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2話

「リスト、これって」


 奥の居住スペースから工房の作業場に戻ってきたリストは「しまった」と内心舌打ちした。

 作業場にはうなじに届くくらいの少し癖のある赤い髪をした青年がいて、作業台脇に出してあったサキの双剣を見ている。後でサキが取りに来る約束をしているのだ。

 濃いグレーのモッズコートを着てごつめのブーツを履いたこの赤髪の青年はユーザーネームをRENといい、よくリストが素材調達を依頼している相手だ。本人も「自分は素材屋」と言っているが、ゲームデータ上の職業はなんと「竜騎士」である。RENいわく「バトルとかは苦手だけど、竜が好きだから」だそうだ。なのでRENは「カブト」という名の大きな鋼色の竜を連れている。


 RENとは素材屋と鍛冶職という関係上幾度となく顔を合わせているうちに気が合い、すっかりゲーム内では打ち解けた親友同士といった間柄になっている。

 今日も特に約束はなかったのにふらりと工房に現れた。ならばついでに不足気味の素材を依頼しようと在庫確認に行っている間に、うっかり伝説級にしてしまったサキの双剣を見られてしまったのだ。

 まあ、リストにとってRENはいわば身内だし、サキとも親しい。彼を信用しているので、見せても問題ないのだが。


「この双剣、サキちゃんの『星落とし』だよね? なんかすごくなってない?」

「まあ、うっかり」

「うっかり? 元の剣だって特級だったよね? それよりすごくって、もう伝説級じゃないか。うっかりで作れるものじゃないと思うんだけどね、僕」


 RENが苦笑する。ちなみに武器防具のグレードは下から銅級、銀級、金級、特級、達人級、伝説級となっている。つまり、2段階アップグレードしてしまったことになる。


「こんなの作れるって世間にばれたら依頼殺到間違いなし。ま、リストが過労死しないように内緒にしとくよ」

「ああ、悪いなーーあと、これ頼む」


 目の前にフレンド通信のウィンドウを立ち上げ、RENに依頼品のメモを送信する。他のプレイヤーからは四角が浮いているように見えるだけで内容は見えないが、リストにはちゃんと見える仕様になっている。送信ボタンをタップしてすぐにRENもウィンドウを立ち上げ、ぽちぽちと操作する。


「緑影石に薔薇水晶。人使いが荒いなあリスト、採取場所が全然逆方向じゃないか」

「ついでの時で構わないさ。それほど急いでいないからな」

「わかった。まあ確約はできないけど、なるべく早く行くようにするよ」

「頼んだ」

「悪いね、僕、夜は弱くてさ。遅くまでログインできてれば今夜中にでも行っちゃうんだけど」

「いや、リアルの生活のほうが大事だからな。当然だ」


 話している間に工房の扉が開く音がして、女性の声がした。


「リストく~ん、いる?」


 ひょこっと顔を出したのはメグだ。リストとRENがいるのを見て、うふ、と笑顔を見せた。


「レンレンもいたのね、こんばんは」

「メグ、その呼び方はやめてくれないかな。ちょっと、いやなかなか恥ずかしいよ」

「あら、そう? かわいくていいと思うのよね」


 にっこり笑うメグは、RENの呼び名を変える気は全くないらしい。鉄の意志を感じる。


「ああそうそう、今日はね、リストくんに頼まれていた素材を納品に来たのよ」

「そうか、助かる。コカトリスの尾羽根、イビルベアの爪。注文通りだな」


 ウィンドウを立ち上げてメグに支払いをした。

 リストは基本的にモンスターの素材はメグに、鉱物や植物など戦わなくても採取できる素材はRENに頼むことにしている。

 メグはウィンドウを確認して「はい、確かに」とうなづいた。


「そういえばリストくん、一昨日サキちゃんは来た?」

「ああ、来たぞ。刃こぼれしちゃった奴な」


 すると横からRENがメグに目配せをした。無言で作業台の上に置かれた双剣のほうへクイクイっと親指を立てて合図すると、メグのきれいな青い目が大きく見開かれる。


「あらあら、まあ、もう仕上がったの? おまけにこれは」

「ね? リストいわく『うっかりできちゃった』そうだよ」

「あらまあ……」


 さすがは鑑定も使える魔法職、メグにはひと目でサキの双剣がすごいことになっているのがわかったらしい。何やら生温かい目で二人から見つめられ、リストは思わず腰が引けてしまった。そんなリストを後目に、RENとメグがこそこそと小さな声で話している。


(やっぱり愛かしら)

(それを言うのは無粋というものだよ、メグ)

(そうねえ、リストくんの自覚が芽生えるまで生温かく見守るべきねえ)

(だね)

「聞こえてるぞ2人とも。そんなんじゃないから」

「あら聞こえてた? だってリストくんってばサキちゃんのこととっても可愛がってるじゃない」

「あのな、サキの実年齢は知らないが、少なくともここでは高校生くらいの見た目じゃないか。さすがに犯罪だろう」

「リスト、真面目だからなあ。僕は好きだよ、リストのそういうところ」


 RENの素直な言葉にちょっと赤くなるリスト。

 するとそれを見たメグが「あらまあ」と頬に手を当てた。


「ひょっとして応援しなきゃいけないのはリストくんとレンレン……」

「メグ!」

「やだわ冗談よ。リストくん本当に真面目なんだから。ごめんなさぁい」

  

 むすっとした表情ではあ、と大きく息をつくリストをメグがすぐ目の前まで近づいてきて「怒った?」と下から見上げてきた。リストのほうが頭ひとつ分ほどメグより身長が高いのだ。


 その時だった。カラン、とドアベルの音がした。3人が一斉にドアを振り向くと、そこにいたのはサキだ。ちまっとした身長のサキは、頭上のうさ耳カチューシャの長さを足しても扉の枠に全然届いていない。そしてリスト達を見て目をまんまるに見開いている。


 現在の状況。サキの側から見れば、リストはこっちを向いていて、その手前にメグがいて、リストにくっついて彼を見上げている。


「え……リストさんとメグさんってそういう」

「違う! 断じて違う!」

「あら、振られちゃった」


 間髪を入れず否定するリスト。するとメグが「冷たいんだから」と言いながらもニコニコ笑い、RENも同じく笑顔でその茶番を見ている。


「さ、サキ! 修理できてるぞ」


 メグを押しのけるようにして剣を取り上げて、サキにわたしに行く。けれどサキは茫然としていて、差し出された愛剣を手にしようとしない。


「サキ?」

「ーーはっ! あっ、キッキとララァですね! ありがとうございますリストさん。忙しいのにこんなに早く仕上げていただいて……って、あれ……? なんかすごくなってませんか?」

「気のせいだ。それよりなんだそのキッキとララァってのは」

「ええとね、剣の名前です。右手のがキッキで、左手のがララァ」

「ファンシーすぎる名前つけるな! 伝説級だぞ!」

「で、伝説級? ひいっ!」


 その様子を見てメグとRENが大笑いしていた。ちなみにキッキとララァとは、パステルカラーがかわいいファンシーなキャラクターだ。二人は星の妖精だそうで、キッキが男の子、ララァが女の子の双子。小さな女の子から大人の女性まで、幅広く人気の超有名なキャラクターだ。

 ひとしきり笑ったメグがサキに駆け寄る。


「サキちゃん、一昨日はありがとう。剣、もう直ったのね」

「メグさん、こんばんは! すごいですよね。リストさんには足向けて寝られません。って、どこに住んでいるのか知りませんけどね」

「そうね、お互いプライバシーは明かしてないものね。リストくんは社会人かな、とは思うけど」

「ですね。落ち着いてますもんね。私なんて上司に怒られてばっかりだから、その落ち着きを分けてほしいくらいです」

「あら、サキちゃんも社会人なのね」

「そうですよー、まだペーペーですけどね」


 話しながらサキは双剣を手にチラチラと眺めている。伝説級と聞いてビビっていた表情は、すっかり双剣の醸し出す迫力に見惚れるそれに変わっていた。


「使ってみたくてウズウズしてる感じだな」

「バレバレでしたか! じゃあ早速試し斬りしてきます! 昨日はこれがなくて狩りに出られなかったから、今日は斬りまくって無双しちゃいます」


 聞きようによってはかなり不穏なひとことを残し、サキは飛び出していってしまった。


「せめて今日は壊すなよー」


 リストの言葉はサキに届いたやら届かなかったやら。



★★★


 次の日の昼休み。

 会社のビルのトップフロアにある社員用休憩スペース、通称「食堂」で注文していた弁当を受け取りに行くと、総務部のパート・三田が藤堂の顔を覗き込んで言った。


「あら、なんか疲れた顔してるわねえ」


 休憩スペースの管理・清掃・そして仕出し弁当の取りまとめと発注、配布などを行っている三田は、社員から「食堂のおばちゃん」と呼ばれて親しまれている。


「ありがとうございます。ちょっと午前中立て込んでて」

「あらまあ、大変ねえ。お昼食べて午後の英気を養ってちょうだい」


 そのおばちゃんの言葉に力なく笑いかけて、藤堂は弁当を受け取って空いている席に着いた。今日は広く外が見渡せる窓際に座る気分になれず、部屋の一番隅の席にどっかりと腰を下ろした。

 藤堂たちが勤めている鈴木教育備品は、ホワイト企業だと藤堂は思っている。社の屋台骨・鈴木社長は「昼休みは休むためにあるんだからね。昼休みくらい仕事から離れなさい」とデスクでの食事を禁止、自社ビル最上階にこの休憩スペースを作らせたくらいだ。社員が150人前後の会社としてはなかなか優秀なのではないだろうか。残業もゼロではないが少ないほうだ。


 今日も今日とて山崎のどかが朝からやらかしてくれた。今回は納品書の発注数は合っていたが、納入日を間違えていた。幸い納入前のチェック段階で藤堂が気づいて事なきを得たが、彼女がどうしてこんな初歩的なミスを繰り返すのか全く理解できない。


「自分がやらかしたミスをちゃんと責任取ろうっていう姿勢は間違ってないんだ。だがどうしてまだ納品書を発送していなかった客先に謝りに行くって発想になるんだ?」


 それを止めて、自分に謝り倒す山崎のどかを落ち着かせて。大事にならなくて済んだだけましとはいえ、時間を取られたことに変わりはない。おかげで自分の本来の業務は押せ押せだ。


 自分の指導が間違っているんだろうか、とどれだけ悩んだかわからない。けれど業務の手順や客の情報などは滞りなく頭に入っている。頭も悪いわけではない。となると、ただただ猪突猛進で、必死になると周りが見えなくなるタイプ、ということなのだろう。

 彼女は人間として悪い部類ではない。それどころか逆に善人の枠に入る。けれど、それと仕事とは別問題だ。


 やっと弁当のふたを開け、箸を手にする。今日の弁当は豚と茄子の味噌炒め、ピリ辛の春雨炒め、ひじき、マカロニサラダが入っている。好物のマカロニサラダが入っているので藤堂は気分がちょっと浮上してきた。


 半分ほど食べ進めたときに、ふと離れた机にのどかがぽつんと座って食事をしているのが目に入った。持ってきた弁当の包みを開けて前に置き、肩を落として食事している。午前中の件で落ち込んでいるんだろうか。

 藤堂としてはきついことを言ったつもりはないが、自分自身が生真面目であまり笑わないお堅い人間だと自覚があるので、のどかには口調や態度でそう感じさせてしまったのかもしれない。

 正直、今日のミスはあの程度で済んだのだから軽傷というものだろうーーそう考えて、彼女のミスに慣れてきてしまった自分に気がついてため息をついた。


 弁当を食べ終え、部屋の隅にある自販機で缶コーヒーを2本買う。それを持ってのどかのところへ行き、1本をうつむくのどかの視界の端にことんと置いた。


「あー、なんだ、これでも飲んで午後からも一緒にがんばろう」


 こちらを見上げたのどかが目を真ん丸にしている。自分のやらかしが恥ずかしかったのか、ちょっと彼女の頬が赤く見えた。


(俺、下手くそすぎる!)


 藤堂は自分の行動が恥ずかしくなり、のどかの返事を待たずに休憩スペースを後にした。

 のどかと一緒で、おそらく頬が赤くなっていることだろう。




★★★



 やはり今日は少しだけ残業になってしまった。とはいえ一時間ほどで終わったので、まだまだ宵の口だ。

 自宅マンションに戻ってシャワーを浴び、レモンサワーのプルタブをプシュッと開ける。職場での緊張をほぐし、リラックスできる至福の時だ。これから買ってきた弁当で夕食を済ませたら、いつも通りMHOにログインする。毎日のルーティンワークになってしまっている。


「それにしても社会人だったのか、サキ」


 昨日聞いたその話が実はずっと頭の中を回っていた。藤堂は今28歳、ひょっとしてサキの中の人とは年齢が近いのだろうか。


 藤堂の中で、固く閉ざしていた扉がほんの僅か開く。サキが子供じゃないという事実が、彼女に対しての見方を変えてしまったことに本人はまだ気がついていない。


「さて、ログインするか」


 ヘッドギアを装着してベッドに横になりログインすると、目の前にまず通知ウィンドウが立ち上がった。


『新アイテムのアイデア募集! 年末頃実装予定のイベントで配布予定の報酬アイテムのアイデアを募集します。手足または頭に装着するアクセサリであれば、デザインも機能も自由。皆さんの夢のアイテムを実装してみませんか?』


 ざっくり読んでウィンドウを閉じ、作業場に入った。個人で持っている建物などは、その持ち主と許可した人専用のセーブポイントにできる。リストもこの作業場を所有しており、セーブポイントとして使っているので、ログインするとここに現れる。


 いつも通り椅子に腰を下ろし、たまっている作業を始める。武器や防具の修理、依頼のあった剣の作成。自分でも引き受けすぎたと思わなくもないが、楽しいのだからしょうがない。ただ、帰宅してから寝るまでの時間しかプレイできないので、修理作業は1日1時間以内と決めている。


 それらをこなす間も、何となくさっきの通知が気になっていた。作業の手を止め、ウィンドウを立ち上げて改めて通知に目を通す。


「ーーそうだ」


 リストは作業を止めて、ウィンドウのメモに何やら書き始めるのだった。
















執筆者・ひろたひかるでした。

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