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第45話 不屈の鼓動

 一言も発せずこちらを振り返ることもない明らかに不機嫌な橘さんに先導されるままステージの裏口へ歩く。


 橘さんが不機嫌なのはただ怒っているから、俺に挑発されたから……それだけではないはずだ。不服と思いつつも橘さん自身もこんな形でいかにも信用にできそうのない相手だろうと可能性に賭けざるを得ない。


 そんな状況に対する整理がついていない。そんなのこんな急展開、整理がつくわけはないんだけど心の中で巻き起こる苛立ちや暗中模索の不安感にどうしてこんなことにという困惑が入り交じってどうにもぶつけようのないモヤモヤが心に立ち込めているんだと思う。


 それに、これまでのやり取りでわかったことだけど橘さんは思っていたよりも真面目で素直な人だ。訝しんでも話はしっかりと聞いてくれるし怒っているからといってそれを当たり散らすでもぶつけてくるでもない。


 そんな橘さんだからきっと自分が怒りに任せて軽井くんを追放したことにも罪悪感を覚えている。自分が我慢しておけば黛先輩を困らせずに済んだはず。ブルームアウェイには届かずとも文化祭ではライブができたはず。


 そう思っている気がする。


 軽井くんはいずれ同じことをしていて追放されていたはずだし、申し訳ないけど彼には文化祭の舞台は荷が重い。実力も足りてない。そもそも焚き付けたのも俺だから橘さんには一切非はないのに。まあ、仕向けたのは自分だけど。ごめんね……。


 そんな、素直で責任感があって真面目な橘さんの性格を知って自分の中でますます橘さんが欲しいと思う気持ちが膨らむ。


 橘さんの生み出す音楽もまた彼女のように熱く真っ直ぐで素直な音楽だった。これ以上なく明音と相性のいい音楽だ。

 来途も捻くれたように振る舞うけど本当は諦めたくても諦められなくて傷付きながら迷いながらでも進み続ける呆れるほどの愚直さがある。

 来途の生み出す物語もまた夢と希望に溢れていて、苦難困難に立ち向かい迷って心が折れかけたって必ず最後には答えに辿り着き前へ進む真っ直ぐな物語。


 これは奇跡だ。


 この世界の片隅で、たった一つの学校にこれほどまでの才能が集まっていて、それぞれの輝きにはお互いに共鳴し合う相性の良さがある。

 初めはバラバラの星の輝きだったのにそうなる運命だったみたいに繋げば星座を描き存在感を増す。


 そんなふうに瞼の裏に星座を描いていると橘さんが立ち止まり、ややぶっきらぼうに声をかけられる。


「私、観客席で聴いてるから。チャンスは1回だけだよ。もう閉める時間近いから、さっさとしてね……。」


 そう言い残すと橘さんはムスッとした様子で観客席の一番奥の方まで歩いていった。黛先輩が橘さんとこちらを交互に見て不安そうにしている。


 今にして思えば黛先輩は完全に巻き込まれた形になる。申し訳ないと思いながらも黛先輩の実力も買っているわけだし、いざバンド丸ごと呑み込んでしまおう。やるったらやるんだ。


「いつも通りでいいよ。ブッシュ・ド・ノエルの曲をいつも通りに。それだけで全部伝わるから。」


「うんっ!実は今日ライブ見てて歌いたいなって思ってたんだ。全力でやっちゃうよ!見ててね。」


 やる気十分な明音と小声でやり取りし、力強くお互いの拳をぶつける。紡ちゃんも「がんばってね!」と声をかけハイタッチを、来途は「やってやれ。」と一言激励を伝えて控えめにハイタッチを送る。


 ステージの中心に立つ明音を舞台袖から3人で見守る。誰一人心配はしていなかった。


「歌うよ。聴いてね。」


 いつもの言葉を呟き、明音が臨戦態勢に入る。ただそれだけで空気が変わる。明音だけのステージになる。雰囲気を盛り上げるスポットもない、地明かりで照らされただけの舞台なのにそこはもう一流のライブ会場になっていた。


 音が、声が、全てを飲み込む。心を震わせる。


「なん、なの……これ……。」


「すっ…………ご……。ははっ」


 客席の奥でむくれた顔をしていた橘さんの顔が驚愕に染まる。ここからでも分かるくらい瞳は輝き、熱を宿していた。

 その隣の黛先輩は抑えきれない込み上げる笑いを漏らしていた。楽しそうで小さな子供みたいな無邪気な顔をして心を躍らせているのがわかる。


 二人とも効果覿面(こうかてきめん)だ。

 明音は歌がうまい。それは当然だけど少しだけ意味合いが違う。音程が性格とかピッチが完璧、リズム感が……。

 そういうカラオケ的な機械的評価の水準ももちろん高いけど特筆すべきは人間の心を震わせる力。

 数値や言葉では言い表せない心を捉える特別な力を持った歌声をしている。それが明音が生まれ持ったカリスマの成せる業なのか、後天的に得た明音の過去や人生に由来するものなのかまではわからない。


 でも、明音の声は響く。心に。


 何かを頑張ってる人、頑張ってきた人、夢を心に持つ人、何か果てしなく遠く険しい道の先を目指す人、そして頑張りたいと思っている人。


 明音の歌はエールなんだ。この世界を生きる希望で満たす、希望の歌。


 だから確信していた。橘さんには絶対に届く。小学生の頃から音楽に魅入られて、親友が傍からいなくなったってそれでも折れなくて、元天才児なんて今を軽んじるようなあだ名がどこかから聞こえてきたってステージでドラムを打ち鳴らす橘さんは輝いていた。


 その心の音を表すような不屈の鼓動(ビート)を刻んでいた。


 来途と同じように橘さんだってこんな場所で一介の学生バンドで終わるべき人じゃない。彼女もまた世界に名を轟かせるべき人だ。


 だから、どんな手を使ったって君を引っ張り上げる。明音と共に見る屋上の舞台まで。


 行こう、橘さん。一緒に世界を変えようよ。

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