ハジ・マーリの村
安直なる命名。
ブクマ、評価、感想お待ちしてまーす。
コリガンの城壁が視界から消えるまで、私は何度も振り返った。
街路の石畳が途切れ、車輪の踏みしめる感触が石畳から整備されていない土に変わり、道幅が狭くなっていく。ガタガタ軋む荷馬車の荷台で他の人と向かい合ってぎゅうぎゅう詰めになりながら、遠くに見える門扉に思いを馳せる。
城門を出る前、私達は、ハルン氏の温情により東へ向かうのだという彼の息子の商隊に混ぜてもらっていた。護衛として正式にギルドを通したものではあったが、彼には返しきれないほど多大な音がある。私の転移魔法は、今まで訪れたことがある場所でしか転移することが出来ないため、国外追放された今、行ける場所は無くなってしまった。渡りに船というべきか、商隊の仲間としてこれから過ごすのも悪くはないなと感じた。
ハルン氏の息子を始め、商隊は30人弱で構成されており、従業員一家数組、御者5人と通訳1人、乗りあった冒険者2組と我々が5つの荷馬車で移動する。途中、補給のためいくつかの街や村に滞在し、そこでも商売を行ない、数ヶ月かけて最終目的地のカイゼルハイム皇国へ入国する予定だった。ハルン氏の息子の独立も兼ねているらしい。
自身の乗っている荷馬車は食糧品を詰んでおり、子供か女性しか乗っていない。キアランもこの車両で前を行く荷馬車を眺めている。彼、というより今は彼女は、緑の眼を眠たそうにしながら透き通るような白髪を朝の風になびかせている。
性別まで変えられる変身魔法など、リース先生でも無理だ。そもそもそんな術式は存在しない。しかし、キアランは老若男女誰にでも変身ができるのです、と言う。しかも、この車両ではうまく気配を薄めており誰もキアランに話しかける人などいなかった。
リース先生はというと、最後まで迷っていた。同行を続けたがり、ロウェナと行動を共にするための理由を、いくつも並べていた。しかし、ハルン氏が発明品についての商談を割って入り、ついに交換条件として最高級コカトリス羽毛布団付天蓋クイーンサイズベッドがある高級ホテルのスイートルームを当面の滞在費にしますよと、提示した途端、天秤ははっきりと傾いた。
「ふかふかの高級ベッド付きですよ! 役人勤めより、ずっといいじゃないですか!」
そうして先生は別行動を選び、結果として私とキアランは二人きりになった。
女二人の旅ではあったが、それでも商隊が余計な真似をしないのは、ハルン氏の息子が一度、手を出して痛い目を見たからだ。加えて私たちは客人でもあるから必要以上に丁重に扱われて、こそばゆい感じである。
小隊に入って数日後、従業員親子や他の人々とも慣れてきた。はじめは心配されこそすれ、ジャイアントスパイダーの群れを退治したあたりから信用されてきたと思う。
商隊の一人が回し読みしていた新聞を、私に差し出してきた。その一面には、コリガンで起きた一連の事件の概要が書かれていた。しかしそこには私が見た事実はなく、ウンディーネの暴走として処理されていた。魔物化したものが鉱山麓で大量発生し、それが瘴気を帯び、住民に被害を与えていて、まもなく教会の神官が鎮火に向かうと書かれていた。
私は紙面から目を離し、何も言わずキアランに差し出した。キアランもまた、少し自分の頬を撫でて何か考え込んでいるようだった。
馬の蹄の音と、荷車の軋む音だけが続く。私のやったことはただのお膳立てだったのだろうか?なぜ本当のことを書かないのだろうか、と。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
やがて商隊は、ハジマーリの村と呼ばれる群落に辿り着いた。人の生活の匂いがしてきた。行ったことのない土地に自分の意思で行くのは初めてだった。
ハジマーリの村は勇者一行が冒険の始まりにした村だと聞いている。
「以前から勇者伝説の聖地と聞いて行ってみたかったんですわ!」私は少し興奮気味に言った。
村というものはもっと質素なものだと思っていた。昔絵本で見た時は、せいぜい家が数十軒、夕方には人影も減って、家畜の鳴き声だけが残る、そんな場所を想像していたのだ。
だがその前提はあっさり崩れた。
「ようこそ! 勇者旅立ちの地! ハジマーリへ!」
白地の布に、どう見ても即席で刷ったような文字で字体は妙に丸く、勇者という言葉と致命的に相性が悪いように見受けられるが、どどんと門に掲げられている。
商隊はその下をくぐり、宿の前に設けられた広い駐車場へと入った。
従業員のアルノーさんがいうには、ここで3日ほど滞在して、補給をしつつ、少し商取引をするそうだ。
我々の滞在する宿も、なんというか、ぎらぎらしていた。外壁は無駄に磨かれ、看板には金色の縁取り。勇者の剣を模した装飾があちこちに刺さっているが、どれも微妙に歪んでいる。
アルノーさんは、続けて言った。
「ここはな、数年前に村おこしってやつで観光地にしたんだとさ。以来、うちの上得意先だ。木工品も肉も小麦も、まとめて買ってくれる。」
私は首を傾げた。地方の村といえば、主食は野菜や雑穀、小麦なんぞは高くて食べない、そんな話を聞いていたからだ。
荷下ろしを手伝い終えると、従業員達は商業ギルド長との打ち合わせに向かった。外部の人間は入れないので、その間、私はキアランを誘って村で暇を潰すことにした。
ハジマーリは、馬車の乗り継ぎ地点を中心にして一本の街道が延びているだけの、単純な構造の村だった。だが、その大通りに並んでいるのは、宿、宿、宿、飲食店、土産物屋、そしてまた宿という異質な光景だった。
三角屋根の石造りが、どれも似たような外観で、どこか張りぼてじみている。生活の匂いより、商売の匂いが勝っていた。エルナちゃんとデートしたコリガンの商店街のようなゆったりと穏やかな雰囲気ではない。
数百メートルほどの通りの両脇には、遠くに見える大きな洞穴まで、屋台が隙間なく並んでいる。
「勇者御用達!」と書かれた露店。星晶箔を振りかけただけのアイスが500ペリーで売られ、「厳選!勇者が食べた伝説の肉!」と強調された、正体不明の肉寿司、これは一貫五千ペリーで売られている。ハジマーリ村郷土料理・タンシュイカビュルツも鉄板の上で焼かれており、持ち運びやすいよう一口サイズに切られている。
通りには常に勇者行進曲が流れているが、音程は、致命的に不安定で、さらに安っぽさを掻き立てている。
「...なんというか、食べたいとは思うのですが、お値段が若干高いような...?」と横に歩いていたキアランの方を向くと、彼女は、いつのまにか右手に持っていた大きな黄金色のチップスを頬張っていた。そして左手には、青と緑、赤、ピンクの色が何層にもガラスの容器の中で重なったパフェをしっかりと持っている。
「モグモグ....映えですよ。モグモグ」チップスの屑をほっぺたにくっつけながら、透き通る緑の瞳で私にパフェを渡そうとしてくる。見るだけで胸焼けがするが確かに珍しい色合いではある。「そういうものなのですか...?確かに、こんな料理見たことがありませんが、素材はどこにでも見れるような...?」
通りを歩くのは、バックパッカー風の若者や、周辺の街から観光で来たらしいミーハーなおばさん集団ばかりだった。時折、人の流れに逆行して、「ハグミー!」と叫ぶ人間や、近づくとをぴこぴこと動く、用途不明の魔法具や一回しか使えない安物のハーブを売りつけようとする人間、妙に自己主張の強い剣闘士などとすれ違う。
屋台の間には、至るところに「勇者旅立ちの地!」「勇者、ここより出発!」「真・勇者旅立ちの地」と微妙に言い回しを変えただけ看板が乱立している。
勇者って、いくらで売れるものなんだろう。そんな考えが、自然に浮かんでしまったことに、少しだけ苦笑する。聖地は商品になることをこの村は、それをよく理解しているのだろう。
ーーーーーーーーーーー
大通りの外れにある冒険者ギルドは、思っていたよりも大きかった。外のけばけばしさに比べれば、内装はまだ落ち着いている。少なくとも、壁に勇者の等身大立て看板が林立していないだけ、幾分かはましだ。だが、掲示板の前に立った瞬間、色々と察してしまった。
依頼書の大半が、「勇者がかつて訪れた〇〇の森の〇〇!」「勇者一行も苦戦した〇〇退治!」といった調子で、伝説の名前を前面に押し出している。
ああ、ここもかと。
ここで本格的な依頼を受ける気にはならなかったが、手ぶらで帰るのも妙だ。結局、「畑を荒らす角ウサギの討伐」という、無難な依頼書を一枚、引き抜いた。最近、数が増えているらしい。
受付で手続を待つ間、脇に積まれていた過去の討伐ファイルに目を通す。かつて、この村の近辺には竜が出た、とある。しかも討伐済みのマークが押されている。
「……紙が、やけに新しいですわ」私が小さく言うと、隣でキアランも同じ箇所を見ていた。
「それに、同じ竜の名前で、何度も討伐されていますね。」
確かに、記録の日付は違うのに、内容が妙に似通っている。討伐者の名前だけが、少しずつ変わっていた。
ーーーーーーーーーー
その夜、宿に戻ると、商隊の者たちに誘われて居酒屋に行くことになった。値段は案の定、観光地価格だったが、今日は全奢りだというので、深く考えないことにして、昼間食べられなかった分を食べることにした。後で聞けば、常連には割引が効くらしい。キアランは昼間食べ過ぎたことに後悔しているようだった。「女性体だと直ぐ太るんですよねえ。」だそうだ。
酒が回り、場が少し緩んだころ、何気なく尋ねた。
「この辺り、昔は竜がいたんですよね」
すると、商隊の中で唯一、地元出身だという男が笑った。
「いましたよ。ええ、確かに。討伐されても、それが何度か出てきましてね。」
酒を一口飲み、男は肩をすくめる。
「最近は教会付きの討伐者が倒した、ってことになってます。もう、いなくなったんでしょうね。」
宿へ戻り、灯りを落としたあと。眠りに落ちる直前、遠くで何かの咆哮を聞いた気がした。
それは風の音にも似ていたし、獣の声にも聞こえた。目を開けた時には、もう何も聞こえなかった。
ただ、夜だけが、いつもより少し深くくらいようにかんじた。
-------------------------
次の朝、ダンジョンへ観光に行こう、という話になった。
私は、これまで「観光地」というものにほとんど来たことがない。視察で行く場所は貴族御用達の場所だけだった。
しかも、ハジ・マーリのダンジョンは、露店で感じた幻滅を半ば強引に脇へ追いやるだけの肩書きを持っていた。勇者が冒険の始まりに、初めて攻略し、初めて武具を手に入れた場所、そう説明されると、否応なく期待してしまう。
露店通りを抜けて大きな洞穴の前まで行く。柱状節理の岩肌が連なり、そのまま列柱のように並んでいる。洞口は自然の造形だけで十分に幻想的だ。遠い昔、地底を流れた水が削った痕跡が、今も静かに残っているようだ。
……そこまでは、よかった。
洞口の脇には小さな塔が建っており、その中から中年の男が顔を出した。妙に愛想よく、手招きしている。
「はいはい、入場料ね。お二人で二千ペリー」
高いなと思ったが、そんなものかと、言われるがまま、私は財布を開いた。後ろを振り返ると、現地の子どもらしい集団が、一人四十ペリーで通されている。二重価格というやつだろう。なんという商売だ。
洞窟の中は、修学旅行のような賑わいだった。小さな子どもたちが、剣とマントを身につけ、勇者の格好で歩いている。彼らの目は、揃って輝いていた。
一方で、案内役のおばさんは淡々としている。「こちらが、勇者が最初の剣を手に取ったとされる場所です。写真撮影は白線の内側でお願いします」その声は、感動よりも業務連絡に近かった。
ダンジョンそのものは、確かに神秘的だった。高く伸びる岩の柱、湿った岩肌は深い群青、乾いた部分は骨色に近い灰白。ところどころに銅を思わせる緑青が浮き、石が長い時間で染まった色だと分かる。
薄暗い光の中で、岩肌が静かに呼吸しているように見える。鍾乳石の垂れる天井は高く、裂け目から光が霧を通したように白く降り注ぐ。
床には浅い水路が走り、清水が流れて光を受けてきらめく。閉ざされた空間のはずなのに、肌をなぞるような横風が絶えず流れていた。
人工物がなければ、きっと心を打たれただろう。
だが現実には、燃え盛る松明と宝箱風デザインのゴミ箱が数百メートルおきに設置され、休憩用のベンチが要所要所に置かれている。さらに奥へ進むと、簡易トイレと水、携帯食料を売るおばさんまでいた。
ロマンも何もあったものではない。
宝箱型ゴミ箱を見つめる。これを毎日回収して回る人間は、つまり、ほぼ毎日ダンジョンを踏破しているわけで——「……一番の勇者は、清掃係かもしれませんね」
キアランは噴いた。
冒険とは、こんなに整備されたものだっただろうかと思う。
出てくる魔物といえば、せいぜいネズミや蝙蝠が飛び出す程度だった。たまにスケルトンが現れることもあるが、いずれも骨のつなぎが甘いのか、拍子抜けするほどあっさり倒れる。
どうやら定期的に間引かれているらしい。
子どもたちは悲鳴を上げるが、恐怖というより、見せ場を待つ歓声に近い。案内役のおばさんは一切足を止めず、声の調子も変えない。
「危険はありませんので、列を乱さないでくださいねー」
スケルトンが崩れ落ちる音を背に、その言葉だけが淡々と残る。
ウンディーネはフケーの作品が激エモです。
異種恋愛譚好きにはたまりません。




