(1)
『美形』――若いころから言われてきた言葉だ。
俺自身、美形でいて得したという記憶は少ない。
たしかにちやほやされた。しかしそれ以上に酷いことがたくさんあった。
「久住朱里? あいつちょっと気取ってるよな」
「冷たくされたのー。やっぱイケメンって冷たいのかなぁ」
「俺の彼女、たぶらかしたんだぜ。むかつく」
「男もイケるってホントかしら? あの人ならありえそー」
まったく、うんざりだ。
少しばかり人見知りが激しいのは、この容姿のせいで色々不快なことがあったから。例えば小さい頃は何度誘拐されかけたか数知れず。
小学校六年で身長170超えてた俺は、担任の女教師からセクハラを受け、中学に入った頃は学年の女の子達に『王子』と祭り上げられた挙句に数名の男子生徒からうとまれ陰湿な嫌がらせを受け、根も葉もない中傷を言いふらされ……こう列挙していくと被害者意識が強すぎると言われそうだからここら辺で止めておく。
おとなしくしていると『気取ってる』と言われ、明るく振る舞うと『調子に乗っている』と言われ、女の子に親切にすれば『その気もないくせに気を持たせた』と非難され、普通にしているだけで『つんけんしてる』と……あーもう!
分かったよ、俺は息してるだけでもナマイキに見えるんだろう?
女の子の落し物拾っただけで『女たらし』なんだろう? いいよもう。知らねえよ。
高校に入ってから最悪だったのは、学年一可愛いと言われる女の子に告白されたことだ。
告白され「付き合って」と言われ、俺は「無理」と断った。理由は単純、俺の好みじゃなかったからだ。しかも同じクラスじゃないから口もきいたことのない女……付き合ううんぬん以前の問題だと思った。
ところがどうだ。彼女を『振った』とたん、男子だけじゃなく女子からも非難ごうごう。冷血だの、もったいないだの、格好つけてるだの、とにかくすごかった。
――俺には選ぶ権利もないっていうのかよ。
うんざりした俺が足を向ける先は図書室、昔からの俺の避難場所だ。『図書室では私語を慎みましょう』というキャッチフレーズ通り、室内はしん、と静まり返っている。敢えて俺に声を掛けようという奴もいない。
そんな心地良い沈黙の中で、俺は自分のお気に入りの本を見つくろい、それを手に窓辺の席を陣取る……そこからが一番良く見えるからだ。美術室が。
そう、美術室。そこにいるのは赤池幸代さん。いつも窓辺に座って、一生懸命キャンバスの世界に没頭している。俺のそう、片思いの相手だ。
赤池さんは特別ぶさいくでもないが、特別美人でもない。俺と同じ高校二年生で、違うクラスだからあまり接点もない。実はまともに口をきいたことは一度しかない。去年の文化祭の時のことだ。
美術部の作品を見ていたら、とても目を引く絵があった。それは自由奔放な筆遣いで荒々しいタッチだが、色使いがとても綺麗でどこか繊細。しかもやさしさにあふれていた。そんな絵だ……俺が感動して見入っていたら、隣に女の子がやってきて「その絵、私が書いたの」って教えてくれた。それが赤池さんだ。
「とても綺麗ですね」と言ったら、赤池さんは「同じ学年だからタメ口でいいよ」って笑った。それからちょっと話した。10分ぐらいだろうか。でも俺は感動しっぱなしだった。
だって赤池さんがはじめてだったのだ……こんなに裏表無く(少なくとも俺にはそう見えた)さっぱりとした口調で話をしてくれた女の子は。そんな彼女を好きになってしまったのは、無理もないと思うだろう?
(つづく)