表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/55

静かな屋上にて

 教室を出て屋上へ向かう。特に急ぐ理由なんてないのに足取りはだんだんはやくなる。はやくはやくと心が急かすけど、その心持ちは何かに追われるように急かされるように血を吐きながら続ける苦しいマラソンとは違う。期待感に逸る胸に応えるように低重力に足を運ぶ。


 そのせいで注意が散漫になっていたのかもしれない。廊下の曲がり角に差し掛かったところでひと足先に曲がり道を抜けた人影が現れた。


 廊下は走らない!と頭の中の先生が警告するのも時すでに遅く、なんとか身をかわそうとはしたけど手に持ったスマホを見詰め俯く男子生徒と腕と腕が接触してしまう。衝突事故は避けたが接触事故は起こってしまった。

 カツン、と軽めの音を立てて男子生徒の手に持っていたスマホが決死のダイブを敢行する。

 そのまま勢いで少し踏み出してしまった自分の足元まで滑り込むスマホを今ので画面が割れてしまっていたらまずい、と肝を冷やし咄嗟に拾い上げて画面を覗く。

 さいわい、画面には傷一つなく直前まで開かれていたであろう画面を映し出していた。胸を撫で下ろしてからハッとして顔を上げる。


「あ、ごめん。急いでて……。怪我とかはない?」


「あ……いや、こっちこそちょっと考え事を……。俺は大丈夫だけどそっちは……?」


 どうやら何かあれば怒り散らすような相手ではなかったようで少しホッとする。


「こっちは全然!あ、君のスマホくんも元気みたいだよ……。」


 そんなわけのわからないことを口走りながらスマホを差し出すと男の子は少し大袈裟に慌てながらスマホを受け取って、それじゃあ……と言い残し廊下を駆けていく。

 廊下を走ると危ないよ……!今まさに得た教訓を頭の中で叫ぶ間に男子生徒の背中は小さくなっていた。


 自分の中に湧いた疑問を確かめるようにその後ろ姿を凝視してしまう。


(まさか、本当に……?もっと顔まで見とくんだった。)


 動揺に鼓動を早めながら向こう側の廊下の角に消えるのを見送って、気を取り直し屋上を目指す。同じ学校の生徒ならまた会えるだろうと自分に言い聞かせる。

 さて、心は急いでも足は早めず頭の中に先生を登場させ早足で歩く。廊下は走ってはならない。


 いつも通り無愛想な古いドアを開くと朝凪さんは少し肌寒い今日の風に吹かれて眼下に広がる街を眺めていた。気づいていないとは思えないが声を掛けて到着を伝える。


「朝凪さん、お待たせ」


 風はそこまで強いわけではないし聞こえていないはずはないのに朝凪さんの反応はない。


「朝凪さん?おーい……」


 改めて呼びかけるが返事はない。

なにか考え事でもしているのだろうか。どうしたものかと考え始めたところで短い沈黙を破り朝凪さんがくるりと向き直る。軽やかにふわりと舞う長い髪に反して不満気な顔をしている。吸い込まれそうな綺麗な瞳がじっと見詰める。


「……違うでしょ。」


「朝凪さん、じゃなくて……明音でしょ!」


 ああ、そういえば……。あの日は何が何だかわからなくてすっかり頭から抜け落ちていた。去り際の一言だったのも相まって、というか本気だったのかとすら思っている。まだ会ったばかりなのに呼び捨てというのはやや憚られる気持ちもあるが本人がそうしろというなら断る理由もない。


「明音、お待たせ。」


それを聞いて明音は満足気に笑う。


「全然、早かったね。」


 朗らかに笑う明音はこれが明音の本来の姿なんだろうと思わせるほどそんな笑顔が良く似合う。

 今まではいつも笑顔を浮かべているのに冷ややかな印象があって高嶺の花というのが相応しいくらいに威圧感のある美人だった。けど、目の前でこうして朗らかに柔らかく笑う明音はまるで物語から飛び出してきた主人公みたいな輝きを放っていた。思わず目が離せなくなる存在感がある。


「そういえば、何か用だった?」


 明音に呼び出されたわけを尋ねる。こっちは用があるので好都合だけど……。


「……別に、用ってほどじゃないけど?」


 妙に歯切れが悪く何か言いづらそうな返しをしたかと思えば明音は他愛のない雑談を繰り返した。親交を深める分には願ってもないことだが肝心の勧誘をしようと切り出す素振りを見せると明音はすぐにはぐらかしたり話を変えてしまう。そんなやり取りを繰り返しているうちに日が落ちてきて、特に得るものもなく一日を終える。


 お互いに何かを抱えながら上滑りするようにしつつも、それはそれとして友達としての時間を過ごす。そんな日々が10日ほど続いた。


 時間がない、わけではない。今までで最も夢に近づいている感覚。夜の闇の中に一番星を見つけた思いだ。

 どこか遠く感じていたものが地続きになって先を見渡せるような気がしている。だからこそ、目指す場所の遠さが今度は自分を責め立てる。前進を感じながらも現実もまた輪郭を見せ始めて、いつもどこかに飼っていた焦燥感がここにいるぞと顔を覗かせる。


 明音とちゃんと話をしよう。これからの話を。


 そう決意して手をかけた屋上に続くドアノブは重く冷たかった。

 開いた先には今日も明音がいた。太陽に顔を向けて目を瞑る姿がヒマワリのようで自分の言葉で彼女に翳りが生まれたら花は萎れてしまうのではないかと少し躊躇したくなる。


 自分の来訪を告げるベルのように鳴った油の切れた音に気づいて明音が目を開いてこちらを見る。十分に日を浴びた明るい笑顔を向けてから、俺の表情を見て萎れるように笑顔に影が差す。そんな光景にズキリと小さく胸が痛んだ。


「もう来たんだね、夕輝」


明音は早いねとも遅いねとも言わなかった。


「……また日が暮れたら困るからね。」


 そっか、そうだよね……。と明音が小さく呟くのが聞こえた。


「今日は紡ちゃんも来るんだ。少し遅くなるって言ってたけど……。」


 だから、それまで待ってほしい。そう言っているように聞こえた。


「じゃあ、来るまで待とうか。」


 晩春を思わせる屋上の陽だまりで明音と二人隣り合って座り込む。俺にも明音にも、自分を包む古い世界を破るための時間が必要だった。


 どれくらい時間が経っただろう。青い空がいつの間にかほのかに赤らんで自分と明音を包む陽だまりは形を変えていた。明音を待つ間深く深く記憶に潜って振り返っていた頭の中のアルバムもちょうど今まで辿り着こうとしていた。


 遠くの方から忙しなく走る足音が聞こえる。小動物が必死になって駆けているような忙しなく一生懸命な足音に揃って顔を向けて、一足先に明音が立ち上がる。

 決心が着いたのだろうか、その顔は晴れやかに微笑んでいた。悩みなんて初めからなかったみたいに跳ねるように立ち上がりこちらに向かって手を伸ばしてくる。


 伸ばされた手を掴むと、ロケットみたいな推進力で空に届きそうなくらいに引き上げられる。さっきまで言葉もなく無言の時を過ごしていたのに湿っぽさを欠片も感じさせない無邪気な笑顔につられて笑ってしまって力が抜ける。この切り替えの早さや底抜けの明るさがきっと世界を変えてしまうんだろう、と思った。


「あっ……」


 笑ったせいだろうか、思ったより踏ん張りがきかずに腕を引かれた勢いのまま明音に向かって倒れこんでしまう。明音も思ったよりも勢いがついたのか尻もちをついて尚止まらずひっくり返る。

 

 全身に鈍い痛みを感じながらまずは早く体を起こそう力を入れて腕立て伏せのような体勢を取る。目の前に見える明音の綺麗な顔。

 ……今自分がどんな体勢を取っているのか、なんとなくしかわからないけどおそらく客観的に見ると非常にまずい。誤解を受けそうな状態にある気がする。


 もしもこんな場面を誰かに見られたら……。そこまで考えたところでハッとする。

 そうだ、今まさにその誰かが向かってきているから立ち上がろうとしてこんな状況になったんだった。


 ギィィと甲高い音を立てて勢いよく扉が開け放たれて息を切らした声が聞こえる。


「ご、ごめんね……!用事が長引いちゃって思ったより遅く……。」


 肩で息をしながら顔を上げた明野さんがキョロキョロと探すように屋上を見回してこちらを捕捉する。フクロウのようにククク、と首を回してかしげる。細められたその目は強い西日がまぶしいのか訝しんでいるのかどっちだろう。


 時が止まったようにほんの数秒、沈黙が流れてひゅうと春の穏やかな風が通り抜ける。


「わ、わァ…………‼」


 なんかちいさくてかわいい生き物が鳴き声を上げた。

毎日投稿したいんですけどついつい忘れちゃいますね……。下書きは沢山あります。ていうかカクヨムで先行配信してます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ