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「コリガンの夜明け」①

「さて、まずは工房の場所ですね」

翌朝、宿の朝食をとりつつ、私は、街の地図に目を落とす。


「街の上層では高すぎる。下層街は医工業ギルドの支配が及びにくい。湖の東側、旧倉庫街あたりならどうでしょうか」キアランが指を指す。


「なるほど。人通りも少なく、倉庫跡地なら家賃も抑えられますね」私は地図の位置に印をつける。


リース先生は頷きながら、声を落とす。「注意すべきは通り道です。鉱山からの水路や、商業ギルドの巡回もチェックしておく必要があります。魔法で監視しても、目立つとすぐに調査されますよ」


「わかりましたわ」私は手帳を取り出す。「次に流通です。医工業ギルドを通さず、市民に直接届けるには……商業ギルドの協力が必要ですわね」


キアランが小さく笑った。「商業ギルドには、以前お世話になったハルン氏の商隊が所属していますね。彼に話を通すと早いかもしれません。」


私は深く息を吸い、覚悟を決める。「では、さっそくアポイントをとりましょう。街の上層の事務所に伺います」


ーーーーーーー

街の中心にある商業ギルド事務所。冒険者ギルドとは中央広場を挟んでほぼ反対側に位置している。5階建ての石造りの大きな建物の扉を押すと、中には木の机が並び、職員たちがせわしなく書類を運んでいる。奥の執務室を案内される。どうやら彼は商業ギルドの中でも重要人物のようだ。執務室の奥の机にハルン氏は座っていた。髭を整えた四十代半ばの男だ。


「おや、ロヴィさん、久しぶりですね」ハルン氏は目を細め、私たちを見た。

「先日は街にいれてくださり大変感謝しています、ハルン氏。今回は、少し現状をお伺いにきたのです。」


私の説明を聞き、ハルンは机に手を置き、低く笑った。「なるほど……あの医工業ギルドのやり方のことですね。正直、うちも頭にきてます。あいつに変わってから、高い関税でうちのポーションを押さえつけるようになって、ポーションはうちの看板商品だったのに、売り方に困っていたんだよ。しかも領主と懇意なものだから下手に関わるとこちらが商売が出来なくなるんでね。街全体の流通も歪められてしまっている」


「ですので、協力していただけませんか」私は言葉を選んで静かに告げた。「裏方で結構です。情報と助言だけで、私たちの行動を支えてほしいのです」


ハルンはうなずき、椅子から立ち上がった。「協力しますとも。あの理事長には恨みがありますからね。こちらから提供できる情報は渡しますよ。」


ハルンはさらに笑みを深めた。「街の裏事情を知る者として、正しい形で流通を戻せるなら、多少の危険も覚悟できます。」


私は、地図と手帳を広げ、構想を見せる。「まずは少量でも適正価格のポーションを市民に届けたいのです。そのための工房をつくるのですが、場所をお借りできないでしょうか」


ハルンは腕を組み、眉を寄せる。「なるほど。確かに我が商業ギルドにはいくつか土地を保有していますね。貸し出しますが条件があります。」

「条件とは?」私の声に、緊張が混じる。


「安全を保証してください。今回貸し出す土地は、我々の中でも半ば管理が及んでいない場所、そして賃料もいただきません。いわば私達の目の行き届かないところで、勝手に販売をはじめたと。」

私は頷く。「もちろんです。それで大丈夫です。むしろ賃料を払わなくてもよろしいのですか。」


ハルンは微かに笑みを浮かべ、手を差し出した。「よろしい、協力しましょう。市民に適正価格のポーションを届ける。街のためにも、悪用されないように。これは内密ですよ。私は何もきいてません。」やはり商人はしたたかだ。


商業ギルドを後にして、私は少し深呼吸した。もう後もどり出来ないところまで来た。つい数日前までの私とは大違いだ。


ーーーーーーーーーーーーー

旧倉庫街は、湖の東側にひっそりと残っていた。

かつては湖をわたる船の荷が積まれていたが、都市間をつなぐ道路の整備が進んでからは放置され、今は風と水音だけが通り抜けている。


「ここなら、目立たないでしょうね」

キアランが周囲を見回しながら言った。石造りの低い建物。壁は厚く、窓は小さい。だが床は平らで、水場も残っている。


「工房には十分ですわ」私は扉に手をかけ、内部を確かめた。


契約は簡素だった。

所有者は商業ギルドとつながりのある倉庫管理人で、用途を限定した短期貸し。

名義は私ではない。商業ギルドの紹介という形を取り、帳簿上は「一時的な試験工房」だ。


「正式な製薬工房登録はしません」

ハルンは書類を差し出しながら言った。

「登録すれば、医工業ギルドの監査が入る。今回は個人製作物の直接取引という扱いにします」


「法の隙間ですのね」

「ええ。合法です。ただし、量は出せないですよ」


それでいい。これは市場をひっくり返すための工房ではない。嘘をつけなくするための工房だ。


リース先生は、内装案を固めつつ、興奮気味に言う。「魔力で加熱する小釜、撹拌装置をここに用意して、……魔術を応用すれば量産も可能です。初日は試作、二日目には小規模流通を目指しましょうね!」


ーーーーー

下層の人々にも手伝って貰いつつ、1週間後、工房が完成した。あの日倒れていた子供のお母さんも賛同してくれて、工房の運用をしてくれている。

工房の初日は、静かだった。


小型の釜。乾燥台。蒸留器は借り物で、魔力制御は最低限。


「久しぶりにまともな環境ですね」

リース先生は袖をまくり、興味深そうに覗き込む。


「参加は条件付きでしたわよね」

「えええ。直接手は出しません。ただ……致命的な失敗だけ防ぎます」


それで十分だった。


私は薬草を刻み、比率を測り、火を入れる。王立学園で学んだ製法は、効率重視で基礎的なものである。だが今回は、誰でも再現できることが重要だった。


「……できましたわ」


最下級回復ポーション。透明度はやや低いが、効能は十分。


ミルドが一本を手に取り、光に透かす。「問題ない。むしろ、今流通しているものよりよいんじゃないか。」


「価格は?」「500ペリーで十分です」私は迷いなく言った。

その数字が、この街では異常なのだ。


流通は、ミルド筆頭に有志が引き受けた。


「初日は10本でいきましょう」ハルンにも相談をしたところ、彼は慎重だった。「反応を見たいのでね」


夕方、最初の報告が入った。「……売れました」使いの商人が、驚いた顔で言う。「全部です。即日で」

しかも、苦情はない。むしろ、「なぜこれがこの値段なのか」と聞かれたという。

ミルド達には、無償でポーションを流しているため、これは住民が買った物である。


その夜。印刷所の裏口で、キアランが紙束を受け取った。活版印刷ですられた8ページほどの小冊子だ。


内容は淡々としていた感情的な言葉は一切ない。ただ、数字だけを伝えるものだ。

・他都市のポーション価格

・薬草の仕入れ量

・医工業ギルドの在庫推移

・価格と供給の乖離


「これを下層と、診療所周辺に」キアランは言った。「新聞社には別ルートで渡します」


「反応は?」


「即座には出ません」彼は静かに言う。「ですが、知らなかったとは言えなくなる」


二日目、最初の軋みが出た。


商業ギルドに、問い合わせが入った。「なぜ、安いポーションが出回っているのか」

医工業ギルドからではなく、末端の工房からだ。


「私達がおろしているとおもったんでしょうね。圧が来るのは、もう少し先でしょう」

ハルンは肩をすくめる。「彼らも、すぐには動けない」


ミルドは下層街へ向かった。診療記録を集めるためだ。鉱毒の兆候を、数字として残す。人々は今まさに苦しんでいる。助けられなかった人は昨日も一昨日も何人もみた。鉱山で働く労働者も生傷が絶えない。医者仲間は、稼ぎが良い上層ヘ向かった。私もその一人だった。一人の女の子の声を聞くまでは。下層の診療所でミルドは患者達をみるようになった。


ーーーーーー

この活動を始めてから何週間かたった。

私は工房で、次の仕込みをする。キアランは壁にもたれ、腕を組んで見ている。


「……貴方はいつも面白いことをしますね」

「面白がっている場合ではありませんわ」

「ええ。でも、だから条件付きで付き合っているんですよ」


彼は視線を上げた。「これ、長居するつもりはないでしょう?」


私は、手を止めずに答える。「ええ。私は旅をします。この街の主にはなりません」


「でしょうね」彼は笑った。「だから、街が自分で戻れる形を残そうとしている」


それは、私が一番気にしていることだった。気もそぞろになってしまい、私は蒸留した小瓶を床に落としてしまった。「熱っ!」私はとっさに身を翻したが、指に熱い液体がかかってしまった。


「ロウェナさん!」キアランは床に散ったガラス片を踏み越え、私の手を取る。その力は強いが、指先は驚くほど慎重だった。「見せて。」


有無を言わせぬ口調だった。

彼は作業台に私を座らせ、素早く冷却槽の水を汲み、私の指にかける。蒸気が立ちのぼり、焼けた匂いが薄れていく。

「……ごめんなさい。考え事をしてて」

「謝る場面じゃない」


きっぱりと言い切られ、私は言葉を失う。キアランは顔を上げ、私の指を光に透かすようにして確認していた。


「幸い、深部まではいってないですね。跡は残りませんよ。」


きっぱりと言い切られ、私は言葉を失う。


「さっきの質問のせい?」視線を指におとしている彼から表情をよみとれない。


キアランは包帯を巻き終えると、しばらく私の手を放さなかった。

工房の騒音が遠のき、二人分の沈黙だけが、狭い空間を満たす。


彼は静かに言った。「貴方は、大事なことに触れると、無防備になるんです。」


工房の扉が閉まり、私は包帯を巻いた指を胸元に引き寄せた。


痛みは、もうほとんどなかった。代わりに残っていたのは、心臓が早鐘を打つ音だった。


夕暮れ。湖の向こうで、鐘が鳴る。今日作ったポーションは、またすべて売れた。

だが、それ以上に重要なのは――値札が、疑われ始めたことだ。


コリガン市は、まだ静かだ。だが水面の下で、確実に流れが変わり始めている。

次に動くのは、こちらではない。——そう、誰もが分かっていた。

シリアスな展開が続きますが、しばしの辛抱。寡占独占は市場の失敗を招きます。どこかで介入の必要が生じます。関税が一律に悪いものではありませんが、こればっかりはだめですね。

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