第12話 黒曜の五影
帝都セレニャール。
ヴィオラ公爵邸。
執務室で、ヴィオラは端末を睨みつけていた。
「……くそ」
画面に表示されているのは、
セリナへの懸賞金情報。
『ターゲット:セリナ・フォンテーヌ
懸賞金:一千万ニャーラ
状態:未達成』
『ターゲット:ソフィ
懸賞金:五百万ニャーラ
状態:未達成』
「賞金稼ぎども……役立たず……」
舌打ちが、静かな部屋に響く。
「このままでは……
セリナが生きて戻ってきたら……
私のしてきたことが……明るみに出る……」
顔色が、みるみる青ざめていく。
(リュシアン様は……
まだ、すべてをご存じではない……)
フォンテーヌ公が何かを掴んでいた。
その事実だけは、分かっている。
(もし、セリナが証拠を持って戻ってきたら――
私は……終わり……)
指先が、かすかに震えた。
だが、ヴィオラはすぐに顔を上げる。
「……いいえ。まだだわ。
あの者たちがいる」
書斎の本棚に手をかけ、
特定の一冊を傾ける。
ギギ……と低い音を立て、
隠し扉が開いた。
地下室。
闇と、静寂。
「――黒曜の五影
(オブシディアン・ファイブ)」
名を呼ぶと、
遠隔投影機の上に、五つの人影が浮かび上がった。
闇に溶けるような、無言の姿。
五人は、静かに膝をつく。
「お呼びでしょうか」
声だけが響く。
顔は、闇の奥に隠れたまま。
「仕事よ」
ヴィオラは端末を掲げた。
そこに映る、セリナの写真。
「この女――
セリナ・フォンテーヌを、始末しなさい」
「……承知しました」
五つの声が、重なる。
「失敗は許さないわ。
我が公爵家が帝国で力を持てたのは、
あなたたちのおかげ」
一瞬、間を置く。
「今回も……必ず」
「御意」
次の瞬間。
五人の影は、音もなく消えた。
地下室に残ったのは、ヴィオラ一人。
「セリナ……
今度こそ……」
窓の外には、暗い夜空。
星々が、冷たく輝いていた。
・ ・ ・
一週間後。
補給のために立ち寄った惑星ニャリウム。
ユーリとセリナは、街を並んで歩いていた。
「セリナ」
ユーリが、自然な動作でセリナの手を取る。
「え……!?」
「仮にも新婚夫婦だ。
もう少し近づけ。疑われる」
「は……はい……」
セリナの顔が、一気に熱くなる。
(ユーリ……近い……)
しばらく迷ってから、
セリナは小さく口を開いた。
「あの……ユーリ?」
「なんだ」
「夫婦なのはいいとして……
新婚である必要は、ありますか?」
一瞬の沈黙。
「……いや。ダメだ」
即答。
「新婚だ」
少し離れた場所で、
カイル、レオン、ソフィが様子を見ていた。
「ぷっ……」
カイルが吹き出す。
「完全に楽しんでるな、ユーリ」
「……だな」
レオンは呆れ顔。
ソフィは、なぜか目を輝かせている。
「初心な令嬢をたぶらかすなよ」
その声は、ユーリには届かない。
「ん? カイル、何か言ったか?」
「いえいえ〜?
なーんにも言ってません!」
三人が、揃ってニヤニヤする。
ユーリは真剣な顔で、セリナを見る。
「セリナ。
お前は、嫌なのか?」
「え?
いえ……嫌ではありません」
(こういう質問、
面と向かって嫌って言えないよね。
……でも、
本当に嫌ってわけでもないけど)
・ ・ ・
商店街。
カイルは補充パーツ探し。
レオンとソフィは日用品の買い出し。
暇になったユーリとセリナは、
出店が並ぶ広場を歩いていた。
「これ……可愛い」
職人が作った、透明なガラスの猫。
帝都では見かけない、素朴で、どこか温かみがある。
「買うか」
「え? あ、いえ……」
「買え」
有無を言わせず、ユーリが代金を払う。
「ほら」
差し出されたガラス細工を、
セリナは大事そうに受け取った。
「ありがとうございます……!」
心から嬉しそうな笑顔。
それを見て、
ユーリの胸が、ふっと高鳴る。
(こんな物で……
……次も、何か見つけたら買ってやるか)
「気に入ったか」
「はい。とても。
宝飾品にはない、温かさがあります」
微笑んで、もう一度。
「ユーリ、ありがとう」
「……あぁ」
顔をそらすユーリ。
猫耳が、ぷるりと揺れ、少し赤くなった。
「追手に見つかると厄介だ。
急ぐぞ」
歩調を早めるユーリ。
セリナは慌ててついていく。
「ねぇ、ユーリ」
「ん?」
「レオンさんって……
とてもモテそうですよね」
ユーリの表情が、瞬時に固まる。
(……レオン?)
「ああ。
剣も強いし、顔も性格も悪くない」
少し、語気が強い。
「女に囲まれてそうだが、
本人はあまり興味なさそうだ」
聞かれてもいないのに、妙に詳しく返答する。
「そうですか……」
セリナは少し考え込み、
「でも……
ソフィとレオンさん、いい感じですよね?」
「ソフィと?」
一瞬、戸惑い――理解する。
(あ、そういうことか)
「……確かに。いや、そういえば……
気になっていたことがあったんだ」
ユーリは思い出したように言う。
「レオンが孤児だった頃、
暴れん坊で有名だった」
「え……?」
「だが、一人だけ。
優しくしてくれた人がいた」
静かな声。
「今のソフィと同じくらいの年で、
雰囲気も……どこか似ている」
「それって……」
「レオンの、初恋の人だ」
少し、間を置いて。
「悪党に襲われて……
孤児たちを守って、亡くなった」
セリナは、思わず口を覆った。
「……だから、ソフィに……」
「面影を重ねているのかもしれない」
セリナは、すっかり納得した顔になる。
(それって……脈ありどころか、大本命よっ!
ソフィ!)
嬉しそうなセリナの表情に、ユーリが首を傾げる。
「どうした?」
「内緒です!」
満面の笑み。
猫耳が、またぷるりと揺れた。
「……行くぞ」
ソフィのことで頭がいっぱいなセリナは、
自分がユーリを翻弄していることに、まだ気づいていなかった。
・ ・ ・
【船内】
セリナとソフィは部屋で話していた。
ユーリとレオンは訓練室。
カイルは操縦席。
「ソフィ、この地図……
すごく分かりやすいけど、作ったの?」
「はい」
少し照れた笑顔。
「昔から、情報を整理するのが好きで」
端末には、
街の構造、警備、通信状況まで整然とまとめられていた。
「実は……」
「?」
「旦那様は敵が多くて、
情報攻撃を受けることが多かったんです」
「情報攻撃?」
「ハッキングや、噂、偽情報……
いろいろありました」
淡々と語る。
「フォンテーヌ公爵家では、
メイド長が対策部長だったんですが……」
ソフィが誇らしげに微笑んだ。
「私は、その次世代候補として
鍛え上げられていて……」
「え?」
「ハッキングの仕方に対抗方法、分析、
真偽判定、脆弱性の洗い出し……色々です」
指を折って数える。
「いやぁ……過酷な修行でしたよ。
本当に厳しくて……」
思い出したように身震いする。
「でも、おかげで……
こう見えても、公爵家を守ってたんですよ!」
胸を張る。
「……嘘だぁ?
おっちょこちょいのソフィが?」
「ははは……バレました?」
ソフィも笑い出す。
「話、盛ってます。
二百パーセントくらい」
「やっぱり!ソフィにはそんなの似合わないよ」
二人は笑い合う。
だが――
ソフィの端末の裏画面では、
賞金稼ぎネットワークに
セリナの“偽目撃情報”が、次々と投稿されていた。
・ ・ ・
翌日。
レオンとソフィは買い出しに出ていた。
「ソフィ、離れるな」
「はい」
平和な街。
子供の笑い声。
だが、レオンは油断しない。
(賞金稼ぎが……いつ襲ってくるか分からない)
・ ・ ・
「レオンさん、これ」
「いいな」
野菜や果物を二人で選ぶ、穏やかな時間。
(ソフィ……)
だが、レオンはすぐに気を引き締める。
(いや……油断するな)
「レオンさん」
そんな中、店員が声をかけてきた。
「奥に重い荷物があって取りに来てもらえますか?」
「分かった。
ソフィ、ここで待て」
「はい」
ソフィは店の外で待つ。
レオンは店内へ入った。
人々が行き交う通り。
(平和だな……)
ふと微笑んだ、その瞬間。
「ソフィ」
声がした。
振り向くと――
セリナが立っていた。
「セリナ様!?」
セリナは急いできたのだろう。
肩で息をしている。
「どうして……?
船に残っているはずでは……」
セリナの顔は、明らかに焦っている。
「彼が危ないの!」
「え?」
混乱するソフィ。
「今すぐ来て!」
「で、でも……レオンさんを――」
「今すぐ行かないと、間に合わないの!」
切迫した声。
真剣な目。
ソフィは迷う。
(セリナ様が……こんなに焦ってる……
ユーリさんが危ない……?)
「……分かりました」
ソフィは頷いた。
「レオンさんに、メッセージだけ入れておきます」
端末を操作する。
『ユーリさんが危険。
セリナ様と先に戻ります』
送信。
「行きましょう!」
セリナがソフィの手を引く。
・ ・ ・
人のいない路地裏。
「セリナ様……ここは……?」
「近道よ」
ソフィは後ろをついていく。
だが――
(……何か、おかしい……)
歩き方。
声のトーン。
(セリナ様……いつもと違う……)
「リックさんが、どうしたんですか?」
「ええ。リックは今、暗殺者に狙われてるの!」
(……リックに反応した……
ヴィオラは、ユーリさんたちの詳細を知らないはず……)
ソフィが、はっとする。
「お前……誰だ!?」
叫んだ瞬間――
首筋に、何かが触れた。
麻酔銃。
「え……」
意識が急速に遠のく。
「セリナ……様……」
崩れ落ちる。
“セリナ様”が振り返った。
その顔が、溶けるように変化する。
別の女の顔。
仮面のような、無表情。
「……簡単だったわ」
冷たい笑み。
「侍女は、すぐに騙せる」
影の中から、黒服の男たちが現れる。
ソフィを抱き上げる。
「連れて行け」
男たちは、そのまま闇に消えた。
・ ・ ・
その頃。
レオンが店から出てくる。
重い荷物を抱えて。
「ソフィ」
……誰もいない。
「ソフィ!?」
周囲を見回す。
「ソフィ!」
叫ぶが、返事はない。
端末を確認する。
『ユーリさんが危険。
セリナ様と先に戻ります』
「……!?」
顔色が変わる。
「まずい……!」
(セリナは船にいるはずだ。
なら、これは――)
理解する。
「騙されている……!?」
レオンは荷物を放り出し、走り出した。
ちょっと悪の5人衆みたいなのをだしてみました!
意外とラスボスだったり?
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