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1・奇妙な三角関係

「柚子、少しの間留守番を頼む」

「え〜。絶対アリアと一緒に北海道に行く! 留守番なんてつまらないよ。蒸し暑い東京から脱出したい!」

「そんなこと言っても、学校はどうする」

「学校なんて休む」

「今度休みの時に行こう」

 夕方近く、マンションの一室は騒がしかった。アリアは柚子と押し間答になり収拾がつかなくなっていた。

 アリアの義兄、ヒロから連絡が入り、いよいよ旭川へ再度行くこととなったが、柚子も一緒に行くといってきかないのだ。

「そんなに休んだら勉強が遅れる」

「どうせすぐに夏休みだもん」

 柚子はまったく譲らず、アリアは困り果てた。

「それに、私がいないとアリアなんてまともな食事しないじゃない。アリアって本当に女? 外見だけでも女らしくしたら?」

 常に男の姿でいるアリアに、柚子は大げさなため息をついて見せた。

「余計なお世話!」

 今やすっかり同居人として居座ってしまった柚子は、遠慮することなく以前から居たかのように振る舞っていた。

 泥棒アリアと、その弟子志願? の女子高生、柚子との奇妙な共同生活はなんとなくうまく続いていた。

 柚子はアリアの生活に溶け込むどころか不可欠な家族となっていた。

「じゃ、今度のテストで十番以内だったらいいよ」

 考え込んでから、アリアは苦し紛れに条件を出したが、柚子の普段の成績を甘く見ていたため、安易な約束をしたと後悔することになった。

 柚子は苦もなく上位に入ってしまい、すんなりと一緒に行くことになったのだった。


 その頃、東十無刑事は自宅アパートで双子の弟、昇に愚痴を漏らしていた。

「北海道まで行かなきゃならない羽目になった」

「応援要請って、そんなに人手がないのか? それに、Dが現れたと言う情報は確実なものじゃないんだろう?」

「唯一、Dに会ったことがあるから呼ばれただけだ。と言っても、逆光でまともに顔は見えなかったが……今までに誰も人相を確認していないからな。Dが現れなければ、直ぐ帰ってくる」

「ふうん」

 通称D。闇で暗躍する女怪盗。被害者は後ろめたい金を盗まれることが多く、皆、被害届けを出さない。十無は以前、Dにアリアがらみで遭遇したのだった。

 十無が荷物を詰めていると、昇もいそいそと荷物をまとめ出した。

「で、何故お前も出掛ける用意をしている?」

「いや〜俺も応援要請があって」

「旭川から? 興信所でもそんなことがあるのか」

 昇の勤めている音江探偵事務所は、池袋にある事務所が支社で、旭川に本社がある。小さいながらも、堅実な事務所だった。

「本当だよ! サボりじゃないって」

 昇は、言われる前に慌てて否定したが、かなり怪しかった。Dがいるということは、アリアとその義兄、ヒロも何らかの形で関係していることが多いと、容易に想像できる。どうせ、今回も何かと理由をつけて、昇は無理矢理旭川に行こうという魂胆なのだろう。

昇はアリアが気になっているらしい。

 性格は正反対だが、やはり双子。十無は昇の行動パターンをよく承知していた。

 十無は昇の言動を疑いながらも、一緒に電車を乗り継いで空港へ向かった。

 同じように、ある一台のタクシーも空港へ向かっていた。

 飛行機は泥棒たちと刑事を乗せて離陸したのだった。


 飛行機の小さな窓から地上を見下ろすと、そこにはなだらかな丘が、幾重にも広がっていた。そして青々とした畑。それはよく写真で見かける丘の風景そのものだった。

「ほんと、いつ来ても小さい空港よね。滑走路もちょっとしかないし」

 柚子はきょろきょろと落ち着きがない。

「もう行くよ」

 若干ウエーヴのかかった肩までの髪に、白い大きめのワイシャツをはおり、パンツスタイルで一見女性か男性か分からないような出で立ちをしたアリアは、さっさとタクシー乗り場に行こうと柚子を促した。

「あっ、待ってアリア。ちょっとあそこ、あの刑事さんたちじゃない?」

 柚子が指をさしたほうに、見慣れた二人がいた。どうやら荷物を待っているようだ。

「双子って目立つね、わかりやすくてありがたい。私達を追ってきたのではないようだけれど、気づかれないうちにさっさと行こう」

「え〜、あの刑事さん達といたら楽しいのに。ねっ、二人のところへ行こうよ」

「無茶を言わない、さあ行くよ」

「わかったわよ。待って、アリア!」

 空港を出てタクシー乗り場に行くアリアの後を追いかけながら、柚子はわざとらしく大きな声で、アリアの名を呼んだ。

 アリアがまずいと思ったときには、昇と十無は、その声に気付いてこちらを向き、柚子がタクシーに乗ろうとしているところを見られたようだった。

「警察だ! そこのタクシー、とまれ!」

 二人が大声で叫びながら、こちらへ走って来た。

「ヒロ、早く車を出して!」

 ぱたんとドアが閉まり、ぎりぎりのところで黒いタクシーは走り出し、アリアは胸をなでおろした。

「柚子、わざと大声出したな」

「えへへ、わかった?」

 アリアが睨んでも、反省する様子もなく、柚子は舌を出して肩をすくめた。

 今楽しいのが一番という考えの柚子は、時折、ゲーム感覚で突飛な行動をとる。柚子には些細なことなのかもしれないが、アリアはその度にかなり冷や冷やさせられていた。

 今回も柚子から眼を話さないようにしていないと、何をやらかすかわかったものじゃない。

 アリアは苦笑交じりに小さくため息をついた。

  

 東昇は重い荷物を持って走ったため、息を切らし、タクシー乗り場から走り去ったばかりの黒塗りの車を、悔しそうに目で追って舌打ちした。

「畜生! タクシーもいない。車さえあれば!」

「十無、今のアリアか」

「多分そうだ」

 十無は冷静にそう答えたが、悔しそうに顔をしかめた。

「十無、昇! こっち!」

 二人でタクシーが来ないかと、きょろきょろしているところにエンジ色のサーフに乗った若い女性が二人に手を振った。

 二人の幼馴染で昇とは同僚の、音江槇おとえまきだった。

「迎えに来てくれたのか!」

「丁度いい、さっきの黒いタクシーを追ってくれ」

 二人は慌ただしく車に乗り込みながら、これ幸いとアリアを追いかける気になっていた。

「待って、あなた達ぎゃあぎゃあ騒いでぶち壊しにしないでね。居所は分かっているの」

 ニッと笑いながら、音江槇はさらさらストレートのロングヘアをかき上げた。パッチリとした瞳が印象的だ。

「何がぶち壊しになるんだ」

 何か知っているような口振りに、昇はきょとんとした。

「嫌ねー、昇は調査書読まずに来たの? 調査対象が誰なのかくらいしっかり確認してきてね」

 槇はため息をつきながら、ぎゅんとアクセルを踏み込んだので、空港は瞬く間に視界から消えた。

「あれ? アリアが調査対象なのか。でも、いったい誰の依頼だ?」

「昇、仕事に来たんだろ?」

「はは、急だったから資料見る暇なかった」

 笑ってごまかす昇を、音江と十無はじろりと睨んだ。

 昇は旭川に行けると言う口実ができただけで舞い上がり、仕事の目的は後回しにしてしまったことを悔いた。

「あの少年を警察も追っているの?」

 音江槇はそう訊きながら、少しでも情報がないかとでもいうように、横目で十無の顔を盗み見ている。

「いや、今回は違う件で来ている」

 言葉少なく、十無が答えた。

「どんな事件?」

「それは……」

「教えてくれないのね。いいじゃない、どこかにリークする訳じゃないんだから」

 十無が言葉を濁したので、音江槇はむうっとふくれた。

「アリアの調査依頼は誰から?」

 十無はそんな槇にはお構いなしに、質問する。

「そっちの情報は教えないで、訊き出そうっていうの? 十無には言えないわ、守秘義務ね」

「槇、俺には後で教えてくれ」

「昇、呼び捨てにしないでくれる? 私はあなたの上司なのよ。音江副所長でしょ?」

「槇が副所長なんてできるのか? 親父さんはもうそろそろ引退するのか?」

 十無が心配そうに言った。

「そういう言い方しないで、私も言いたくなるから。泥棒に甘い十無刑事。あ、昇も首突っ込んでいるわね、よくサボって」

 音江槇は昇をじろりと睨みながら、そう付け加えた。昇は何も言い返せず、愛想笑いをしたが、十無は「どういう意味だ」と、口を尖らせた。

「さあどういうことでしょう。あなたの最近の行動はすべて知っているわ、偶然なんだけれど」

「つけていたのか」

 十無が動揺した。現役の刑事が、槇の気配に気付かなかったのだから、なかなかの尾行技術だ。十 無の面目丸潰れ状態だ。

「ターゲットをつけていたら二人がいたんだもの。ずいぶんとあの泥棒と仲がいいじゃないの」

「別に仲がいいわけじゃ……」

 十無がしどろもどろに答える。

 普段同様などしない十無が、慌てている。昇は高みの見物でニヤニヤしながら見守っていた。

「一緒に食事したり部屋に上がり込んだり。幼馴染として忠告するけれど、刑事がそれじゃ、やばいんじゃないの?」

「それはたまたまそうなっただけで……」

 畳み掛けるような槇の話し振りに、十無は返答につまり、とうとう窓の外に視線をそらしてしまった。可哀想に思ったのか、その後、音江槇はそれ以上十無を追い込む様な話題にはふれなかった。

 槇は昔から洞察力が鋭く、思ったことは直ぐ確かめて何でもはっきりさせないと気が済まず、おまけに曲がったことが嫌いな性格だった。今も変わらない。でも相手の気持ちを少しは考えるようになったようだ。

 小学生の頃、槇は掃除当番をサボった男子の家まで押しかけて、その子の母親の前で、あなたは掃除当番を守らない常習犯だと、攻め立てたことがあった。

 その子は、追い詰められて開き直り、他の奴だってサボっている、自分だけ悪者呼ばわりは変だと反論した。すると、槇はクラスの一人一人からサボったことのある奴を聞きだすと、サボったことのある子の家を回り、同じことをした。

 容赦ないやり方に、クラスメイトからは、影で、チェック魔とあだ名され、陰口を叩かれていたものだ。少しは大人になったのだろう。

 昇が昔のことを思い出していると、いつの間にか、畑の中を真っ直ぐにのびる一本道が終わり、住宅街を抜け、中心街に近くなっていた。といっても都会のごみごみした感じはなく、道路は碁盤の目で道幅もありゆったりしている。

 気温は盆地の為三十度近くあるようだが、全開にしている窓からの風は、心地よい爽やかな感じがした。晴天で雲がないまぶしい青空、空が広く感じられた。

 前に来た時、真冬の厳しい寒さを体験した昇には、この暑さが意外に感じた。

「やっぱり、北海道の夏はいいな」

 のんきにそんなことを呟いている昇の横で、十無は「気楽でいいな」と、ぼやいていた。


 アリア達も車の窓を開け、同じ風に当たっていた。

「ヒロ、おかげで助かった」

 助手席に座っているアリアは、久しぶりの眩しい空に目を細めた。

「旭川でもタクシー運転手なの?」

「どこでも比較的働きやすいからね。しかしかなり稼ぎの悪いタクシーだな、回送の時間が多い」

笑いながら煙草を燻らせたヒロは、相変わらず運転帽をかぶっており、長い癖毛の髪は無造作に束ねられ、以前と変わりなかった。   

 口調も穏やかで、アリアは会うまでの不安だった気持ちが払拭された。 

 柚子は後部座席に座り、暫く二人の会話をじっと聞いていたが、不満そうに「ヒロもずっと一緒なの?」と、アリアに訊いてきた。

 だが、アリアの代わりにヒロが「勿論」と答え、「やっぱりついて来なかった方が良かったか?」と、嫌味っぽく続けると、いつもならやり返すはずの柚子が、返事もせずに車窓をぼんやり眺めた。

「柚子どうしたの?」

「別に……」

 なにやら気まずい雰囲気だとアリアが思っているうちに、マンションについた。

建物は街なかの広々とした公園に面した静かな環境にあった。見覚えのある十階建のマンションは、 アリアが冬に滞在したところだった。

 車から降り、エントランスを抜けて無駄に広いホールを通り、エレベーターで七階へつくと、ヒロは長い廊下を、先に立って歩いた。

「はい、どうぞ」

 ヒロは重そうな玄関ドアを開けて二人を招き入れた。

「冬より眺めがいいね」

 アリアが居間にあるバルコニーから外を眺めると、公園の青々とした木々が見えた。冬場はただ、雪が積もって何も見えず、降ってくる雪を眺めるだけだったのを思い出した。

「ねえ、アリアひょっとしてヒロと一緒に住むの?」

 柚子はヒロがキッチンへ行くのを確認した後、アリアの側へ寄ってきて、そっと小声で不満を漏らした。

「そうだよ」

「ここってヒロのマンション? だったらホテルに泊まりたい。男の人が一緒なのは嫌」

「ホテルに長々と泊まるわけにも行かない。部屋数はあるからそんなに気にならないよ。それに今さら、私のところには押しかけてきたくせに」

「アリアは別だもん、それに女だもん」

「じゃ、柚子だけホテルに行きなさい」

「嫌」

「じゃ決まりね、贅沢言わないこと」

「せっかくアリアとの旅行なのに」

 半ば強引にアリアは押し切ったが、納得できないまま話を中断されて面白くない柚子は、行き所のなくなった不満を、これ見よがしに声に表して抗議した。

「疲れただろう、紅茶をどうぞ」

 ヒロが大きなマグカップに、並々と濃い紅茶を淹れて、居間の中ほどにある応接テーブルに置いた。

「私は要らない。疲れたから少し横になる」

「じゃ、奥の部屋を自由に使うといい」

 ヒロが廊下に面したつきあたりの部屋を指し示すと、柚子はボストンバックを持って行き、無言でパタンとドアを閉めた。

「俺もあいつが苦手だ」

 ヒロはアリアの横にどさりと座り、紅茶を飲むとため息をついた。

「俺も、って……」

「柚子もそう思っているだろう、お互い様だ」

「いつもはあんな感じではないんだけれど」

 どうしてこんなに仲が悪いんだろう。アリアには理解できなかった。

「柚子は俺のことを敵視している、いやライバル視している」

 ヒロは楽しげにニヤニヤした。

「ライバルって何の? 何を面白がっているの」

「恋のライバル」

「からかわないでよ、そんなことはないよ」

「ふうんそうかな、だってお前柚子に言ってないんだろ?」

 ヒロは男装しているアリアのことを柚子が好意を持っているのではないかと疑っているようだった。

 ベランダの窓が開いていて、そこからひんやりとした風が入ってくる。両手で包み込んでいたマグカップの温もりが、心地よかったが、じっとヒロに顔を覗き込まれると、アリアは何故だか顔までも熱くなってきた。

「柚子にペンダントの中を見られて、もう知っているよ」

 誤解を解くためにアリアは事情を話したが、ヒロは納得していないようだった。

「そうか……じゃあ試してみるか」

 ヒロは廊下に柚子の気配を感じ、アリアの耳元で囁いた。

「試すって?」

「こういうこと」

 アリアは一瞬のうちに抱きすくめられ、持っていたマグカップの紅茶がこぼれそうで気を取られていると、次の瞬間にはヒロの顔が目の前に迫ってキスをされていた。

「アリアの馬鹿」

 タイミングよく柚子がその場面に遭遇し、柚子は顔を真っ赤にして外へ飛び出していった。

「何するんだよ、変な誤解されちゃっただろう」

 何とか腕の中から抜け出したアリアは、柚子を追いかけようとしたが、再び腕を捕まえられた。

「離せ!」

「待て、冗談はこれくらいにして、実はまずいことが起こっている。あまりちょろちょろするな」

「でも柚子が」

「大丈夫だ、帰ってくるさ」

「そんな無責任な」

「それよりここの隣に、音江という女探偵がいて、ここのところずっとつけられている」

「ひょっとして、刑事さんの幼馴染とかいう音江槇のこと? 空港に東刑事達がいたし、ここへ来ているのかも」

 探偵がいったい何のために? 誰に依頼を受けたのか。まさか、昇が職場の同僚を巻き込んで、つけまわしているわけではあるまい。アリアは色々考えてみたが、見当がつかなかった。

「多少邪魔になるが、そんなに面倒なことにはならないだろう。だが用心しろ」

 ヒロはそう言いながら、アリアの髪をなぜている。多分、ヒロにはそんなことはたいした問題ではないのだろう。ただ引き止めるための口実だったのではと、アリアは思えてならなかった。

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