第19話 救出戦―心理戦
煙が晴れた廊下に、ユーリは立ち尽くしていた。
目の前には――
セリナが、二人。
右のセリナと、左のセリナ。
どちらも同じ顔で、同じ服を着て、同じように咳き込みながらこちらを見ている。
「ユーリ……!」
「ユーリ……!」
声まで、同じ。
ユーリの背筋に、冷たいものが走った。
(マスク……!)
変装の達人。
黒曜の五影のリーダー。
(どちらかが、偽物……)
ユーリは息を整えながら、冷静に二人を見比べた。
顔の造形、髪の色、瞳の色。
服の汚れ方、立ち方、呼吸の仕方。
全て――
完璧に同じだった。
・ ・ ・
「……記憶を確認する」
ユーリが低く言う。
右のセリナと左のセリナが、同時に頷いた。
「初めて会った時、俺は何と言った?」
ユーリが真剣な顔で二人のセリナを観察しつつ聞く。
二人のセリナが、ほぼ同時に答える。
「『静かに。俺は敵じゃない』です」
全く同じ答え。
全く同じトーン。
ユーリは表情を変えずに、次の質問を続けた。
「偽装夫婦になった日、俺はお前に何をプレゼントした?」
これも双方のセリナがほぼ同時に答える。
「ガラスの猫の置物です」
また同じ。
ユーリの眉間に、わずかに皺が寄った。
・ ・ ・
「……では、これは」
ユーリが、視線を鋭くする。
「俺のこと、どう思ってる?」
一瞬の静寂。
右のセリナが、迷わず答える。
「大切な人です」
声に、淀みがない。
左のセリナは—
少し頬を染めながら、言葉を探すように口を開いた。
「それは……その……」
でも、右のセリナの答えを聞いて、はっとしたように顔を上げる。
「わ、私も大切な人です!」
慌てたように、でもはっきりとそう言った。
---
「そうか」
ユーリの口元が、ほんの少しだけ緩む。
嬉しそうな、そんな表情。
でも、すぐに真剣な顔に戻った。
(どちらが本物の反応……?)
ユーリは心の中で呟きながら、さらに質問を重ねていく。
「俺の長所は?」
「口は悪いし乱暴だけど、必ず守ってくれるところです」
「俺にしてもらいたい事は?」
・・・・
「最初の検問突破の際にお前はどう思った?」
・・・・
普段聞きたくても聞けないことを、あえて試験としてセリナに問いかける。
質問は、十個を超えた。
右のセリナは、照れながらも淡々と答える。
左のセリナは、時々恥ずかしそうにしながら、右のセリナに対抗して真面目に答える。
でも—
答えは、全て同じだった。
・ ・ ・
やがて、左のセリナが少し不満げな顔をした。
「ユーリ、面白がってわざとやってませんか?」
右のセリナも、同じように眉をひそめる。
「そうです、さすがに恥ずかしいんですが……」
どちらも、不快そうな表情。
全く同じ表情。
「いや、大事なことだ」
ユーリは短く答えながら、心の中で二人を分析していた。
(右のセリナは、意外と淡々と答えてくれる。
だがちゃんと一線を引いていて、それ以上は踏み込んでこない。
左のセリナは、まだ恥じらいがあるな。
こちらも気持ちを隠し気味だが、右のセリナと同じレベルには気持ちを明かそうとしている。
正直……分からんな。
どちらも、やはりセリナだ)
・ ・ ・
ユーリは、ゆっくりと頷いた。
「よく分かった。確信を得た」
そう言って、腰のレーザーガンを握る。
二人のセリナの表情が、一瞬で緊張に変わった。
ユーリは、セリナから受け取っていた予備のエネルギーパックを取り出し、レーザーガンに装着する。
カチッ、という金属音が、静かな廊下に響いた。
・ ・ ・
「お前が、偽物だ」
ユーリが、左のセリナにレーザーガンを向ける。
銃口が、まっすぐに左のセリナを捉えた。
「……!?」
両方のセリナが、息を呑む。
右のセリナの顔が、わずかに青ざめる。
左のセリナは—
緊張の面持ちのまま微動だにしない。
ただ、ユーリの目をまっすぐに見つめている。
ユーリの指が――引き金にかかる。
右のセリナが、思わず顔をしかめて目を瞑った。
左のセリナ――まっすぐ立ったまま、ユーリを見ている。
瞬きもしない。
カチッ。
乾いた音。
でも――レーザーは、射出されなかった。
引き金を引くのと同時に、ユーリはエネルギーパックの離脱ボタンを押していた。
パックが、ガシャンと音を立てて床に転がる。
右のセリナが、恐る恐る目を開ける。
左のセリナは――止めていた呼吸を、ゆっくりと再開した。
その表情には安堵が見えた。そして――静かな信頼だけがあった。
その瞬間、ユーリが、動いた。
右のセリナの腕を掴み、ねじり上げ、床に押し付けた。
「いやぁ!?」
小さな悲鳴と苦し気な表情を浮かべる。
「お前が、偽物だ」
ユーリが右のセリナをねじ伏せたまま、静かに告げる。
「な……なぜ?!」
右のセリナの声が震える。
そして――その顔が、ゆっくりと溶けていく。
まるで水に濡れた絵の具のように輪郭が崩れ、別の顔が現れた。
仮面のような無表情な顔の女、マスクだった。
・ ・ ・
「なぜ分かったか?」
ユーリが、マスクを押さえつけたまま言う。
「当たり前だ。本物のセリナに聞いてみようか?」
ユーリが左のセリナ――本物のセリナを見る。
セリナは静かに答えた。
「……いくらユーリとはいえ、あんな質問で、
私とあなた、どちらが本物かだなんて見抜けると思いますか?」
セリナの声は穏やかだったが、確信に満ちていた。
マスクの顔が初めて焦りの色を見せる。
「間違う可能性が0%じゃなければ、
ユーリは私に銃なんて撃ちません」
セリナが、続ける。
「だから、私は動じなかった。
ユーリが撃たないと、分かっていたから」
「正解だ、セリナ」
ユーリがオートロープを取り出す。
「正直、分からなかったよ。
撃てるわけないな。」
ロープが自動的に射出され、マスクを拘束する。
「撃たれることはないと分かっていなければ、
俺のことを信じていなければ、あんな態度にはならんさ」
マスクが、悔しそうに唸る。
「くそ……!」
ユーリは手刀をマスクに打ち付け、マスクは気を失った。
「大人しくしていてもらおう」
ユーリが、立ち上がる。
そして、セリナのもとへ歩いていく。
「すまなかった、セリナ」
ユーリが、セリナの前で立ち止まる。
「お前に、銃を向けた。
怖い想いをさせただろう」
セリナは、少し考えてから、小さく頷いた。
「怖かったのは、事実です」
でも、すぐに微笑む。
「ですが、あなたの言う通り。
ユーリ、私は信じていましたから」
「そうか」
ユーリが、ゆっくりとセリナを抱きしめる。
優しく。
セリナは、ユーリの胸の中で、ゆっくりと目を瞑った。
温もりが、不安を溶かしていく。
「大切な人、か」
ユーリが、ふざけたような、でも優しい声で言う。
「俺のことを、そう想っていてくれたのが分かって、よかった」
ユーリが、セリナを見つめる。
「え?あ……もう!」
セリナの顔が、一気に赤くなる。
そして――頭を振って、ユーリの鼻に頭突きをした。
コツン。
「が!?いてっ」
ユーリが、思わず鼻を押さえる。
「銃を向けた罰です!」
セリナが、ぷいっと顔をそらす。
でも、その頬は、まだ赤い。
「……ふ」
ユーリが笑う。
「しかし、やり遂げたな」
優しくセリナの頭を撫でる。
「ソフィを救えた。
お前も守れた」
そして、再び優しく抱きしめた。
今度は、もっと強く。
「はい、ありがとう、ユーリ」
セリナが小さく呟く。
その声は、とても幸せそうだった。
「こいつらを警察に突き出さないとな」
「あ、ユーリ!それなんですが赤毛猫のカタリナさんに捕縛を依頼しました。
おそらく警察も繋がってます」
「そうか。良い所に気が付いたな。カタリナなら安心だ。
俺達は退散しよう。まずはあいつらと合流だな」
そしてしっかりとセリナの手を握ると、ユーリはゆっくりと歩き始めた。
最後の頭突き、可愛いですよね。ここで安っぽくキスとかはしませんよ。
はい!手を繋いで次へ向かう。それこそが大人の恋愛。(持論!)
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