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1話

 浅い水辺を真っ黒な獣のようなモンスターが、複数の冒険者の総攻撃を受けている。モンスターは冒険者から距離を取ってはその身に青い稲妻を走らせて電撃攻撃を仕掛けてくる。

 水は電気をよく通す。

 ゆえにモンスターを取り囲んでいた冒険者達は、範囲攻撃を受けて生命力ゲージを大幅に削って転倒した。


 魔法使いが土系統魔法で防御をすれば、電撃攻撃を防げる。足元は水辺になっている。流れの強い水は土を流すが、土もまた水を堰き止める。

 土は水を剋す。

 サキは仲間の魔法使い、メグの張った土魔法のバリケードから飛び出すと、転倒から立ち上がり再びモンスターに対峙しようとしていた冒険者たちの間を縫って黒い獣に駆け寄り、高く跳躍してその弱点を狙って必撃技を放った。


 黒いモンスターが再び雷撃を放てるようになるまでは三秒。そのチャージタイムをいかに使うかが攻略のコツだ。メグの支援魔法がサキに飛んでくる。


「メグさん、ありがと! っ、こっのー!! ぅおりゃーーーー!!」


 サキの双剣が、黒いモンスターの残っていた生命ゲージを一気に刈り取った。

 モンスターは倒れ、ピロンと電子音が鳴り、この戦闘に参加していた冒険者全員に討伐報酬が配られた。


「おつかれー」


 戦闘に参加していた冒険者達が、お互いに労いの挨拶を交わしながら、また他のクエストを求めて、その場から離れていった。

 

「さすが虐殺ゴスバニー、助かった! ありがとな!」


 大剣を背負い、脚が八本もある巨大馬をストレージから出した男が、舌を噛みそうな大層な二つ名を持ち出してサキに笑いかけると、颯爽と八脚馬に乗って駆けて行った。

 そう、サキの桜色の頭の上にはウサギの長い耳が揺れている。獣人というわけではなく、単なる装飾品。

 フリルたっぷりのクラシカルな白いブラウスに、黒のサスペンダーが付いたショートパンツと、フィッシュテールゴシックスカート。膝上までの編み上げ厚底ロングブーツと、およそ戦闘職に似つかわしくないゴスロリファッションに身を包み、強者の気配を漂わせるゴツい見た目の双剣を装備しているサキは、ここミラクルホライゾンオンラインというVRMMOゲームにおいて、高ランクプレーヤーとして有名だった。サキの見た目は十七歳くらいか。しかし、サキを動かす中の人は山崎のどか。小柄な二十四歳の会社員である。



 ミラクルホライゾンオンライン(通称MHO)は、かつて狩りゲーとして人気を博したゲームに、異世界RPGを付け足したような世界観のゲームである。

 とあるゲームメーカーが脳科学者との共同開発で、ついにVRMMO、つまり仮想現実の世界に入り込み、五感を感じる状態で世界中の人と遊べるオンラインゲーム機器とゲームソフトを開発したのである。

 世界中の人と交流できるとはいえ、防犯面、安全面から様々な制約とルールが設けられており、プレーヤーの容姿やファッションは多様な選択肢の中から選べる。うさぎの耳カチューシャは激しいバトル中にも落ちたりしないし、厚底ロングブーツでもフィールドを走り回れるし、プレーヤーレベルが上がれば人間離れした跳躍さえ可能なのだ。

 運営が用意したストーリーを進めるためのNPCと呼ばれるモブキャラもいるにはいるが、非戦闘職のジョブを選びモノづくりをしたり、商売をするものもいるから、ひとくくりに冒険者と呼ばれる戦闘職を選んだプレーヤー達も、装備を買ったり、素材を売ったりといった彼ら非戦闘職プレーヤーとの交流だけで仮想現実世界では充分『生活』ができた。


「虐殺ゴスバニーって、いったい誰が言い出したんでしょうか。まったく身に覚えがないんですが」

「サキちゃんは基本大物狙いだものねぇ」


 虐殺行為などしたことがないのにとサキのつぶやきを拾ったメグが、頬に手を当てておっとりと微笑んだ。


「でも、あの残りゲージに、あの大技はちょっとばかりオーバーキルだったんじゃないかしら。何か嫌なことでもあったのかしら?」


 メグの心配そうな問いに、サキは目を泳がせた。


「嫌な事なんて……仕事でいろいろあってちょっと発散したかったくらいですよ? 大技を使うとスッとするじゃないですか」

「ええ、そうね。私も高レベル攻撃魔法を使うとスッキリするもの」

「ですよねーー!!」

「サキちゃんのおかげで雷魔法のレベルを上げる宝珠が手に入って嬉しいわ。ありがとう」

「いえいえ! メグさんはいつもバッチリのタイミングで支援してくれるので、本当にありがたいです。本当にゲーム初心者なんですか?」

「そうなのよ。攻略サイトで勉強したり、人に教えてもらったりしてなんとかね」


 ほのぼのと微笑むメグと話していると、サキの中の何かが癒される。まるで実家に帰ったような安心感にも似た何かに包まれるのだが、メグの見た目はそれとは程遠い。


 緩くカールしたブロンドの髪に、夏空を映したような青い瞳。かなり整った美貌にナイスバディなボディラインを見せつけるような黒と紫のドレスは、けしからん太ももがアシンメトリーなドレープの合間からちらりと見えている。


「メグさんはこのあとはどこへ」

「そうねぇ」


 黒いレースの手袋に包まれた人差し指を、ぷるぷるのピンクの唇に当てて、ちらりと蠱惑的な視線をサキに送りながらメグが微笑む。


「頼まれてた素材を届けにリストくんの工房に行ってもいいんだけど」


 メグの口から聞かされたリストの名を聞いて、サキの現実に置いてきた心臓がきゅーっと絞られて痛くなる。


 そんなサキを見て、ふふっとメグが小さく笑う。


「サキちゃんの方が急用でしょう?」

「へっ!?」

「その双剣、刃こぼれしているんじゃない?」

「え!?」


 サキは両手に持った双剣のアイテムステータスを開いた。耐久力がかなり落ちていて次にモンスターと戦えば、今度こそ修理不能になって壊れてしまいそうだ。

 他にもドロップ品の武器はストレージに複数入っているものの、サキとの相性において、この双剣に勝るものはなかった。なにしろ高ランク鍛治師プレーヤー、リストが作った特級武器、しかもオーダーメイド品なのだから。


「ううっ、直してもらってきます」


 ここまで耐久力を落とした使い方をしたと知られたら絶対に怒られる。でも、リストに会う口実ができる。

 複雑な気分でサキは、ストレージから移動用にしている赤い羽の巨鳥を出すと、リストが工房を持つジノッキオという都市へ向かった。





 王都ジノッキオは、ゲームプレーヤーの間ではじまりの街と呼ばれていた。

 アカウント登録とキャラメイクを終えたあと、このジノッキオの宿の一室で目を覚ますようにしてゲームの世界へ誘われる。


 戦闘職を選んだプレーヤーは、この街の周りで低レベルなクエストをこなしてゴールドを集めて装備を調え、高ランクを目指す。


 非戦闘職を選んだプレーヤーは、各種ギルドで技術を磨いて工房を出したり、店を開いたりすることが多い。


 リストもまたジノッキオの城下町で武器の工房を持っている。ランクの高い武器を作れる職人とあって人気が高く、修理は予約待ち、新しい装備は予約さえできないという人気ぶりだ。はじまりの街を旅立った中・高ランクプレーヤーも装備を求めて訪ねてくるほどだ。


 サキはゆっくりとリストの工房の木製扉を開いた。途端に男性の荒い怒鳴り声が聞こえて、サキはびくりと首を縮こめた。


「だからなんで売ってくれねぇんだっ! ゴールドなら出すって言ってるだろうがっ!!」


 筋肉隆々な体格の客は、戦士タイプなのだろう。太い腕でカウンターを叩き、威圧してでもリストに言うことを聞かせようと、荒々しい態度を隠さない。

 しかし、非戦闘職とはいえリストもまた、厚い胸板と逞しい腕を持つ。客の威圧に気圧されるリストではない。むしろいまにも首根っこ引っ掴んで客を店の外に摘み出しそうだ。


「お前ら冒険者が次々と武器を壊して修理に出してくるから、新しい武器を作るヒマがないんだ! こっちは一人で店やってんだ! 作らないとは言ってないだろ! 待ってって言ってるんだ!! ゴールド二倍増しで素材揃えて半年待てるのであれば作ってやるよ、どうするんだ!?」

「素材とゴールド二倍っ!! ああ、持ってきてやるよ!! 首洗って待っとけ!」

「待つのはお前だ、ばかもの!」


 半泣きで足音荒々しく、サキが開けていた扉を男が出て行った。静かになった店内を、サキは涙目でそっと覗き込む。


 それを見つけたリストは、人差し指をちょいちょいと動かしてサキに入ってくるように合図した。サキはそっと店内に滑り込ませたが、自分もまた武器を壊しまくる冒険者の一人だという自覚があるサキは、何も言えずにリストの前に棒立ちしていた。

 沈黙を破ったのはリストからだ。


「今日はどうした?」


 サキは涙目になりながら、腰の鞘から双剣を引き抜くとカウンターの上に置いた。

 リストがそれを無言で検分すると、肺の空気を全て入れ替えるような、深い深い息を吐いた。

 サキはぴょこんと飛び上がる。


「リストさん、ごめんなさい。またやってしまいました!! 私も修理費二倍と修理素材、すぐに用意します獲ってきます!! ごめんなさいーー!!」


 回れ右して扉へ向かって駆け出そうとするサキの肩をリストは掴み、武器を置いて逃げ出そうとするサキを止めた。


「待て待て」

「はいっ!」

「修理素材は足りているし、修理費もいつもと同じで構わない」

「え、でもだって」


 さっきの人には二倍って言ってたじゃないですか、という言葉をサキは飲み込んだ。

 

 サキは高ランクプレーヤーだが、その繰り出す技に武器が保たないことが悩みだった。そんな時、たまたまリストの工房を訪れたサキの話を聞いて、腕の長さや骨格、身体の使い方や筋肉の付き方まで確認してから、サキに合う双剣を創ってくれたのがリストだった。

 以来、サキはリストの工房に入り浸っている。

 リストは、おしゃべりなタイプではなく、黙っていると怒っているのかと思ってしまう表情がデフォルトではある。

 きりりとした意思の強そうな目元といい、身長といい、いままさに現実世界でお世話になっている直属の厳しい上司、藤堂になんとなく似ていると思っていた。

 いくら流行っているといっても、MHOをやっているという人物が周りにいるということをいままでなかったこともあり、いくら似ていると言っても上司がオンラインゲームなんてするわけないよね。と、サキはその考えを打ち消した。

 ドッペルゲンガーだって三人もいるという話だし、デフォルトのパーツを組み合わせて作るアバターだから、たまたま似た顔になっただけだろう。第一、藤堂は長めのストレートの黒髪を首の後ろで結ったりしていないし、銀縁眼鏡をかけている。


「聞いているのか、サキ」

「はっ! き、聞いています!」


 疑わしげな目つきをしながら、リストはもう一度繰り返した。


「だから、最初にそれを作ったときにサキに用意させた素材がたくさん残っている」

「……そう、なんですか?」


 リストが言うままに素材を集めてきたけれど、どの素材をどのくらい使うのかは生産職ではないサキには分からない。とりあえずその辺にいたモンスターを倒しまくって素材をかき集めてリストに渡した覚えがある。


 リストは口の端をゆるりと持ち上げて、表情を緩めた。


「だから虐殺バニーとか呼ばれているんだろう?」

「虐殺ゴスバニーらしいです」

「いかつい二つ名だな」

「まったく心外です」


 ふっとリストが小さく吹き出した。肩が小刻みに震えている。笑っているらしいと気付いたサキはちょっと嬉しかった。


「そうか……無茶して怪我するなよ」

「怪我しても回復薬がありますし、死んでも三分のペナルティタイムで戻ってこれますし……ゲームですから」


 サキは言いながら、リストが哀しそうな表情をしていることに気付いて慌てて言葉を足す。


「安全措置が取られてるので痛みはないんですよ? けど、ペナルティタイム後に再ログインしても最後にセーブした場所から出直しなのが大変なんですよね。生命力ゲージも回復させないとだし、装備は壊れたままだし。だからリストさんが作ってくれたこの子たちも壊さないように気をつけます」

「武器は壊れても構わない。また作ってやる。が、予備が必要か……アイアンウルフの毛皮とクリスタルゴーレムの核より耐久力のある素材というと……いや、硬さよりも柔軟性……」


 ぶつぶつと思考の海に沈みゆくリストの様子に、サキは声をあげた。


「あ、あの! リストさんの武器がないと心許ないので直るまでしばらく討伐クエストは控えます。また来ますので、修理をよろしくお願いします」

「ああ、わかった」


 サキは宿屋の看板を見つけて中に入った。体力を回復させる時はゴールドを消費するが、セーブポイントとして利用する時と、ログアウトをする場合にはゴールドは消費しない。

 出迎えてくれた宿屋の従業員役であるNPCにログアウトする事を告げて、案内された個室に入るとサキはウィンドウを立ち上げた。そしてデータセーブをしてからゲーム世界からログアウトした。







 その頃、MHOの王都ジノッキオの城下町にある工房では、リストがさっそくサキの双剣の修理をしていた。


 子どもの頃からモノづくりが好きで、ラップの芯や空箱で工作をしたり、ブロック積み木で延々と遊んでいるようなタイプだった。

 ゲーム好きの友人に誘われて、ゲームを始めたのは小学校高学年の頃。バトルものはあまり興味が持てなかったがブロックを積んで建造物を作ったり、素材を組み合わせていろんなモノを作り出す錬金術ゲームなどにハマった。


 リストの中の人、藤堂匠は今年で二十六歳。

 少しでもモノづくりに携わりたくて企画課を希望して商社に新卒採用されたが、入社以来営業課に配属されていた。

 それでもそつなく仕事をこなし、主任となった今年、はじめて部下を受け持つことになった。受け持つ部下は支社から異動してきた二年目の山崎のどか。

 初対面の時、彼女は快活な笑顔で「濁らないサキ! 山崎のどかです! よろしくお願いします」と自己紹介した。

 営業課の誰もが、テキパキと仕事をこなしそうだと期待したのだが……。

 予想は外れた。元気よく、行動はテキパキとしているのだが、視野が狭く、確認を怠ってしまうことが度々あった。


 今は匠がダブルチェックをしているので、大事には至っていないが、これでは独り立ちさせるのが恐ろしい。

 今日も「慌てず、落ち着いて、分からなければ相談しろ。独断で突っ走るんじゃない!」とキツめに叱ってしまった。

 下手をすればパワハラと訴えられる世の中。しかし、一人で仕事ができるようにならなければ、困るのは山崎本人なのだ。いつまでも匠が二人三脚で面倒を見るわけにはいかない。

 匠は部下教育をすることの難しさに直面していた。


 はあ、と肺の空気を入れ替えるように、深いため息を吐く。気持ちを切り替えて冷静になるために、頭の中に新しい酸素を取り込むイメージだ。


「叱られるのも辛いだろうが、叱る方もエネルギーを使うんだが」


 帰り際に見た、山崎のしょげた後ろ姿が脳裏にちらつき、リストはひとりきりの工房で呟いた。


 作業台の上には出来上がったばかりの双剣が並んでいた。


「しまった。うっかり伝説級にしてしまった」


 サキがかき集めてきたいい素材と、リストの鍛治ランクのスキル、そして集中力がよほど噛み合ったのだろう。特級だった双剣を同レベル範囲内で、少しだけ強度を上げて修理するつもりが、うっかりとんでもない双剣が誕生していた。伝説級の武器を作ることができると知られればまた顧客が増えて忙しくなる。匠はそんな事態は望んでいなかった。


「まあいい。サキには口止めをしておけばいいだろう」


 リストは脳内から山崎のどかを追い出して、うさぎ耳を頭に付けたプレーヤーを思い出す。素直で、まっすぐで、小柄で、少し臆病なのにあれで高ランクのトップランカーの一人だという。サキをプレイしているのはゲームに時間を使える学生だろうか。


 小柄で素直でまっすぐな気性という点では山崎のどかと似ているな、とリストは思った。伝説級であればそうそう壊れることもないだろうし、モンスターを斬りまくるサキの笑顔を想像して、渡すのが楽しみだと思う。

 仕上がった双剣を脇の棚に収納し、次に予約待ちをさせている修理依頼の武器と素材を手に取った。


「山崎のどかが我が社のトップランカーになる日はくるのかねぇ」


 リストは一言呟くと、気持ちを切り替え、作業に集中することにした。




執筆者・紅葉様でした。

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