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『蕪焼きのプレスマン売り』

作者: 成城速記部

 蕪焼きと呼ばれる男がいました。貧乏なので、カブばかり食べていました。貧乏な理由は、働かないからです。働くのが嫌いなのです。自業自得です。

 ある日、日が暮れてから、一人の女が、尋ねてきて、泊めてください、などと言います。蕪焼きが、うちには食べるものもないから、と、よそへ行くように言いますと、女のほうも、食べ物なんか要らないから、泊めてくれ、と食い下がります。蕪焼きは面倒になって、じゃ、泊まれ、と、泊めてやりました。こんなこと、ありますか。昔話ではよくありますけど、どう考えてもハニートラップです。何か裏があります。

 そんなこんなで、二人は夫婦になりました。女は、何とかして、蕪焼きを働かせたいと思って、仕事を探してきては、蕪焼きを行かせるのですが、いつも、すぐに戻ってきてしまうのです。わけを聞きますと、女が恋しくて、戻ってきてしまうのだそうです。ごちそうさま。蕪焼き、女と会う前より、だめになっている気がします。

 女は提案します。それなら、私の姿絵を描いてもらって、持たせてあげるから、恋しくなったら、その姿絵を見ればいいよ、と。そうですかねえ。蕪焼きは、絵が見たいんじゃないと思いますけどねえ。

 蕪焼きは、女の姿絵を持って、山の向こうの町へ、仕事に出ましたが、到着する前に、恋しくなってしまいました。峠の茶屋で絵姿を見て、にやにやしておりますと、急に風が吹いて、姿絵は飛ばされてしまいました。蕪焼きは、すぐに家に戻りました。

 女は、あきれるやら、ちょっとうれしいやらで、じゃ、うちにいて、プレスマンの箔押しでもするといい、といって、そういう仕事をとってきて、蕪焼きにさせました。

 峠で女の絵姿を飛ばされた翌日、さるお殿様が、峠を行列でお通りになりました。一応言います。猿ではありません。さるお殿様です。

 お殿様が、峠の松の木の枝に、何か引っかかっているのを見つけました。これ、あれは何じゃ。誰か取ってまいれ、ほうびをとらすぞ。ははあ、というようなことで、身軽な者が、あっという間に取ってまいりますと、お殿様は、ほうびに団子を一本くれました。がっかりです。

 松の木の枝に引っかかっていたのは、紙でした。お殿様が開いて見ますと、それはそれは美しい女の姿絵でした。お殿様は、姿絵に懸想してしまいました。これは、実際の女をかき写したものであろう。この女に会ってみたいものだ。これ、この女を捜し当てた者には、ほうびをとらすぞ。御家来衆は誰も尋ねませんでしたが、団子ではないぞ、とお殿様はつけ加えました。

 そんなわけで、女は、すぐに捜し出されました。美人なので目立つのです。それ以上に、蕪焼きをねたんで、ぺらぺらしゃべるやつが、あちこちにいたのです。お殿様は、この報告を受けますと、おかごに乗りまして、女を訪ねます。いました。お殿様ですので、やることが短絡的です。御家来衆に命じて、女をさらって、お屋敷に連れ帰ってしまいます。

 騒ぎを聞いて、家の中から蕪焼きが出てきましたが、もう連れ去られた後でした。蕪焼きは、心配で、カブしかのどを通りませんでした。

 数日後、どこのお殿様なのか、後をつけたやつが、ぺらぺら教えてくれました。蕪焼きのことをねたんでいた連中は、お殿様という生き物も嫌いなのです。より嫌いなのが、お殿様だったということです。

 この数日間、女は、一言も口をききませんでした。お殿様は、声が聞きたくて、女の機嫌をとろうとしましたが、一向にだめでした。まあ、力ずくでさらったほうと、さらわれたほうが、仲よく話すほうが、おかしいですが。

 すると、お屋敷の外を、物売りが通ります。まんじゅう屋でしょうか。いや、違います。プレスマン屋です。速記用のプレスマン、金の箔押しプレスマン、と聞こえます。女にはぴんときました。蕪焼きだ。蕪焼きが探しに来てくれたのだ。プレスマン売りなんて、いるわけがない。これは、蕪焼きと私だけにわかる暗号なのだ。

 女は、けらけらと笑いました。気が触れたのかもしれないと思うほどの笑い方でした。お殿様に御報告が上がります。お殿様が駆けつけます。今なら、女の声が聞けそうです。お殿様が駆けつけたときには、女は無表情で無言でした。お殿様はがっかりです。

 しばらくすると、また、女が笑い出しました。お殿様は、もっと早く駆けつけました。ほんの少しだけ声が聞けましたが、また無表情の無言に戻っていました。御家来衆が集まって考えます。笑い出したときに何があったのか、何があると笑い出すのか。

 もうしばらくすると、わかりました。プレスマン売りが来ると、笑い出すのです。お殿様は命じました。あのプレスマン売りを招き入れよ、と。

 蕪焼きが招き入れられました。女の笑い声が聞こえます。どうやら、このお屋敷で間違いないようです。奥からお殿様が出てきました。売り声をやれ、との仰せです。蕪焼きが売り声を上げますと、奥から女の声が聞こえます。売り声をやめると、女の声が聞こえなくなります。お殿様は、女を玄関先に連れてこさせます。女と蕪焼きは、再会を果たしましたが、ここで名乗り合うわけにはいきません。お殿様は、女が笑顔になったのを見て、一計を案じます。これ、プレスマン売りとやら、ちと奥へまいれ。そちの装束とわしの装束を取りかえてくれんか。まあ、お殿様のお着物は、高そうですし、とりかえました。そちの商い物を、入れ物ごと買い取りたい。蕪焼きは、ふざけてとんでもない値段を言ってみましたが、気持ちよく払ってくれました。蕪焼きとお殿様は、完全に格好を入れかえて、玄関先に戻りました。

 プレスマン売りの装束に着がえたお殿様が、女の前に出ると、女はこれまでで一番笑いました。お殿様が話しかけると、無表情に戻りました。お殿様は仕方なく、プレスマン売りの売り声を上げながら、玄関先を歩きましたが、女は次第に無表情に戻りました。お殿様が、一層声を張り上げて、屋敷の外に出ると、女は高らかに笑いました。お殿様が屋敷に入ると、無表情になりました。法則がわかったお殿様は、屋敷の外で売り声を上げて、屋敷の外から女の笑い声を聞きました。

 そのときです。女がお殿様の格好をした蕪焼きに話しかけ、大きくうなずいた蕪焼きは、御家来衆に命じました。門を閉じよ、と。

 お殿様になった蕪焼きは、御家来衆に命じて、夕餉を用意させ、これまでで一番おいしいカブを、女と一緒に食べました。



教訓:翌日、もう一度お殿様と入れかわった蕪焼きは、女と家に戻り、お殿様にプレスマンを売ったお金で、プレスマン屋を始めたが、大してもうからないので、毎日カブを食べたという。

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