プロローグ 嘘の雨
包帯少女は嘘を識る
著:桜葉ミノレ
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プロローグ 嘘の雨
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白い、部屋だった。
壁も天井も床も、何もかもが均一な白で塗り潰されている。色という概念を削ぎ落とした空間の中で、少女は目を開けた。
自分が誰なのか、わからなかった。
どこから来たのか、わからなかった。
でも、一つだけ知っていることがあった。
「起動確認。シュノ、聞こえますか」
声は壁の向こうから来た。男の声だった。聞いたことのある声、と思ったが、それが「記憶」なのか「設定」なのか、少女には判断できなかった。
「聞こえます」
少女は答えた。自分の声が思ったより低いことに、少し驚いた。驚く、ということを覚えているのだから、自分はちゃんと機能しているのだろうと、少女は思った。
「今日から任務を開始してもらいます。場所はすでに知っていますね」
知っている、と思った。地図のようなものが頭の中にある。一棟のアパート。二〇五号室。住人の名前——九条アキラ。
「行けばわかります」
「ええ」
「記憶の移植は最低限にしてある。不自然にならない程度に」
「わかりました」
「あなたが何者であるかを、彼は感じ取るでしょう。だからこそあなたに行ってもらう必要がある」
少女は自分の腕を見下ろした。白い包帯が、手首から肘の少し上まで巻かれている。どうしてこんなものを巻いているのか、理由は知っていた。だが、聞かれても言えない。それも、知っていた。
「名前は?」
「シュノ」
「フルネームは?」
「……わかりません」
これは嘘だった。
だが少女は、それが嘘だということを、自覚していなかった。
「行きましょう」と誰かが言った。壁の向こうか、自分の中のどこかから聞こえたのか、わからなかった。
少女——シュノは立ち上がった。全身が軽くて、不思議な感覚だった。まるで自分の体が自分のものではないような。あるいは、ずっと誰かのものだったような。
白い部屋に、雨はなかった。でも、扉を開けた先で初めて空の色を見たとき、シュノは思った。
この世界は、ずいぶんと複雑な色をしているのだと。
そして彼女は、最初の嘘をまとって歩き始めた。




