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ブリッドヘン国地方都市コリガン③

再びコリガン市内へ入り、私は腹を括った。キアランは用事があるようで、別れた後、冒険者ギルドへ向かった。


 身の上を決めるには、まず金が要る。昨日、冒険者ギルドで受けた説明が頭をよぎる。入り口すぐの掲示板に依頼紙が貼られており、そこで日銭を稼げると教えてもらっていた。


 掲示板には紙がびっしりと並んでいた。金額はまちまちで、しかし眺めていても、それが高いのか安いのか分からない。私は働いたことがなかった。宮廷で金に困ったことなど一度もない。今になって、金銭の価値の意味を思い知る。


 適当に一枚を剥がし、受付へ持っていった。

「……これは受けられません」

 受付の女性は、紙を一瞥してそう言った。

「Bクラス向けです。ロヴィさんはFクラスですよね。新規の方には危険すぎます」

 彼女の指が、紙の右上を示す。丸の中の数字に、私はようやく意味があることを理解した。


 ロヴィ。それがこの町での私の名だ。撹乱魔術のおかげで、偽名でも登録できる。それが誇らしいのか情けないのか、判断がつかなかった。


 結局、私は100ペリーの依頼を三つ、300ペリーの依頼を一つ選んだ。薬草採取が三件と、荷物運びが一件。薬草採取依頼は掲示板の半分を占めていた。数字だけ見れば納得したつもりだったが、実際に街へ出て、その考えが甘かったと知る。


 コリガン市は湖を中心に坂の多い町だった。荷物を抱えて石畳を上るたび、息が切れる。これが労働か、と何度も自問した。格納術がなければ割に合わないだろう。少し高めだったのも頷ける。


 薬草採取も同じだった。本で読んだ知識は役に立ったが、森は本の中よりずっと湿っていて、ずっとしんどかった。草をかき分け、土に膝をつき、1キログラム分集めてようやく100ペリー。


 コリガン市は保養地として知られ、氷河に削られて生まれた湖と街の美しさが訪れた人の目を楽しませる。だが近年、鉱脈が見つかり、周辺農村から労働力が流れ込み人口規模が拡大した、薬草は他都市からも大量に入ってくるようになった。供給が増えれば、値は下がる。それだけの話だ。


「理屈としては、ね」


背後から声がした。

振り向くと、木の影にキアランが立っていた。少し萎れているように見えた。

「この町は、今、薬草が安すぎます。」

「それは、供給過多で――」

「違います。安くされているんですよ。」

私は反論しかけて、やめた。


なぜなら、彼の言い方は、まるでこの町の価格表をどこかで書き換えた人物がいて、それを私に教えて私がどんな反応をするのか興味深いというのが開け透けだだたからだ。


「誰が安くしているんでしょう。しかも何のためですの?勿体ぶってないで教えてくださいませ!私が知ったところで今の私には何もできませんが...気になるじゃないですか!」


「まあまあ、早くしないと日が暮れますよ」


キアランは話をごまかしておしえてくれなかった。結局この日はギルドに薬草を届け、荷物の受領書を見せて合計600ペリーを得る事が出来た。汗を流して稼いだお金は輝いて見えた。

 

 ギルドの人は、薬草の保存状態の良さに少し驚いていたが、結局得られるお金は変わらないので特になにもいわなかった。周りに他の冒険者が集まってきてその保存状態を見る。

「おじょうちゃんよくやるねえ」など口々に褒めて貰った。


 次の日は依頼をこなしつつ、街の下層にもいってみた。空気が、がらっとかわった。

ギルドや教会、私の宿がある街の上層とは全く別で、歩いている人に生気はなく、あたりはよどんでいる。ところどころ道の端で倒れている人をみかける。


キアランは、私から絶対に離れないように、とだけ言って沈黙を貫いていたが、彼も何か思うところがあるのだろうか。


私が視察で訪れたのは、街の表層だけだったと思い知る。


宿のエルナちゃんに後できいたところ、街の下層街に住んでいるのは、鉱山の労働者らしい。稼げると聞いて農村から出てきて、鉱山が麓にあるので暮らしているそうだ。


 診療所らしいところでは、子供が倒れていた。誰も声をかけないのは余裕がないからだろう。

私は走り寄って手持ちのポーションで治療をする。

診療所の中には誰もいなかった。

空いているベッドを見つけ、子供を横たえる。


おかしい。


薬草の依頼は毎日変わるはずで、最下級ポーションであれば子供でも買える値段なはずだ。しかし、ここの人達は倒れている人が多すぎる。


「...キアランさん、あなたは何か知っているんでしょう?」子供を看病しながら、私は怒りがこもった声でキアランにいう。


「そうですね。ただロヴィ女史は、これに関わると教会から目をつけられますよ」


教会から国外追放を受けている私は、同盟国であり教会の権威が強いこの国にあっても教会に目をつけられた場合、また迫害を受ける可能性がある。


私は答えがでなかった。しばらくして子供の母親らしきやつれた人間が診療所にきたので看病をまかせることにして、ギルドへ戻った。


ーーーーーーーーーーーー

 ギルドの人に採取した薬草はどこにいくのか聞いた。この街の医工業ギルドに所属する工房でポーションに変えられるといい、最下級ポーションは5000ペリーで取引されているという。私は5年前公務で王都のポーション工房を視察したことがあるが、市場価格は普通500ペリーだったきがする。いつのまにねあがりしたのだろう。しかも薬草100gで造られるのだから、原価は10ペリーもないはずだ。


 問題はそこにあるのではないか。


「キアランさん、私決めましたわ。知ってしまった以上、安いままにはしておけませんの。薬草も、人の命も」

 彼は満足そうに目を細めた。

「助言をしましょう。まずはこのあと、湖畔の《白鴉亭》へ。医師が一人、顔を出します」

 坂の上で、鐘が鳴った。日暮れを告げる音だった。

 私は湖に沈みかけた光を見つめながら思う。


 ――100ペリーで始まった労働が、いつの間にか、この町の値札を書き換える話に化けている。


《白鴉亭》は湖畔の遊歩道から一本外れた場所にあった。看板は控えめで、擦り切れた木枠に嵌められた所々禿げている黒地の板に白く塗られた鴉が羽を畳んでいる。保養地らしい華やかさとは無縁だが、戸を開けると酒と古木とスープの匂いが混じった、落ち着いた空気が流れてきた。


 客は多くない。だが全員、静かすぎるほど静かだった。笑い声もなく、会話は聞こえない。ここでは、余計なことを聞かないのが礼儀なのだろう。


 キアランは迷わず奥の席へ向かい、私はその向かいに腰を下ろした。籠は足元に置く。

「飲み物は?」

「水で結構ですわ。今日は、あまり酔いたくありませんの」

彼は軽く肩をすくめ、葡萄酒を一杯だけ頼んだ。


 しばらくして、白衣の上に濃色の外套を羽織った男が現れた。年の頃は50前後、白衣には医薬品だろうか染みが残っている。


「お話よろしいかしら。」私は男に話しかける。


「はじめましてお嬢ちゃん。ミルドだ。手紙をくれたのはあんただったんか。要件をしめさず、場所だけ提示されていたが、こんな若い方だとは。」


「私は、冒険者ロヴィと申しますわ」キアランが根回しをしたのだろう。


 ミルド医師は、私の足元の薬草が入った籠に視線を落とした。残った薬草である。

「質がいい。湿りすぎず、乾きすぎず、葉も青々している。森の奥まで入らないと手にはいらないものだ」

「お分かりになりますの?」

「分かるとも。治療に使うものだからな」


 その一言で、私は彼を信用していいと思った。


「医工業ギルドから卸すポーションの価格では、正直、続けられない。教会は貴族相手にしか治療を行ねえし、我々の使うポーションは、人口が増えてきたからか、数が足りねえし価格が上がっちまった。」

 医師は淡々と言った。


(ロウェナ)「本当にそうでしょうか。私聞きましてよ。冒険者ギルドには毎日数多くの薬草の採取依頼がきており、その薬草は医工業ギルドに格安で卸されているんだとか。しかも商業ギルドからのポーションは高い関税をかけ、医工業ギルドが高い値段でポーションを売っているのだと。実際に、他の都市と比べて需給量は大して変わらないと思料いたしますわ。それなのに、この都市だけ価格が高いのはおかしいのではなくて?」


 キアランが、ちらりと私を見てきた。


「なんと、お嬢ちゃん、そこまで...」

 ミルドは声を落とした。

ミルドは息を詰め、周囲を一度見回した。白鴉亭は変わらず静かだったが、それでも声を落とす。


「だが……あんたの言う通りだよ。この街の医工業ギルドは、もはや医でも工でもない」


彼は外套の内側から、薄い帳面を取り出した。

紙は擦り切れ、端が黒ずんでいる。使い古されている。


「これは、俺が診た患者の簡易記録だ。名前、症状、使用したポーションの等級……そして、回復しなかった例」


私は、喉が鳴るのを感じた。


「回復しなかった、とは」


「ああ。薬の質が悪いわけではない。むしろ、薬効は十分だった」

ミルドは淡々と言った。

「だが、来るのが遅すぎたんだ。給料の何ヶ月分もする最下級ポーションを、下層の労働者がすぐに買えるはずがない」


キアランが、低く言う。

「つまり……価格が、治療のタイミングを殺している」


「その通り。」ミルドは帳面を閉じた。


「医工業ギルドは、冒険者ギルドから薬草をトン単位で大量に買い上げている。理由は安定供給のため。表向きは正しい」

「だが実際には、その薬草の大半が在庫として寝かされる。市場に流す量は、意図的に絞られちまってるんだ」


「価格維持のため、ですのね」


私が言うと、彼は小さく頷いた。


「ああ。そして同時に、商業ギルド経由の他都市ポーションには高関税をかける。名目は[品質検査費]。結果、この街では医工業ギルド製のポーションしか現実的な選択肢が残らない」


「独占、ですわね」


「ああ。独占と、価格操作だな」


一瞬、沈黙が落ちた。

奥の厨房で従業員が駄弁りながら皿を洗う音が聞こえてくる。


ミルドは、さらに声を落とした。


「だが……それだけじゃねえ。この街で、近頃、急激に体調を崩す患者が増えてんだよ。特に下層街、鉱山労働者の家族に集中している」


私は、診療所で見た子供の顔を思い出した。


「原因は、病ではない?」


「ああ。慢性的な中毒症状でな。吐き気、倦怠感、皮膚の変色……初期は風邪や栄養不足と誤認されやすい」

「だが、水を調べて、確信したね」


ミルドは、言い切った。


「鉱毒だよ。鉱山から流れ出た廃液が、川を通じて下流に溜まっている」


キアランが、ぴくりと眉を動かした。


「鉱山……それは」


「医工業ギルドの理事長が、最大出資者だ」


空気が、ひどく重くなった。


「病を生み、薬を売る」

私の声は、自分でも驚くほど冷えていた。

「薬草を安く買い叩き、ポーションを高値で売り、しかも病人は増え続ける……」


「ああ。だからポーションは高くあってほしいというんだ。」

ミルドは静かに言った。

「治療が追いつかないほど、街は儲かる」


キアランが、私を見た。

それは、いったとおりだという合図だった。


私は、背筋を伸ばし、指を1本立てた。


「……でしたら、作戦は一つですわ」


二人が、同時にこちらを見る。


「まず、医工業ギルドの内部に潜入します。帳簿、関税記録、薬草の仕入れ量……写本の術で、すべて写し取る」

「それを、何か周知できるようにして街に流す。数字と事実で、高いのが当たり前ではないと示しますの」


ミルドが、息を呑んだ。


「それだけでは足りませんわ。新聞社にも渡します。匿名で。市民が噂ではなく記事として読むように」


キアランが、楽しそうに息を吐く。

「内部告発と世論形成。正攻法ですね」


「同時に」

私は、2本目の指を立てた。

「私自身が、ポーションを作ります。ギルド外で、小さな工房を立ち上げ、医師に、適正価格で卸す」


「資金は?」


「手持ちで賄います。量は出せませんが、一種の指標にはなるとおもいますわ」


ミルドの目が、わずかに輝いた。


「……価格の嘘が、隠せなくなる」


「ええ。そして、あなたにはお願いがありますの」

私は彼を見る。

「下層街の健康被害を、医師として記録してください。鉱毒との因果関係を、診断として残す、そしてそのうち医工業ギルドからあなた方に対して私の工房のものは不買するようにと圧がかかりますわ。気にしないで買い続けるのです」


ミルドは、ゆっくりと頷いた。


「危険だぞ。相手はギルドと、鉱山主だ」


「承知していますわ」

私は微笑んだ。

「ですが――子供が辛い目に遭うこの不均衡をこの目で見てしまった以上、知らなかったふりは出来ませんの」


キアランが言った。


「では三方向から攻めましょう。

ギルドには証拠を。市民には事実を。医師には、選択肢を」


私は、静かに答える。


「ええ。まず一つ、値札を書き換えます」

「5000ペリーのポーションは――今日で終わりですわ」


湖の向こうで、灯りが一つ、また一つと点った。

コリガン市は、何も知らぬ顔で、静かに夜を迎えていた。


1000円=1000ペリー(ブリッドヘン王国通貨)=1000アウレリ(ペンフォード王国通貨)、

為替レートは1:1(同盟国なので)

市中両替所は1000アウレリで750ペリーにしかなりません。地方都市あるあるですね。先に首都行った方が良かったかもです。


伝え忘れていましたが、ロウェナは多言語解析魔術を使用しています。当然国家が違うため言語は違いますが、ロウェナは難なく会話ができます。普通の人は通訳を雇います。

(ブリッドヘンとペンフォードは隣国なので方言程度の違いしかありませんけどね。)



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