これが最初の舞踏会になるならば、君となんか踊りたくない。
奇病が流行り。なぜか男児ばかり致死率が高いその病で、私の兄も弟も、回復薬の完成を待たずして、その命は儚いものとなった。
何とか生き残った高魔力保持者の継承権が繰り上がり、未来の王として、従兄が王太子殿下となられたのはごく自然な事だった。
それが数年前の話。
彼は私の元婚約者だった。
こんな時だからこそ、どこの国も横との繋がりを強固にするため、王族同士の結婚が必要不可欠となり。
彼との婚約解消後、王女だった私は他国への輿入れが早々に決まり。
王太子から若くして王になった彼は政治的なバランスを取るため、複数の妃を娶る事となった。
心労がたたった父王まで生き絶え、長きに渡り喪に服し、かなり遅れていた私のデビュタント。
久方ぶりに開かれる、貴族向けの大規模な舞踏会は半年後。
私はこの国の王女として、先んじて密やかな舞踏会に参加した。
これが終われば、私は本格的に異国へ移り住む事となる。
王たる彼がいるところ、どこでも、立派な社交場だ。二人だけのために奏でられるワルツに合わせ、デビュタントのダンスを踊る。
二人きりの舞踏会で、私は彼にはじめて、わがままを口にした。
「一度でいいから、あなたの口から『大嫌い』と聞いてみたかったの」
婚約していた時は、うるさいくらいの「大好き」を毎日のように浴びせられていた。あの頃をとても懐かしく思う。
「その場合、痛み分けで先に君が『今でも愛してる』と僕に向かって言うハメになるぞ」
「……冗談、ですよね?」
「一度でいいから聞いてみたかったんだ。頼む、後生だ。嘘でいいから」
うん。愛してるどころか、私の方から好きだとか、好意の類を口にした覚えはない。正しくは、言えなかった。
周りの空気感で、この人とは結婚出来ないだろうなと、途中から薄々感じ取っていた。
でも流石に面と向かって「嫌い」と言われたら、気持ちに踏ん切りがつくと思う。
「あなたを、愛しています。今でも──」
ゆっくりと私の額に自身のオデコを合わせ、それはそれは優しい声で「だいきらい」と甘く口にした彼は、とても幸せそうに微笑んでいて。
私の胸の苦しみは100倍に膨れ上がった。
好きだという感情だけでは、どうにもならない事もあると理解してしまえるくらい、お互い歳を重ねていた。
それでも。婚約を解消した日に言われた言葉は、ずっと、忘れられなかった。
きっと彼とはこれが最後の舞踏会。
今度こそ、「かならず君を迎えに行く」とは言われなかった。




