(3)
「……そーかもねぇ、私みたいに色気ないけど健康そのもの、がっちり安産体型!ってのが好みの男、結構いるかもねぇ」
一瞬の沈黙の後、私はそんなことを口にしていた。
「やだぁ、ナーセってば~安産体型って!」
「でも子宝に恵まれそう~なんてね」
その場がフワッとなごやかな雰囲気に包まれる。
二人ともどこか罪悪感を残した、しかしほっとしたような表情を浮かべていた。
そう『普通は』私みたいな女はモテない。皆も私も分かっている。
逆に私みたいな女が男、特に雪村さんみたいなイケメンに好かれたら周囲は黙っちゃいないだろう。
……だから私は学生時代、人生で一度だけかもしれない恋愛のチャンスを、自ら拒絶したのだ。
あれは私が高校三年の受験の年で、某大学の下見にきてた時のこと。
先に卒業した先輩とばったり校内で出くわした。
――ずっと、永瀬のこと気になっていたんだ。
下級生の面倒見がいいと評判だった先輩にそう言われ、私の心は跳ね上がった……この先輩のことはそういう意味で意識したことはなかったけれど、この一言で一気にときめいてしまった。
しかし……次の瞬間、私は反射的に頭を下げていた。
先輩のためではなく、私自身の保身のためだった……私に彼氏なんてできたら、周囲の友達がなんというか。
今まで仲良くしてきた人達の心が、私は心のどこかで信じ切れてなかった。
私が人並みに彼氏を作ってしまったら、周囲の友達は変わらず友達でいてくれるか自信なかった。
今ふり返ると、当時私は馬鹿馬鹿しいほどに大きなコンプレックスを抱えていたのだ。
そしてそれは今も……馬鹿馬鹿しいほど私の心に巣食っているのだ。
「あれっ、それ残すの?」
いつもの昼休み、すっかり恒例となった雪村さんとのランチの席で、炒飯を前に私は蓮華を置いた。
「うん、今日はなんかお腹いっぱいになっちゃって……」
「でも、まだ半分近くあるぜ?」
「そうだねー。もったいないけど……」
そう言いかけて雪村さんを見ると、その顔が一瞬嫌そうにゆがんだのが分かった。
私はなんとも気まずくなってしまう。
「……まさかと思うけど、ダイエットとか言うなよ?」
「え、あ、その」
「くっだらねぇことで、食べ物粗末にするなよ」
そのキツイ一言に、私は身が縮こまる思いがした。
だって、こんな食べ方していたら、いつまでも私の体型はこのままだ。いつまでも、雪村さんの隣に並んではいけない気がする……コンプレックスを抱えたまま、この人の隣に並べない気がするのだ。
雪村さんはしばらくの間、自分が手にしてる蓮華をじいっと見下ろしてたかと思ったら、ふいにそれを私の炒飯の皿につっこんだ。
ふわり、と湯気が立つご飯をすくい上げ、それを私に向かって突き出す。
「ほら、食えよ」
「……ええっ、私?」
「当たり前だろ、お前の炒飯なんだから。責任もってお前が食え」
「や、でも……」
「一人で食えないなら、俺が食べさせてやろうかって言ってんだ。ホラ、口開けてみろ」
思わず口を開けてしまうと、思いのほかやさしい仕草で食べさせてくれた。
なんだか涙がにじみそうだ。
「はっきり言っておくけど、俺はあんたの食べっぷりに惚れてるんだからな」
「……!」
少し赤い顔をごまかすように、雪村さんは大げさに眉をしかめてみせる。
普段飄々としている雪村さんにしては珍しく表情豊かだ。
「俺きらいなんだよ、人とメシ食ってるのに全然食べない奴。『太っちゃうから』とか言ってメシもろくに食わないくせに、どこそこのスイーツが好きだの言う女にもあきあきしてんだ」
「雪村さん……」
「それで俺がうまいラーメン屋へ連れていこうものなら居心地悪そうにするんだ。そういう場合後から決まってイメージ合わないだの、今度はカフェとかにしようだの、変に気取りたがるんだ。そんな面倒な女、こっちから願い下げだ」
「……それは、ひどいですね」
「だろ? そう思うだろ? だから、あんたにはそうなって欲しくないんだよ。せっかく理想の奴見つけたんだし……」
そこまで言って、雪村さんは言葉を切った。
そのまましばらく無言で向かい合っていた私たちは、やがて再び炒飯に挑み始める……もちろん私も一緒に。
「……やっぱ、ここの焼き豚うまいな」
「……ですね」
そんないつもと変わらない会話をしつつ、私たちはお互い自分の皿を綺麗に平らげたのだった。
(おわり)