第11話 訓練と恋バナ
ニャルーレンⅣを出発して、一週間。
船内の訓練室では、
レオンがセリナに護身術を教えていた。
「まずは、基本の構えだ」
レオンが見本を見せる。
足を肩幅に開き、膝を軽く曲げた。
「……こうですか?」
セリナが、恐る恐る真似をする。
「いや。もう少し腰を落として」
そう言って、レオンは姿勢を正す。
セリナの腰に、そっと手が添えられた。
「あ……は、はい……」
思わず、声が小さくなる。
頬が、じんわりと熱を持った。
(レオンさん……近い……)
「力を抜け。
緊張すると、動きが硬くなる」
「……はい」
セリナは、一度深く息を吸い、吐いた。
・ ・ ・
少し離れた場所で、
ユーリが腕を組み、無言でその様子を見ている。
「……」
操縦席から、カイルが振り返った。
「ユーリ、見すぎだって」
「……見てない」
「いや、見てる。
ずっとセリナのことばかり見てるぞ」
ニヤニヤと笑うカイル。
「訓練の進み具合を確認しているだけだ」
「へぇ?
じゃあ、レオンがセリナに触ったときの、あの顔は何?」
「……気のせいだ」
ユーリは顔を背ける。
だが、視線はすぐにセリナへ戻っていた。
・ ・ ・
「次は、攻撃を受け流す動きだ」
レオンが、ゆっくりと拳を出す。
「こうだ」
無駄のない、滑らかな動き。
「……やってみろ」
「はい」
セリナが構える。
レオンが、あえてゆっくりと攻撃を仕掛けた。
――が。
「わっ……!」
バランスを崩したセリナを、
レオンが咄嗟に支える。
「大丈夫か?」
「あ……はい……すみません……」
セリナは、少し照れたように笑った。
「もう一度いくぞ」
「……はい!」
ギリ……。
ユーリの拳が、無意識に強く握られる。
「……」
それに気づいたカイルが、肩をすくめた。
「おいユーリ。
レオンは教えてるだけだぞ」
「分かってる」
「分かってねぇだろ。
完全に嫉妬じゃねぇか」
「嫉妬? 馬鹿なことを言うな」
即答。
だが、拳は緩まない。
カイルは、吹き出しそうになっていた。
・ ・ ・
一時間後。
訓練は一区切りついた。
「お疲れ様でした、レオンさん」
セリナが丁寧に頭を下げる。
額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「ああ。よく頑張ったな」
レオンは、軽くセリナの頭を撫でる。
「少しずつだが、確実に上達している。
明日も続けるぞ」
「はい!」
セリナは、ぱっと笑顔になった。
・ ・ ・
そこへ、ユーリが歩み寄る。
「セリナ」
「ユーリ!」
振り返ると、
ユーリは無言でタオルを差し出した。
「……汗、拭け」
「あ、ありがとうございます」
セリナがタオルを受け取り、汗を拭う。
その様子を、ユーリはじっと見つめていた。
汗で濡れた髪。
少し上気した頬。
無防備な笑顔。
視線に気づき、セリナが首を傾げる。
「……ユーリ?」
「……いや。何でもない」
慌てて目を逸らす。
(……俺は、何を考えているんだ)
「レオンさん、教えるの上手ですよね。
ソフィもレーザーナイフを使えるようになりましたし……
私も、もっと頑張らないと」
嬉しそうに話すセリナ。
「……そうか」
ユーリの声が、わずかに低くなる。
(俺が教えればよかった……)
そんな心情も知らず、セリナが続けた。
「そうだ、ユーリ。
レーザーガンの扱い、教えてもらえませんか?」
「……俺が?」
「はい!
この前、相手の銃だけ撃ち落としてましたよね。
あれ、すごく格好良かったです」
期待に満ちた瞳。
「私もできるようになれば、
もう少し落ち着いて構えられる気がして……」
「……分かった」
ユーリは、短く頷いた。
(セリナに頼まれたら……断れないな)
「仕方ない。教えてやる」
・ ・ ・
その夜。
別の訓練室では、ソフィがレオンの指導を受けていた。
「構え」
「はいっ!」
気合いを入れて、ソフィが姿勢を整える。
レオンが一歩踏み込み、攻撃を仕掛ける。
ソフィは、教わった通りにそれを受け流した。
「いいぞ。飲み込みが早い」
「ほ、本当ですか!?」
ソフィの目が、ぱっと輝く。
「ああ。もう一度いく」
レオンが、再び動いた。
――だが。
「……っ」
ソフィは一瞬、体勢を崩す。
その瞬間、
レオンの手が腰に添えられ、支えられた。
「大丈夫か?」
「あ……は、はい……!」
顔が一気に熱くなる。
近すぎる距離。
腰に触れたままの、確かな手の感触。
(レオンさん……)
心臓が、跳ねる。
「ソフィ。集中だ」
レオンが、穏やかに言った。
「は、はいっ……!」
ソフィは慌てて距離を取る。
それでも、顔の赤みは、しばらく消えなかった。
・ ・ ・
訓練が終わる。
「お疲れ様です……」
ソフィは、少し息を切らしていた。
「よくやった」
レオンは、労わるようにソフィの頭を撫でる。
「お前も、確実に強くなっている」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
「……ありがとうございます」
ソフィは、そっと上目遣いでレオンを見る。
視線が、重なる。
「……」
「……」
言葉のない、短い沈黙。
レオンが、咳払いを一つ。
「じゃあ、今日はここまでだ。
また明日」
「……はい」
レオンは訓練室を後にした。
ソフィは、その場に立ち尽くす。
(レオンさん……)
胸に手を当てる。
鼓動が、まだ速い。
(私……どうしちゃったんだろう……)
・ ・ ・
その夜。
セリナとソフィの部屋。
「セリナ様、訓練お疲れ様でした」
「ソフィもね」
セリナが、柔らかく微笑む。
「レオンさん、優しく教えてくれるね」
「……はい」
ソフィの頬が、わずかに赤くなる。
それに気づき、セリナが首を傾げた。
「ソフィ……?」
「な、何でもないです!」
慌てて否定するソフィ。
セリナが、くすっと笑う。
「ソフィって、レオンさんのこと好きでしょ?」
「セ、セリナ様……!?
か、からかわないでくださいっ!」
沈黙。
「……えっと。
好きです。
どうしたらいいですか?」
ぽつり、と本音が零れる。
「レオンさん、孤児だったって言ってましたけど……
今は、貴族なんですよね」
「うん……多分ね。
かなりの功績があるんだと思うよ」
セリナは少し考えてから続けた。
「特務官は、平民じゃなれないし。
本当に、すごい人なんだと思う」
「平民の私じゃ、不釣り合いなのは分かってるんです……」
「大丈夫だと思うけどな」
セリナは、優しく言う。
「レオンさん、身分で人を見るタイプじゃないし」
(むしろ……
ああいう人って、絶対モテるのが問題かも……)
「そうですよね! 私だって……!」
ぱっと顔を上げたソフィが、セリナの表情に気づく。
「……って、なんでそんな渋い顔してるんですか!」
「え? あ?
べ、別に!」
慌てて笑顔を作る。
「ソフィなら、レオンさんとお似合いだよ」
「ありがとうございます!
少し、勇気が出ました」
そして、ふと思い出したように。
「でも、セリナ様」
「なに?」
「セリナ様だって……ユーリさんのこと……?」
「!?」
セリナが、思い切りむせた。
「え?
……ユーリのことが、何?」
顔が、じわっと赤くなる。
「セリナ様、ユーリさんのこと好きですよね?」
「……」
「……」
沈黙。
「どうだろう……」
セリナは、少し目を伏せる。
「気になってる気もするけど……
偽装夫婦で、ちょっとのぼせてるだけかも……」
「いやいや。
じゃあ、言い方変えますね?」
ソフィが、ぐっと身を乗り出す。
「ユーリさんは、セリナ様のこと好きですよね?」
「え……?
えぇぇ!?」
「その反応、おかしいですよ!」
ソフィが、セリナの手を握る。
「……でもユーリは、多分。
陛下の密命で、仕方なく私を利用してるだけだと思う」
少し、寂しそうに笑う。
「でもいいの。
私もユーリを利用してるし」
「……はぁ」
ソフィは、ため息をついた。
「そういうこと、普通は
そんなに目をキラキラさせて言わないです!」
「ち、違うって……!」
セリナは顔を覆う。
「本当に、ただの偽装夫婦なんだから!」
「はいはい。
じゃ、本音タ~イムです」
ソフィが、ずいっと詰め寄る。
「ずばり。
ユーリさんのこと?」
「……好きかもしれない」
「はい、正直でよろしい!」
ソフィが即答する。
「じゃあ、協力戦線ですね!」
「もう! 何言ってるの!」
セリナは、思わず笑ってしまう。
「……はは。ははは」
「でもね……」
セリナの表情が、少し真剣になる。
「ユーリって、いつもクールで……
私のこと、どう思ってるのか分からなくて……」
「大丈夫ですよ」
ソフィが、自信満々に言った。
「ユーリさん、セリナ様のこと……
ずっと見てます」
「え……?」
「訓練中も、ずっと。
レオンさんが触ると、すごく怖い顔してました」
「……嘘。
ユーリが?」
「本当です!」
「それって……妬いてるってこと?」
「はい!」
セリナの頬が、また赤くなる。
「それに――」
ソフィは、少し声を落とす。
「ユーリさん、セリナ様にだけ優しいです」
「え……?」
「タオル渡したり、体調気にしたり。
私達には、あんなにしません」
「……そう、なの……?」
胸が、きゅっと高鳴る。
(ユーリ……私のこと……)
「ありがとう、ソフィ」
セリナは、ふっと微笑む。
「じゃあ次は、レオンさんを振り向かせる作戦だね」
「ええっ!?
わ、私のことは大丈夫です!」
ソフィが跳ねる。
「そっか。
じゃあ、まあいっか」
「……え?」
沈黙。
「……考えてくれないんですか?」
「あはは。
考えてほしいんだ?」
セリナが、ニヤニヤする。
「そ、それは……!」
ソフィは真っ赤になった。
「い、意地悪しないでください……
私だって、レオンさんと……!」
「レオンさん、優しいもんね」
「あ……はい……」
「カッコいいし」
「……はい……」
「ソフィのこと、大事にしてくれるし」
「……はい……」
顔が、どんどん赤くなる。
「ソフィ、どれだけ好きなの……?」
「セリナ様ぁっ!」
枕が飛ぶ。
セリナが、軽くキャッチした。
「あはは!」
「もう……!」
二人で笑い合う。
「でもね、ソフィ」
セリナが、真面目な声になる。
「レオンさん、ちゃんとソフィのこと見てるよ」
「……」
「怪我しないように、ずっと気にしてるし。
ソフィを見る目、優しい」
「セリナ様……」
「きっと、レオンさんも……」
「や、やだっ!
それ以上は……!」
ソフィが顔を覆う。
「恥ずかしいです……!」
「ははは」
セリナが、楽しそうに笑う。
「大丈夫。
お互い、頑張ろう」
「……はい」
二人は手を繋ぎ、顔を見合わせて笑った。
・ ・ ・
その頃、男たちは――。
ユーリとレオンは、赤毛猫海賊団から装着してもらった武装のチェックをしていた。
「お前ら、ずるくないか?」
操縦席から、カイルが振り返る。
「何がだ?」
ユーリが、配線を確認しながら答える。
「いいか。
ここには五人いる。
男三人、女二人」
「……それで?」
「一人、あぶれるんだよ!」
沈黙。
「ユーリはセリナ。
レオンはソフィ。
お前ら、絶対デキてるだろ!」
「違う」
ユーリが即答。
「違う」
レオンも即答。
「嘘つけ」
カイルが笑う。
「じゃあ代われ!」
「……いやだ」
「……いやだ」
二人、同時。
「ほんと息合ってんな」
カイルが肩をすくめる。
「まあ、頑張れよ」
「……うるさい」
「……黙れ」
また同時。
「ははは!
お前ら、本当に面白いな!」
窓の外を、星々が流れていく。
辺境へ――。
そして。
四人の恋は、ゆっくりと、確かに深まっていく。
女性陣、男性陣、それぞれ意識しあってますね、カイル君が良い味出してます。
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