子だが、今日に限ってはどうも調子が狂っていた。

「それ、男物の財布でしょう?」

 狼狽してその場に立ち尽くしている柚子に向かって、ショートヘアで茶髪の若い女性は、咎めるでもなくしげしげとこちらを見ていた。

「ねえ、楽しい? そういうこといつもやっているの?」

 笑みを浮かべ、楽しくて仕様がないという感じで柚子の方へ近づいてきた。

「お姉さん、何か勘違いしているわ」

 後ずさりしながら、しかし従来の落ち着きを取り戻した柚子は、その娘を観察した。赤いタイトスカートに白いノースリーブを着て、小さなリュックを肩にかけている。バランスのとれたスタイルで柚子より幾分背が高かった。警備員や補導員ではなさそうだ。

「なんだかわくわくするわ。そんなに警戒しなくてもいいわよ、警察に突き出したりしないから。ただ、興味があるの」

 彼女は興奮し、早口にまくし立てた。

「興味がある?」

 柚子はわけが分からず確認するように聞き返した。

「実はねえ、ある程度知っているの。あなた達のこと」

「私達のこと?」

 柚子は警戒した。危険な人物なのか? アリアのそれともヒロの知り合い? このまま逃げ出したほうがいいのか?

「そんなに困った顔しないで。わたしは味方よ。刑事達の尾行が離れる機会を待っていたの。そうそう私はさちって言うの、宜しく」

「……あなた何者なの」

 禎と名乗るその娘の眼をじっと見据えて、柚子は探るように尋ねた。

「ねえ信用してよ、もちろん今のことは誰にも言わないわ。ね、それでいいでしょ」

 柚子の質問には答えずに早口でそう言うと、あなたのマンションへ行きましょうと、柚子の腕を引っ張った。

「今すぐは帰りたくないの」

 柚子は弱みを握られてしまい、言うとおりにするしかないと諦めながらも、一方では一人で帰らずに済んだことにほっとしていた。


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