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3話

 藤堂は昼休憩を早めに切り上げて仕事場に戻ったところで、のんびり穏やかな声で名を呼ばれた。


「昼休憩中に申し訳ないですが、ちょっといいですか、藤堂主任?」 


 その声の主が誰なのか、藤堂は背を向けていたとてすぐに察して振り返る。

 相手はにこにこと人当たりの良さそうな初老の紳士で、藤堂が勤める株式会社鈴木教育備品の社長、鈴木蓮太郎その人だ。ふくよかな輪郭によく整えられた口ひげ、眼鏡の奥に見える目は穏やかで、まるで福の神を思わせる容姿ではあるが、非常にやり手と評判の経営者だ。

「何か御用でしょうか」

「知人から面白い展示会の招待を受けましてね、ちょっと遠方になりますが、行ってきて貰いたいんです」


 差し出された展示会開催案内を、藤堂は受け取った。

 主催者側から鈴木教育備品にも出展を要請する旨と、抑えられている会場と日時が記されていた。そこは藤堂もよく知っている、西日本にあるかなり大きなイベント会場だ。


「これほどの規模でしたら、営業部全体で……」


 そう言いかけてから、藤堂はその開催日程を見直して口を閉じる。


「うん、きみも知っての通り、都内で毎年行われている展示会と、ちょうど会期が重なってしまっていますので、営業部で大がかりな人数を割くわけにはいかなくて……そこで部長と相談した結果、藤堂主任と山崎くんの二人で行って貰おうと思いました」

「私と山崎で、ですか」

「そう、二人で。西日本はまだ営業が手薄です、あちらの偵察もかねてぜひ顔を売ってきてください」

「……はい、承知しました」


 主任というと聞こえはいいが、藤堂はその立場を与えられたばかり。部下の山崎のどかの面倒を見ながら初出展……その準備と彼女への指示を、藤堂は早くも頭の中で組み立てはじめる。


「そう身構える必要はありません、なんなら面白そうなネタをたくさん拾ってきてくださいね」

「はい……」


 気がかりがあるとしたら、部下である山崎のどかのことだ。まだまだ失敗が多く目が離せないというのが、藤堂から見た彼女への評価だ。だがそれも元を質せば、指導する立場としての己の未熟さの現れでもあると考えている。そういった点も含めて、藤堂は身を引き締めねばならない。

 しかし藤堂のそんな不安は、社長には筒抜けだったようだ。


「そう身構える必要はありませんよ、君たちはとても良い組み合わせだと僕は思っています。今年度の小学生向けの彫刻刀セット、山崎さんが一押しで加えたデザインのものが、一番注文が多かったと聞いています」


 ほくほく微笑みながら鈴木社長が言った件は、確かに彼女の功績だった。小学生向けの彫刻刀セットは、中身はみな同じなのだが、そのカバーパッケージデザインは様々ある中から選ぶことができる。山崎のどかがゴリ押ししたのは、営業の誰もが「それはないだろう」と言うような、不思議というかある意味尖ったデザインのものだった。

 

「僕たちの仕事には、遊び心が大切ですから、彼女の柔軟なセンスは尊い。新しい道具、教材に触れる子供たちが目を輝かせて……僕にも君にも、忘れられないワクワクがあったはずです」


 社長は朝礼など社員への訓示で、よくこの『ワクワク』という言葉を用いる。藤堂はそういう時、MHOで新しい道具を生み出した時に感じる、浮き足立つような高揚感を思い出して共感してきた。


「おっしゃることは分かりますが、浮き足だったままでは仕事になりませんので、地に足を付けさせるのも私の役目です」


 鈴木社長は、はっはと笑い声をあげる。


「だから藤堂主任が、彼女の上司として適任なのですよ。じゃあ展示会の件、よろしく頼みますね……それから、休憩はちゃあんと、時間いっぱいまでとってくださいよ」


 鈴木社長はそう告げて、上機嫌に去っていったのだった。





 藤堂が展示会の仕事を請け負った頃、休憩室にいたのどかは、同じ営業部の先輩から声をかけられていた。


「山崎さん、俺、きみのことちょっと見直したよ」

「あ、ありがとうございます……」


 のどかに対するこういった声かけは、今日はもう五回目だ。昨日、小学生向けの彫刻刀セット注文の、売り上げについて報告があった。そこでのどかが推薦したデザインが、なんとトップの売り上げだったのだ。


「それより、山崎さんも、MHOが好きだったとは意外だった!」

「え?!」


 思いがけず出たゲームの名前に、のどかは驚きのあまり大きな反応を返してしまい、慌てて周囲を見回してから口元を押さえる。


「え、その反応ってことは……もしかして関係なかった? てっきりMHOランカーが小学生にウケると知ってて、あれを選んだと思ってたよ」

「ちょ、え? どういうことですか?」

「あのデザインを作ったメーカーは俺の担当なんだけど、担当デザイナーがMHOのヘビーユーザーで、憧れのランカーからインスピレーション受けて作ったって聞いてきたんだ。何って言ってたかな……ええと、虐殺ウサギだっけ?」


 のどかは頬を引き攣らせながらも、つい口にしてしまった。


「それ、虐殺ゴスバニー……では」

「ああっ、そうそう、それだ! 凄い名前だよな」


 同僚はさほどゲームには興味がないらしい。正しい二つ名を思い出せたことに満足したようで、笑いながら休憩室を後にしていく。

 一方、のどかは冷や汗が止まらない。

 趣味にあう意匠の教材イラストを、カタログラインナップの空いた項目に押し込んだ商品が、意外にも好評だったのだ。それはふさふさ可愛いウサギキャラが、ゴスロリ衣装ともメタル衣装とも区別がつかないような黒色服を着てにっこりと微笑んでいるデザイン。のどかとて、そのデザインがカタログに採用されるとまでは思っていなかったし、結果として人気一番に躍り出るなんて、予想していなかった。ましてや担当デザイナーが自分のアバターであるサキをイメージして作ったというのは、寝耳に水だ。


(まさか、あれを推したことで自分がその虐殺ゴスバニー、サキが私だってバレるなんてこと……ある?)


 そう焦っていると、横から紙コップ入りのお茶を差し出されて顔を上げる。


「どうしたの、のどかちゃん? また失敗でもしちゃったの?」

「み、三田さん……いえ、そういうわけじゃ」

「そう? それよりさっきMHOとか聞こえたけど……」


 その言葉に反応して、のどかは勢いよく立ち上がる。


「ご、ごめんなさい、私急いで戻らなくちゃいけなくてっ!」

「あらそうなのね、いいのよ気にしないで。お茶も置いていってね」


 のどかは身体を折り曲げるようにしてお辞儀してから、ポーチを抱えて休憩室から逃げ出していた。

 どうしよう、どうしよう……。のどかは走りながら仕事部屋に戻るが、考えがまとまるわけもなく。


「きゃ!」

「うわっ、すまん」


 ちょうど自分のデスクを前にして、のどかは誰かとぶつかってしまった。

 尻餅をついたのどかの目先に、分厚いファイルが落ちてくる。身構えるのどかだったが、それを大きな手が寸でのところで受け止めていた。


「大丈夫か?」

「……主任、すみません。私、前を見ていなくて」

「いやこちらこそ、前が見えないくらい資料を持ちすぎていた。怪我はないか?」

「はい、丈夫なので」


 のどかは手を借りずに立ち上がり、パンツスーツの埃を払う。

 すると藤堂はのどかが落としたポーチを拾い上げてくれたのだが、慌て者ののどかがファスナーを閉め忘れていたせいで、持ち上げた拍子に中身がぽろぽろと落ちてしまう。

 入っていたのは財布にスマホ、スケジュール帳なのだが、一気に赤やピンク、華やかなパステルカラーが広がる。原因は、小物にそれぞれ付けられた、ファンシーなキャラクターグッズのせいだ。


「わあ、すみません」


 日頃から失敗も多いのどかは、せめてスマートな社会人に見えるよう、地味な大人の女性を装っている。モチベーションにもなっている大好きなゆるふわキャラクターたちを手放すことはできないけれど、おおっぴらにはしない。それが上司である藤堂にならなおさらだった。

 恥ずかしくなって、かき集めるのどかだったのだが。

 落ちたキッキとララァの星の妖精キーホルダーを拾った藤堂が、それをじっと見つめていた。


「……主任っ、あの?」

「ファンシーすぎるな」


 そう言って笑う藤堂。彼の初めて見る笑顔と、リストから聞いた同じ言葉が重なって、のどかの心臓は暴れ出す。

 だがそれも一瞬のこと。すぐに口元は引き締まり、銀縁眼鏡の奥がレンズの反射に隠されて、藤堂はいつもの上司に戻ってしまう。

 呆然としゃがんでいたのどかのポーチに、藤堂がキッキとララァを戻すと、いつもの口調で告げるのだった。


「山崎さん、来月の展示会初出展にむけて、大至急準備を始める。好評だった商品を使って、カタログサンプルも作っておきたい。時間がないから、心してかかってくれ」

「は、はいっ! ……え、初出展?」


 営業課で準備している展示会は、恒例のものだったはずと、のどかが首を傾げていると。


「社長から新規展示会の参加を指示された。私と山崎さんのみで対応することになる」


 のどかは藤堂から案内状を見せられ、目を丸くする。


「……遠いですね」

「泊まりの出張になるから、予定を開けておいてくれ」


 のどかは一度閉じたポーチからスケジュール帳を引っ張り出し、その日に大きな丸をつけた。

 初出張、しかも藤堂主任と一緒に。そう考えるだけで、のどかはまた失敗をして負担をかけるのではないかと緊張する。


「……山崎さんのアイデアに、期待している。新規の客相手で難しいこともあるだろうが、その代わり新しい商品を試すチャンスだ。準備の時間は少ないが、一緒に頑張ってくれ」


 のどかは目をこぼれんばかりにして藤堂を見返す。

 仕事には厳しく、社交辞令などをあまり言わない上司が、自分に期待を寄せる言葉を口にしたのだ。


「は……はい、頑張ります!」


 前のめりで返事をするのどかに、藤堂は珍しく視線を外し、その先の時計を見て言った。


「まだ休憩時間は一〇分ある、しっかり休んでからでいい」


 藤堂が視線を外したまま、資料を抱えてデスクに戻っていく。その後ろ姿を見守りつつ、のどかはその場を離れる。

 ふらふらと辿り着いた化粧室の鏡の前で、のどかは熱くなった頬を両手で包む。

 そして地団駄を踏んで、嬉しくて堪らない爆発しそうな感情を抑えるのに必死だった。



 

 白いうさ耳が、軽やかな着地とともに前後に揺れると同時に、モンスターの巨体が地響きをあげて地面に叩きつけられた。

 それと同時にミッションクリアの軽妙な音楽が鳴り響き、サキは双剣を一振りしてから腰の鞘に収める。


「すっごぉーい、サキちゃんってば飛ばしてるわねぇ……これで三体目よ」

「なんか自分でも不思議なくらい、公私ともに調子がいいんですよね!」


 サポート役を買って出てくれたメグが、賞賛しつつもちゃっかりとアイテムを拾っている。

 忙しい仕事の日々を送っていたサキだったが、MHOランカーとしても順調だった。これで今日も、運営のランキングに乗ったことだろう。

 

 以前は仕事の鬱憤をモンスターに叩きつけることで、討伐成果を上げていたが、今日は違う。藤堂と二人三脚で奔走する展示会のための仕事は順調で、小さなミスはあるものの自分のアイデアを積極的に採用してもらえて、今まで感じたことがないほどの充実感を得ている。

 そのせいか自然とゲームにおいても湧き上がる高揚感は、集中力を高めてくれるようだ。従来の大胆な動きに緻密さが加わり、力まずとも高難易度の技を組み合わせて連発できて、超難易度の獲物を難なく仕留めたというわけだ。

 そんな絶好調なサキは、当然ながら武器や防具の破損もない。嬉しい反面、リストの工房を訪れるための理由を失い、それはそれで寂しい。

 そんな複雑なサキの様子を察したのか、メグが小さく笑った。


「サキちゃん、アイテムの容量が一杯になってしまったから、リストくんに引き取ってもらおうかと思うの。あなたも一緒に……」

「はいっ、行きます!」


 サキは食い気味に答えてしまい、なおさらメグの笑いを誘う。


「じゃあ早速行きましょう……あら?」


 メグが設定しているのだろうアラーム音とともに、サキにも通知がきた。

 滅多にはないが、不具合による緊急離脱や、特別イベントの告知など、運営によってユーザーに直接通知がくるようになっている。

 何かあったのだろうかとサキはステータスバーを開いて通知を見ると、どうやら緊急事態ではないようでほっとする。


「ええと……特別アイテム配布イベント?」

「あらまあ、面白そうね。超難易度ミッションをクリアして、未知のアイテムを獲得ねぇ」

「すごい、武器や防具だけでなく装飾品や回復薬とか……ありとあらゆる項目が揃っているみたいです。モンスターを倒すだけじゃなくて、謎解きクエストもあるみたい。三周年記念とあって運営も力入ってますね!」

「でもまだイベント日時なんかは、後日発表みたいよ」


 そんな話をしながら、サキとメグはリストの工房へと移動する。


「こんにちは~リストさん」


 訪れた工房ではリストがちょうど休憩中だったようで、ステータスバーを開いていた。ちらりとメール画面が見えたので、彼もまた運営からのイベント告知を読んでいたのかもしれないと思ってサキが近づくと……。


「や、やあ。今日も修理か?」


 リストは何やら慌てた様子で画面を閉じる。


「いえ、用があったのはメグさんです、アイテムを引き取ってもらいたいそうですよ。私はその付き添いです……お邪魔しちゃいましたか?」

「そんなことはない……ちょっと気になるメールが来ていたから」

「ああ、三周年イベントの緊急告知、見ましたか?」

「え?」


 リストの意外な反応に、サキはきょとんと首を捻る。


「いや、待ってくれ……別のメールに夢中になっていて、気づかなかった」

「別の……?」

「ちょっと、嬉しい知らせがあったから」


 サキが思わず聞き返すと、リストは慌てて取り繕うように言い、改めてステータスバーを開き、運営からのメールを確認して読み込んでいる。

 あの緊急アラームに気づかないとは、どれほど気を取られることなのだろうかと、サキとメグは互いに顔を見合わせる。


「まあいいわ、アイテムが一杯なの、リストくんの方で引き受けてくれるものがあるか見てくれるかしら?」

「ああ、承知した」


 そうしてメグは高値でアイテムを交換できて、満足そうだった。どうやら新しいコスチュームを見つけたらしく、早速買いに行くという。


「調子がいいサキちゃんのおかげよ~、助かるわあ。また組んでちょうだいね」


 メグは投げキスをして、サキを置いてさっさと工房を後にしてしまう。

 そうして遺されたサキに、リストは問いかける。


「サキは、イベントに参加するのか?」

「うーん、アイテムの詳細が発表されたらそれ次第かな……武器は今のが気に入っているし」

「そう言われると、制作者冥利につきるな」


 リストに照れたような仕草で言われて、サキは二人きりの状況もあってか、つい意識してしまう。


「リストさんは何か興味があるんですか? 何なら私が獲得してきて差し上げますよ!」

「あ、いや……そうじゃなくて」


 両手で握りこぶしをつくりガッツポーズをしたサキに、リストは少しだけ笑ってみせた。


「一緒に、行かないか?」

「……え」


 リストが工房から出てクエストに参加をしているのを見たことがなかったサキは、驚きのあまり固まる。


「嫌か?」


 ハッとして思い切り首を横に振る。

 ふわふわの白い毛をまとった兎耳が揺れて、頬に当たる。


「あの、是非! 私、頑張って用心棒します!」


 そう言い切ったサキに、リストが吹き出した。


「え?」

「いや、悪い。用心棒だなんて思ってないよ、こう見えて俺も戦闘力そこそこあるから」

「でもそれじゃ……」


(用心棒としてではないなら、何? まさかデート? いやいや、さすがに自意識過剰だってば私……でも)


 サキは幻想的なゲームのフィールドの中を、リストとともに探索する己を想像してしまう。

 自らの妄想に悶絶しながら、掴んでいた兎耳で赤くなった気がした頬を隠し、誤魔化そうとしたのだが……。


「了承と受け取っていいか?」


 サキが頷くと、リストが微笑む。


「良かった、楽しみにしている……って、サキ?!」


 気が遠のきそうになって尻餅をつくサキに、リストが慌てて駆け寄る。

 リストの微笑みの破壊力は、今日倒したモンスターよりも格段上だとサキは確信するのだった。



執筆者・小津カヲル様でした。

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