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会社の昼休みに、気の置けない同僚たちと一緒に、事務所ビルの近くにある定食屋で昼食を取っていた。
私はとある小さなグラフィック会社で庶務を担当している。
社員全体数が少なく、また社内の年齢層が低いことがあって、部署の垣根をこえて男女ともに仲良く和気あいあいとしている。
「そういえばあたし、今朝も雪村さんににらまれちゃった」
「雪村って、あの最近入った?」
「ああ雪村って、専務がどっかで引きぬいてきたっていう奴だろ?」
ここ一週間ばかり、制作部に入った新しい社員の話題をよく耳にする。
彼の名前は雪村氷介さん。その腕を買われ、うちの専務が口説いてきた、という優秀なデザイナーさんだ。
「やっぱ冷たいわよ、雪村さん」
「俺は別にそうは思わないけど。確かにちょっと飄々としてるとこあるけどさ、話す時は結構話すんだぜあいつ」
「うんうん、この間の男性社員オンリーの飲み会でも、好きな野球のチームについて聞いてもいないのに熱心に話してたよな。あれ絶対酔ってたぜ」
「ちょっとちょーっと、聞き捨てならないわね? 何その男子オンリーの飲み会って? 寒すぎ!」
「そうよ、どうしてあたしらも呼ばないの? ねえ、永瀬さん?」
いきなり話をふられ、ぼんやりしていた私は我に返って目をパチパチさせた。
すると皆が「まーた、だ」って笑う。でも悪意のある笑いではない。むしろ親しみをこめて「しょうがないなぁ」とも言われ、私は「いやぁ、ぼーっとしてた」とごまかし笑いを浮かべた。
「ナーセも今度一緒に飲みいこうよぉ」
「私飲めないよ? ひたすら食べるだけだし、夜食べるとますます太るから遠慮する」
「えー、そのぽちゃぽちゃしてんのがナーセらしいんじゃん~」
「だよなー、なんていうか永瀬って今流行りの『太っててもカワイイ系』だよな」
私は皆の言葉に苦笑を洩らしてしまう。ちなみにナーセとは、私こと永瀬佳代のニックネームだ。
確かに私は標準体重をかるーくオーバーしてる……15キロほど。
健康診断では間違いなく『肥満』判定だし、いくら血液検査もろもろで健康的な数値をはじきだしても問診では必ず「もう少し痩せてください」と言われてしまう。
でも、私はそれほど危機感を感じていない。
なぜなら背が低いためか、多少(というか、だいぶか?)太ってたってちゃんと着れる服のサイズはあるし、昔からこのサイズのせいでいじめられたり友達できなかったり、といった経験もない。学生時代も社会人になっても周囲は良い人たちにばかりで、本当に私は恵まれていると思う。
そりゃ私も女の子だから、過去にはダイエットなるものを試みたことがあった。結果だけ先言うとすべて失敗に終わったけど。
するとまわりの知人友人はきまって『痩せなくていい』と言う。理由をきくと、このぽてぽてした体型が私のキャラに合ってるんだって。
そんなわけで周囲の言葉に甘えつつ?24歳になる現在もこのぽちゃぽちゃサイズをキープ。今日もおいしくご飯とおやつをたっぷりいただいている。
「だから今度、男女合同で飲み会しよーよ」
「お、いいね」
「雪村くんはどうする?誘う?」
女の子ら三人は微妙な表情を浮かべたが、それでもどこかソワソワしていた。そして「やっぱり誘おう」って話になって、私は心の中でそっと笑った……愛想が無く、女子社員の間でもっぱら不評な雪村さん。
だけど皆気になってしょうがないのだ……なんせ雪村さんは稀に見るイケメンだから。
だからこそ、ちょっとしたことでも皆の話題に上ってしまうのだ……良いか悪いかは別として。
私は個人的に見て、雪村さんは確かにフレンドリーとはいいがたいけど、極めてフツーのひとに見える。周りの女の子たちが意識し過ぎちゃって、普通に対応できないのが冷たくされる原因のひとつでもあるんじゃないかとすら思ってる。
昼休みが終わってデスクへ戻る途中、雪村さんに呼びとめられた。
「永瀬さん、これいる?」
「はい?」
ぽいっと渡されたのは、スティックココア。
私は???とした顔で手の中のものを眺めていると、雪村さんはさっさとモニターに向かいながら「俺それニガテだから飲んで」とぼそりと言われた。
「おおお、ありがとうございますっ! うれしいです」
「大げさな……」
あきれたように横目でちらっと見上げてくる雪村さんは、相変わらず端正な顔に冷たい表情を浮かべていた。私は軽い足取りで自分のデスクへ戻ると、さっそくマイカップを手に給湯室へと向かった。
春なのに最近寒いから、あったかいココアがしみるように美味しい。
私は太っているだけあって、甘い物という甘い物に目が無い。
「でもちょっと甘み薄いかなー」
最近の嗜好品って、健康志向のせいか甘さ控えめってのが多い。
給湯室の戸棚におかれたお客様用のシュガースティックを取ろうとして、手を止めた……いけないいけない、医者に少しは痩せろって言われてるんだった。ま、これでも十分美味しいからいいか。
デスクへ戻ると、隣の女の子が声をかけてきた。
「それ、雪村さんにもらったんでしょ」
「うん」
「めずらしいね、なんか」
「まあ、ニガテだから飲めないようなこと言ってたし。誰かにもらったんじゃない?」
私の言葉に、その子は「なるほどね」と納得した様子で再び仕事へと戻った。
こんなつまらないことが、これから色々始まるきっかけになると誰が思えただろう……?