(2)
「はい、コレ」
「……またですか~」
それから毎日、雪村さんはちょっとした折に私に食べ物を渡すようになった。
それは小さなキャンディー一粒ってこともあれば、まだ未開封のクッキーひと箱ってこともしばしば。
こんなことが始まって三日経つ頃には、すでに私と雪村さんの不思議なやりとりは社内中に知れ渡っていた。
今では雪村さんが「これうまいよ」と、若干笑みまで浮かべて私に話すようになっており、その変化については私もちょっぴり過敏になった。
それは決して『もしかして雪村さんって私のこと好き?』なんていう軽い明るいノリではない。そんな色めいた可能性など、私はマッタク期待していないのだ……この私のサイズで、唯一『不自由』と思えるのが恋愛である限り。
そう、友達はたくさんいる。
でも私には未だかつて、彼氏と呼べる人を持った経験が無い。
もちろん『女として』モテた記憶も皆無だ。
私が心配したのは、社内にひそむ?雪村ファンの女子社員にやっかまれないかということだ。
そりゃいくら恵まれた境遇で生きてきた私でも、心無いかげ口のひとつやふたつ言われたことが無いわけではない。「太ってるくせにナマイキ」なんてのはまだカワイイ方である。
また誰かにかげ口言われるかな、と思うと嫌な気分になった。
もしかしたら今までの経験をくつがえす、ものすごいイジメに会う可能性も無くもない……陰険な嫌がらせとか、どっかの少女漫画かなんかにありがちなパターンを思い浮かべてしまった。
……しかし、意外にもそういうことがあまりなかった。
それというのも、ひとえに雪村さんの評判がすっかり女子の間でガタ落ちになっていたからである。
その上イケメンも、慣れてしまえばフツーのひととなるようで、周囲も雪村さんに慣れてしまったようだ……ただし『風変わりな変人』という不名誉なレッテルを貼られて。
「永瀬さん、昼飯行かない?」
「いいですよ」
そんなやりとりを、周囲の社員はどこか平和なムードで傍観している。
やれやれ、これであいつも一緒に昼メシ食う友達ができたか、って具合に。
二人連れだって行く先は大抵ラーメンかカレー屋か、もしくは場末の定食屋。
まったく色気は無いに等しい。
「やっぱりニンニク入りはダメかなー……」
「雪村さん接客しないし、大丈夫でしょう」
「でもこの大盛りラーメン、生ニンニクかなり入ってるぜ? デスクの隣近所に大迷惑になるだろうな」
スレンダーな体のくせして、やはり男の人だけあって雪村さんはよく食べる。
ラーメンが好きらしく、行けば必ず大盛りを注文する。
……で、私もつられて大盛りを注文する。
「永瀬さん、味噌バターか。そっちもうまそうだな」
「ひとくち、食べます?」
「うん」
そうして雪村さんの食べるとんこつラーメンと交換した。
こんな風に必ず人の食べてるものも食べたがるから、こんなことはもう慣れっこである。
「やべ、こっちもうまい」
「ですよね」
「次回こっちにしよっと」
「でも、とんこつも美味しいですよ」
「だよな」
そんな感じに、食べてる間中ずっと食べ物の話題だ。会社のことはもちろん、友人関係も個人的な話題も一切なし。すがすがしいほどに食べ物オンリー。
――こういうのって、食べ友っていうのかも。
雪村さんと私の食べ友っぷりは、当然社内中が知るところとなっていた。
「なんか雪村さんってホント、イメージ狂う」
「あの人についていけるのはナーセだけだよ。いっそのこと、付き合っちゃえば?」
「いやいや、何言ってんの~」
私は内心どきまきしつつ、のん気を装って笑ってみせた。
会社帰りに同僚の女子社員二人と連れだって、私は久々にちょっとばかりお洒落な洋風居酒屋なんぞにいた。
「結構お似合いだと思うよ」
「またまたー、あんなカッコイイ人は無理だって」
「外見は、ね。でも中身があれじゃー……この間だって、昼休み帰ってきたらすっごいニンニクの臭いさせててさぁ、あれはありえない」
「ああ、あの時のラーメンね……私は止めたんだけどねぇ」
私はクスクス笑いながら、箸でつまみあげた鳥の軟骨揚げをぽいっと口に入れた。
「最近ナーセがお昼一緒きてくれないからさみしいけどさぁ、私たちとしては雪村さんとうまくいってもらいたいわけよ」
「そうよ、ナーセもまんざらじゃなさそうだし。あとは雪村さんが奥手じゃなければ……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。いったい何の話?」
目の前に座る二人の同僚は、急にニマニマといやらしー笑顔を浮かべた。
「だあって、雪村さん絶対ナーセに気があるよ」
「そうだよ、じゃなきゃあそこまでナーセに構ったりしないって」
「いやいやいや、私たちただの『食い友』なだけだしっ!?」
「でもちょっと変わっている雪村さんのことだし、女の子のタイプだって普通じゃないんだよ、きっと……」
と、そこでその子が口を閉ざした。
一瞬にして、その場の空気が凍りついた。