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(2)

 ある日の放課後のこと。

 俺はいつもの図書館へ行く途中、美術室に通りかかった。その日たまたま日直だった俺は、担任に頼まれて準備室へノート類を運ぶのを手伝ったためだ。


 美術室は扉が開いていた。

 そっとのぞきこむと中には誰もいなかったが、イーゼルに立てかけられたキャンバスがいくつもあった。


 その中に窓際に置かれたキャンバス……間違いなく赤池さんのだと俺は気づいた。だってその定位置はまさしく図書室から見えるそれだから。


 ギシリ、と踏み入れた一歩がやけに大きく響き、俺は古い木製の床を見降ろしてクスリと笑った……旧校舎の一角だったのだ、ここは。なんだか変な空間に入りこんだみたいだ。


 ――いいな。


 彼女の絵を久しぶりに見た。自分の芸術センスなんて分からないけれど、赤池さんのキャンバスをながめていると彼女の世界観が伝わってくる感じがした。


「久住君?」


 振り返ると絵の作者が立っていた。

 まさかの鉢合わせに、俺はあきらかに動揺してたのだろう……赤池さんに「ごめん、おどろかせて」と逆にあやまられてしまった。勝手に部室に入ったのは俺なのに。


「久住君は絵が好きなの?」

「いや、好きと言うか……綺麗な絵は好きだよ」

「私も綺麗な絵は好き。というか綺麗な物はなんでも好きだなぁ」


 そう言うと、赤池さんはじっと俺の顔を見つめた。


「久住君の顔も綺麗だね」

「……」


 俺はとっさのことに口がきけなかった。


「はは、久住君真っ赤」

「ちょっと赤池さん!」

「ごめん、でもおかしー」


 くったくなく笑う赤池さんを前に、俺はますます顔が熱くなるのを感じた。どうしてだか赤池さんに『綺麗』と言われて嫌な気がしなかった。それどころかうれしかった。綺麗な物が好きな赤池さんは、俺の顔も好きだということだろうか?


「赤池君をモデルに描いてみたいなぁ」

「……」

「ふふ、もっと赤くなった。赤の絵具がたくさん必要になりそう」


 そのとき部室の入口から「あれえ」とすっとんきょうな声が響いた。

 振り返ると知らない顔が二つ。


「あ、部長。篠崎先輩も」

「赤池さん、部室に男連れ込んじゃって~まあまあ」

「ちがいますってー、こちらは久住君です」


 赤池さんは笑いながら俺を部長に紹介する。部長は面白そうに俺と赤池さんの顔を交互に見ると、やがて俺に向かって「入部希望者?」と笑いかけた。すると俺がなにか答える前に、赤池さんが口をはさんだ。


「久住君は絵が好きなんですよ。ねえ、久住君」

「あ、はあ……」


 俺は観るのが好きなわけであって、絵を描くこと自体好きなわけじゃない。というか観る絵だって赤池さんの絵限定なわけで……。


「そっか、じゃああとで入部用紙あげる。赤池さん、今日はめずらしく天気いいから外で写生にしようかって篠崎さんとも話してたとこなの。どう?」

「いいですね。じゃあ久住君も一緒に」

「ええ、あっちの画板使っていいわよ」


 なんと、俺は美術部に入部する運びになっていた。

 断れなかったのは、赤池さんに「さ、行こう」と画板を渡されたから。






 美術部に入って数日経ったが、クラスの誰も俺が部活に入ったことに気づいてないようだった。きっと放課後はいつものように図書室へ行ってると思っているのだろう。


 画用紙を前にして気づいたことがある。正直絵は上手い方じゃないが、描くことは意外と嫌いではなかった。ちょっと笑ってしまった……あまり自分のことを知らないものだなあって。


 先日校庭の外れにある溜池で写生をしていた。赤池さんが隣に座っていて、俺たちは同じ方角の景色を描いていた。赤池さんはサラサラとためらいなく下絵を完成させると、すぐに水彩絵の具を取り出して色を塗り始めた。


 ほどなく俺も色を塗り始めたが、ふと赤池さんの描いてるものをのぞいて愕然とした。


「どうしたの?」

「いや……ぜんぜん違うなって」


 同じものを見てるのに、こんなに違って見えてるなんて。いや、それは語弊がある。赤池さんの描く絵のほうが、俺の見ている風景に近い。


「久住君、池を水色に塗ったんだ」

「いやだって……水だから」


 赤池さんはクスリと笑うと、俺を池の淵へと引っ張っていく。小さな体が「よいしょ」と屈むと、細い指先が水面をすくった。


「ほら見て。これ、何色に見える?」

「……透明?」

「そう。青に白を混ぜた水色じゃないよ。本当の水色は色が無いんだよ。だから周りの色を映して、いろんな色に見えるんだよ」


 赤池さんの手のひらの水が、彼女の肌色を映していた。


「私も昔、水の色って絵具の水色だと思い込んでいたよ。ちがうって気づいた時、衝撃だったなぁ」


 キラキラ笑う赤池さんの横顔に、俺は衝撃を受けた。

 彼女は平凡なんかじゃない、ものすごく可愛くて綺麗な顔立ちの女の子だった。俺の目にそう映った。今までそれに気づかなかったんだ。



(つづく)

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