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7話

最終話です。

 年の瀬も差し迫った日の夕刻、のどかは会社から少し離れた街に来ていた。

 すっかり日が落ちて繁華街にはイルミネーションが輝いている。飲食店が多く人混みに流されるよう、スマホの地図を頼りに歩いていた。

 今日はついにリストたちとのオフ会だ。幹事は発案したメグだけれど、店の希望と手配はRENがしたと聞き及んでいる。とても良いお店だから、RENはきっとそれなりな立場の人かもよ、なんてメグが言っていた。


「あの、予約をしてあるサキと申しますが……」


 ビルのエレベーターを降りた先で、店舗の入り口に立っていたスタッフに申し出るとすぐに案内してくれた。

そこはメグが言っていた通り、洗練されたお洒落な店だった。

 入り口付近のカウンターバーには、個人客も入っているようだった。のどかにとって少し背伸び感のある店だったので、ついキョロキョロと周囲を見回してしまう。そして、少しだけ頑張ってお洒落してきて良かったと思うのだった。


「こちらになります。お連れ様は皆様お揃いです」


 個室扉の前でそう言われて、のどかに緊張が走る。MHOの中とは違う自分を曝け出すのは、それなりに覚悟が必要だった。けれども今日のどかは、それ以上の難関ミッションを自分に課している。

 リストに自分の正直な気持ちを告げて、彼の告白には応じられない。そう伝えようと心に決めて来たのだ。

 だからリストがこの扉の向こうにいる。そう思うとのどかの喉がカラカラだ。

 俯きながら部屋に入るのどかの視線に入るのは、椅子とテーブルの脚、そして自分より大きな黒い革靴。

 椅子を引いてその靴の主が立ったのと同時に、優しい声が頭上から降った。


「……サキ」


 リストの声は耳に慣れた、ものだった。

 中身だけでなく、声まで似ている。なんて残酷なんだろう。そう思いながらのどかは顔を上げる。


「はじめましてサキです! ……わた、し」


 のどかの思考と息が止まる。

 なぜなら、のどかの目の前に立っていたのは、週末の仕事の確認を昨夕した相手、藤堂だったから。

 一拍して頭に浮かんだのは、部屋を間違えたのではないかという疑念。まだ案内スタッフは遠くへ行っていないはずと踵を返したのどかの腕を、藤堂が掴む。


「間違ってない、山崎……俺がリストだ」

「……え?」


 眉を寄せて不安そうな顔の藤堂を見上げてから、のどかは彼の言葉を脳内で再生させる。


「世間は狭いっていうけど、これはあんまりよねぇ」


 あっけらかんとした声が、藤堂の後ろからかかった。

 それも聞き覚えのあるもので、のどかは彼の後ろの席に座って微笑む三田を、こぼれそうなほど目を見開いて見つめる。


「み、みみみ、三田さん?!」


 いつも一つにまとめていた髪を下ろして、華やかな化粧。上品なマダム姿だったが、間違いなく食堂のおばちゃんこと、三田だ。


「やあねえオフ会なのよ、ここではメグさんっていつものように呼んで欲しいわ」

「僕のことも忘れないでくれるかな?」


 手を振る最後の声の主を見て、のどかは今度こそ意識を飛ばすかと思った。

 残る一人は、大黒様のようなふくよかさと眼鏡がトレードマーク、のどかが勤める鈴木教育備品の代表取締役その人だった。


「しゃ、しゃ……社長がなんで」

「落ち着け、気持ちは分かるが彼がRENだ……俺もほんの三分前に知ったんだがな」


 膝が笑ってバランスを崩すのどかを、藤堂が支えて微笑んだ。

 仕事場では見たこともないその笑顔に、のどかは失神どころか昇天しそうだ。


「まあまあ座って、さっそく乾杯しようじゃないか」


 この場を収めるのは動じた様子のない、RENこと鈴木蓮太郎、さすがの貫禄だ。

 あわあわと動揺するのどかを、マダムな三田が手を貸す。そうして着席すると同時に、飲み物と料理が運ばれてくる。

 準備が整うのを待つ間も、隣席の社長と藤堂は言葉を交わし、三田がその会話に相打ちをする。

 飲み物が揃ったところで、社長がグラスを掲げてのどかたちを見回した。


「さあ皆さん、僕たちは長らく友人として過ごしてきましたが、真実今日が『はじめまして』です。あの素晴らしい世界と、そこで生きるRENはもう僕と切り離せることができない存在だ。君たちとの友情と同じようにね」


 社長が眼鏡の奥で、ウインクをする。

 そんな仕草が、RENを思わせてくれた。三田は「うふふ」と笑う姿がメグと重なり、藤堂は異論を口にせず黙ってグラスを掲げる。

 そしていつまで経ってもちょこんと行儀良く座るのどかへ視線が集まる。


「サキ、お前らしくでいいんだ」

「そうよ、リストくんの言う通りだわサキちゃん」

「サキは、サキらしく」


 のどかはグラスを手にする。


「リストさん、メグさん、RENくん……会えて嬉しい」


 改めて仲間の名を呼びながら、同じようにグラスを掲げたサキに、三人が頷く。


「MHOと仲間に乾杯!」


 RENが音頭をとり、グラスが当たる音が続いた。

 美味しい酒と食事が、のどかの緊張を和らげていく。そして誰からともなく、MHOに入り浸ることになったきっかけや、MHOの世界への愛を語りだしてく。

 ゲームのことを話し始めると、のどかの抱いていた違和感も気にならなくなっていった。可愛がっている竜カブトの名を出す社長はRENでしかないし、セクシーどころか清楚マダムの安心感は確かにメグに抱いていたものだと気づかされる。そしてリストは、最新の武器の傾向や、次の制作案を口にする。

しかしそのリストらしからず、視線をどこか逸らされてしまう気がしていた。サキはサキらしくと言ったくせに、だ。

 何も知らないサキだったなら、ここで「どうしてですかっ?」と文句の一つも言えたかもしれないが、今日のサキも彼と正面から目を合わせられずにいる。

 そうしてリストに対してだけはサキになりきれないのどかだったが、ゲーム仲間との初めてのオフ会は、楽しい時間を過ごすことができた。


「まさか全員が同じ会社に勤めているなんて思わなかったわぁ、こんな偶然ってあるのね」


 会計を済ませてもらっている間に、メグと化粧室へ向かった。


「しかも上司と部下ですもん……倒れるかと思いました」

「あなたは特にそうでしょうねぇ。でも良かったじゃない、好きだったんでしょう? 藤堂さんのこと」

「え?」

「リストくんに、告白されたのなら、同じことじゃない?」


 のどかはぎゅっと唇をかみしめる。


「じつは、私……」


 のどかはメグにだけは、リストへの返事を聞かせた。そこに至った経緯も含めて。

 メグからはもう少しよく考えた方がいいと諭されたのだが、最後にはのどかの決意を理解してくれたようで、応援すると言われる。

 そうして散会となった店外で、タクシーで送ってくれるというRENの申し出を断り、のどかと藤堂は社長と三田を見送った。

 三田は心配そうに見ていたが、のどかは大丈夫と笑って手を振る。


「この先に公園がある、そこに移動しようか?」


 藤堂の申し出に、のどかは頷いた。

 人混みを避けながら、ゆっくりと歩く藤堂の半歩後ろをのどかは着いて行く。五分ほど歩いた先に、小さなベンチのある広場があった。繁華街の中にあるせいか、街灯で明るく視界も開けていて不安はない。

 唯一シンボルツリーのように植えられた樹木の前で足を止めた藤堂は、のどかを振り向く。


「改めて、山崎さんがサキだったのは……本当に驚いたよ」

「それはお互い様です」

「そう、だよな……うん」


 のどかはこのまま藤堂と話し続けるつもりはなく、彼の正面に向き合ってから勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさいリストさん、私はあなたの気持ちに応えることはできません」


 しんと静まりかえった公園。

 膝についたのどかの手が、震える。


「……俺がリストだったから、がっかりさせたのか?」


 その言葉に、のどかはバッと顔を上げて首を横に振った。


「ち、違います!」

「なら、理由は?」


 藤堂は、真剣な表情で聞き返してくる。


「俺は嬉しかった。山崎さんが、きみがサキだと知って……」

「む、無理をしなくても大丈夫です……藤堂主任こそ、私がサキでがっかりですよね、ほんと、すみません」


 視線をそらしながら言ったのどかだったが、大きな手を肩に引き寄せられていた。

 暗がりのなかで間近に迫る藤堂が、切ないような表情を浮かべているように見えて、のどかは驚く。


「本当だ、信じてくれ。俺はあの日の告白を撤回するつもりはない」


 のどかの胸が、ぎゅうっと絞られるように痛んだ。


「でも私のこと、そんな風に見られないんですよね?」

「そんな事……って、もしかして先週の休憩室……聞いて?」


 のどかは藤堂の胸を押しのけようとするも、体格差もあってかびくともしない。


「サキならリストさんなんて簡単に投げ飛ばせるのに、現実はこんなにも違う」

「待ってくれ、違う……あれは誤解だ」


 はっきり聞いたあの日の言葉が、いまだのどかの脳裏にこびりついている。


「私は確かにサキですが、藤堂主任に仮想だけでしか……山崎のどかとして好かれないのは辛いです……」


 口にすると、のどかの目からポロリと涙があふれた。

 現実の自分が好かれていないのに、サキとして彼と付き合えるほどのどかは器用ではない。それが誰よりも好きな相手ならなおさらだ。だからオフ会に来る前から決めていた通り、断るしかない。

 のどかとて、好きな人には幸せになって欲しい。


「それはつまり、俺に好きになってほしいと……言っているのか?」

「……え?」


 逆に告白していたことに気づかなかったのどかは、その事実にカアッと血が上がるのを自覚する。


「ち、ちがっ……」


 のどかが思考を整理するよりも早く、大きな腕に抱きしめられていた。


「俺は山崎のどかを、サキよりも誰よりも好きだ」


 のどかは黒いコートに包まれながら、その言葉を聞いた。

 藤堂が軽々しくそういう嘘を口にしない人だと思いながらも、信じられない。


「でも……だってあの日っ」

「営業課内で恋愛関係になるのは、タブーと言われている。それを承知で部下に手を出したとなれば、きみの近くにはいられなくなる……だから諦めなければならないと」

「それは誤解だよぉ」


 急に背後から声をかけられて、のどかと藤堂は「ぎゃっ!」と悲鳴をあげながら飛び退く。

 怪しい声はシンボルツリーの背後からのようで、振り返る二人が見たのは、にこやかに手を振る鈴木社長と三田の二人。


「何をしているんですか、二人ともそんなところに隠れて!」


 驚かされて少々いらつきのあるいつもの藤堂の口調に、のどかはどこかほっとする。


「いやあ、三田さんに二人の危機だと相談されてね、こっそり後をつけてきたら案の定おかしなことになっているようだね」

「絶対にあなたたちなら面白い展開になるかしらって期待したけど、まさかそこまですれ違うなんて思わないじゃない?」


 のどかと藤堂は互いに顔を見合わせ、そして抱き合っているのに気づいて慌てて離れる。すると三田が「あらそのままでいいのに」なんて笑う。


「誤解というのは、どういう意味ですか?」


 のどかよりも冷静な藤堂が鈴木社長に問いかけると。


「ああ、それそれ。我が社に社内恋愛タブーなんてありませんからね。そんなルール設けていたら、僕が一番罰を受けちゃいます」

「そうよぉ、社長も社内恋愛、しかも部下だった女性を奥様にしたのよ。知らなかった?」


 社員よりも詳しいパート社員、三田によると……。

 恋愛関係になるのは大丈夫だが、仕事に支障がないような配慮と、夫婦で同じ業務だと上手くいかないことが多いので、移動をおすすめしている程度だという。それがいつの間にか営業内で間違った噂として出回っているという。


「ということだから、遠慮しなくていいからね」


 RENらしくウインクをされてしまう。


「ささ、言いたいことは伝えたから、続きをどうぞ、どうぞ」


 ニッコニコで見守る両名に、のどかと藤堂は再び顔を見合わせてから、同時に叫んだ。


「できるか!!」



 それから業務仕様になった藤堂が、野次馬の二人を再びタクシーに乗せて送り出したのだった。その頃にはすっかり夜も更けて、日付も変わりそうな時刻だ。

 二人そろって公園のベンチに座り、暖かいコーヒー缶を開ける。


「その……すまなかった」


 藤堂に謝られても、何についてなのかのどかが分からずにいると。


「そもそも俺が誤解していなかったら、泣かせることはなかっただろう?」

「わ、私も突っ走ったし……お互い様です」


 藤堂はのどかの涙の跡を、手で拭った。のどかがあわあわとしていると、彼は甘い視線を向けてのどかに乞う。


「改めて、答えをもらってもいいだろうか」


 そんな藤堂の目が、自信に満ちた仕事の時とは違って、のどかには不安そうに見えた。

 彼もまた、自分と同じように相手の気持ちに揺さぶられ、不安に思っているのだと悟る。それが嬉しくて、そして手に持つコーヒーよりも胸が熱く感じられる。


「はい、私も藤堂さんが好きです。だからリストさんには、最初から断るつもりでした」


 そこまで言ってのどかはふと疑問にとらわれる。


「そういえば、どうして藤堂さんがあの指輪を手に入れられたんですか? 出張の日にログインできなかったはずなのに、入手できたならリストさんは藤堂さんじゃないって確信したのに」

「あれは、俺が制作者だからだよ、運営からコンテスト受賞者には配られることになっていた。募集要項にも書いてあったんだが……」

「そうだったんですか? 私、知らなかったです……」


 最初から誤解が生じていたことを知り、のどかはがっくりと肩を落とす。


「遠回りしたが、望む答えをもらえたのなら、それでいい」


 そういう事を言ってフォローしてくれるところは、確かに彼がリストなのだと改めて実感するのどか。


「こういうドジなところばかりですけど、本当に私でいいんでしょうか……きっと直りませんよ」


 唇を尖らせるのどかを見て、藤堂が呆れるどころかじっと熱い眼差しを向ける。


「大丈夫だ、そこも含めて気に入っているからな。指輪、もらってくれるだろうか」

「はい、もちろんです」

「こっちにも、用意するから」


 藤堂が、のどかの手を握る。

 頷くのどかの赤く染まった頬に、藤堂の唇がかするように触れた。



後日……MHOジノッキオにある酒場にて。

人々で賑わうホール中央には、運営によって管理されるホログラムがある。そこには常時広告や、運営からのお知らせなどが告知される。

今日、サキたち四人はこの酒場に集い、運営からの知らせを待っていた。

なぜなら週に一度、運営が発表するランキング速報が発表される日だ。


「あ、そろそろのようだね」


 RENの声に、サキたちはホログラムが揺れながら形を変えていくのを見守る。


『さあ、皆さんおまちかね、ランキング速報でーす!』


 運営キャラが軽妙な音楽とともに現れ、太鼓の音が場を盛り上げる。そうして十位からランクを上げてポイントを得たユーザー名の発表が続く。どれもよく聞く名ばかりだが、そこにサキの名はない。そして固唾をのむなか、最後の発表だ。


『ではいよいよ今週の一位! 驚異の週間モンスター討伐記録達成、おめでとうございます!! あの虐殺ゴスバニーの二つ名をもつ、サキさんです!』


 酒場に歓声が上がる。

 そして仲間たちだけでなく、周囲にいた見知らぬユーザーたちが杯を掲げ、サキにお祝いの言葉を投げかける。


「すごいわ、サキ! ついにトップランカーね」

「あ、ありがとう、メグ。これもみんな、リストさんの武器があってのことで……」


 ランキング常連と呼ばれはじめはしたものの、トップには縁遠かったサキ。それもリストと藤堂のことで思い悩み、一度はランク外になって落ち目と言われた後の復帰だけに、嬉しさはひとしおだ。

 復帰はリストのおかげと言っていい、武器だけではなく。

 リストを見つめるサキに、酒場のヤジ馬たちが口笛を鳴らす。それを受けて、なんとリストがさらに煽った。


「お前らよく覚えておけ。サキの武器は、これからも俺以外には作らせないからな」


 その言葉に、割れんばかりの歓声が上がる。

 嬉しさと照れで顔を隠すサキの指には、リストが贈った『風精の祝翼』が光っていた。

 




執筆者・小津カヲル様でした。


最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!

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