第46話 不平等条約
旅行に行ってきたので元気いっぱいです!
Switch2も届きました!
懐は死にました
明音が歌い終わると橘さんは思い出したように頬を膨らませてそっぽを向いていた。でも隠し切れない高揚が橘さんの口角を持ち上げている。橘さんの頭の中はきっとすでに明音とともに夕暮れの屋上に立つ未来を思い描いているに違いない。
実力を見せる。
橘さんが提示した条件は完全にクリアしている。今はまだ不機嫌そうな顔を維持しようと努めている橘さんも心のうちは決まっている。今改めて勧誘すれば橘さんは首を縦に振ってくれる。黛先輩も言わずもがなだ。
でも、そのチャンスを万が一逃すこととなったとしてもやっておかなくてはならないことがある。
「橘さん、どうだったかな。」
そう投げかけると、橘さんはビクッと肩を跳ねさせて視線だけをこちらに向けて返事を返す。
「……まぁ、思ってたより…………その、いいんじゃない……?」
このままだと「仕方ないから組んであげる!」なんて橘さんが定番の態度と言葉を言い出しかねないので本題の条件を提示する。これからの活動を進めるための、絶対条件を。
「本当は今すぐにでも答えが欲しいところだけど、まぁ見てわかる通り俺たちもワケありなんだ。今からいうことをよく聞いて、考えてみてほしいんだけど。」
「はぁ?まぁ、聞くだけ聞くけど……何?」
橘さんがわざとらしいくらいに首をかしげて続きを促す。
「ありがとう。今からいうのはこっちから出す条件。橘さんと黛先輩の二人のバンドに俺たちが協力するための絶対条件だから、同意してもらえるなら一緒にやろう。」
「は、はぁ!?何言ってんの?あなたたちが勝手に来たんでしょ!?」
最もな意見すぎる。100%橘さんが正しい。心の内ではそう思いつつも敢えて一歩たりとも譲歩の姿勢は見せずににこやかな表情を崩さず橘さんが引くのを黙って待つ。こういう状況では少しでも引いた方が負けると相場が決まっている。
しばらく沈黙が続き、根負けした橘さんが渋々といった様子で「……聞くだけだからね。」と引いた。
「ごめんね。こっちも譲れないんだ。じゃあ……」
と橘さんに条件を突きつけるたびに橘さんの目は見開かれ驚愕と理不尽への怒りが膨らんでいくのが目に見えた。
橘さんに突きつけた条件は大きく三つ。
ひとつ、今後の方針は合議制を取りつつも基本的には自分が方向性を定める。当面の目標は秋の文化祭の体育館ステージ。最終目標は当然来年秋の文化祭の最高の栄誉”ブルームアウェイ”とする。
ひとつ、今後はすべてオリジナル曲のみをバンドで披露するものとしてコピーは行わない。作詞はこちらの作詞担当を中心に、作曲は橘さんを中心にして全員で協力し意見を出し合いながら制作する。
ひとつ、絶対に誰にも素性を明かさない。パフォーマンス以外の活動を行う際は徹底的に人目を避け正体を隠し、パフォーマンスの際も全員が素顔や身元の特定をされないよう変装したうえで活動する。
特に三つ目を提示したとき橘さんの感情が大きく揺れた。
すべて聞き終わったところで橘さんが激昂し詰め寄る。ふわりと香る女子を感じさせるほのかな柔らかい花の香りがミスマッチなくらいに感情を昂らせていた。
「ぜっっっったいにあり得ない!!何言ってるかわかってんの!?それじゃあ私が私だって……みんなに伝わらないじゃん!私がここにいるんだって……っ!」
そこまで言ったところで橘さんがハッとしたように表情を変えて言葉に詰まる。
それは一瞬だけ見えた橘さんがここまで音楽を続けてきた理由。こんな理不尽で理解できない状況に追い込まれて尚拒絶できない理由だった。本当は誰にも言うつもりはない自分の心に秘めたものだったはず。
橘さんには悪いけど、最後の一押しのフックが掴めた。
「伝わるよ。」
ただ短くそう言ってのける。先程までの軽薄な笑顔ではなく正面から橘さんの瞳を見据えて。
「……っ!!何がっ!!あなたに……っ!!!」
今にも射殺されそうなくらい鋭い視線を向けられる。本当に激怒する手前、怒髪天を衝くといった様子。正直とてもこわい。本当に殴られるかと思った。
「顔を隠したって、姿を隠したって、自分の音は絶対に大切な人に届く。……そうでしょ?」
だけど、これだけは言っておきたかった。なぜならそれは、間違いなく偽らざる自分の本心で橘さんにもきっと共通することだから。
俺の問いかけに橘さんの丸い目がさらに見開かれて、同時に逆立つほどの怒気がふっと消えて泣きだしそうに瞳を潤ませる。橘さんの口がへの字に歪む。
「橘さん、悪いようにはしない。ずるいこと言ってるのもわかってる。だから手を貸してほしいんだ。俺たちの目指してる場所は同じだよ。橘さんだってあの歌声が必要だよね。このままじゃダメだって思ってるよね。それは俺も同じなんだ。あの声だけじゃ、今ある歌詞だけじゃ足りない。……絶対に届けたい場所まで声を届けるには、橘さんの鼓動と音が必要なんだ。」
こんな歯の浮くような都合のいい言葉。自分で自分が情けなくなる。
なりふり構っていられなさ過ぎて橘さんの心まで利用して都合のいいことばかり言って、なんて卑怯なんだろう。自分の実力不足とこんなことで打開できない才能が恨めしい。
橘さんが窮地に追い詰められるよう仕向けて、隙に付け込み、明音の歌を聞かせて、橘さんの過去と想いまで利用して……。
橘さんに自分が突きつけたものは……
「とんだ不平等条約だよね。」
誰にも聞こえない小さな声で、そんな自嘲した呟きが漏れた。




