第44話 布石というより投石
ここまで予定通りに進むと不安すら感じてしまうのが人間というもの。自分もまたうまく行き過ぎる計画に僅かに動揺していた。
自分が起てたバンド乗っ取り計画は実は急遽立案した突発的なものだった。
橘さんに目をつけていたのは本当で彼女をなんとか引き入れられないかと思ってはいた。
調べているうちにいくつか動画サイトに転載された彼女のオリジナル曲も2つほど見つけた。再生してみるとそのクオリティは十分すぎるものだった。これが評価されずに今では彼女が元天才児などと不名誉な扱いを受けている意味がわからなかった。
と、同時に違和感も覚えた。曲はいい。それを支えるドラムとベースのいわゆるリズム隊も文句なし。ただ、歌とギターだけが浮いている。
平凡な歌詞に、平凡なボーカルと逆に粗にすらなっている不釣り合いなギター。今の明音に毛が生えた程度の演奏。ギターボーカルな分総合的には明音より劣っている。評価されなり理由は間違いなくそれだった。
作り上げた学内の人脈を使うとすぐにその原因にも辿り着いた。
ボーカルの入れ替わりが激しく、ギターも足りていないからただでさえ実力不足のボーカルに付け焼き刃のギターをさせている。しかもギターは作曲段階では別の誰か、おそらくベース担当の先輩のレベルに合わせているせいで初心者には難しすぎる。
その事実を突き止めた時にバンド乗っ取り計画が瞬く間に組み上がった。ここが狙い目だ、と。
入れ替わりが激しく何か訳ありでドラムは元とはいえその才能を知られた存在。しかもギターまでやらされる。
そんなバンドの要求に見合うような高レベルな人間がフリーでフラフラしているか?
そんなわけがない。及第点レベルだとしても高確率で何か問題がある人物しか見つからない。
そう思って現ギターボーカルの軽井くんを調べればあっという間に予想は肯定された。
軽井くんは歌唱力はそれなりでギターもそれなり。それなりのバンドでそれなりにいいポジションを取れるはずの都合のいい人材。なのにどうしてフリーだったのか。
答えは軽井くんは女癖が悪いから。浮気癖にナンパ癖、女性トラブルに身内の関係悪化。彼は恐るべきバンドクラッシャーだった。
軽井くんは軽い男なのだ。
となればやることはすぐに決まった。
軽井くんを追い出しバンドを危機に陥れ救いの手を差し伸べるように簒奪する。やや良心は痛むけど来るべき結末を早めるだけだ。軽井くんは絶対に近いうちに橘さんに言い寄ってブチギレさせるに決まってる。面識がないけど絶対的な確信があった。
情報収集の時間は3日しかない。ここまで突き止めるのに1日使ってしまった。時間がない。
翌日、軽井くんの周りにそれとなく噂を流した。
「橘さんはボーカルもギターも探せる人をずっと待っていた。」
「ライブで実力を見せたあと好意をチラつかせれば案外コロッといくかも……。」
「バンドのカップル成立が最も多いタイミングはライブ後、互いに昂り興奮していて心の距離が近づいている時……知らんけど。」
うん、嘘は言ってない。
そんな足元に投げつけるような布石をばら蒔いて臨んだライブ当日。結果はご覧の通り。軽井くんは軽い男だ。フットワークまで軽かった。
そんなワケでこれまでの計画を振り返りつつ黛先輩の後ろを歩いているとまだ電気の点いている控え室の前で立ち止まった。
「……ハナちゃん、ちょっといいかな。」
恐る恐る、といった様子で黛先輩がノックし中に声をかける。返事は返ってこない。
ため息をついて黛先輩がゆっくりとドアを開き中を覗くと不機嫌そうな声が帰ってくる。
「……なんですか?ていうか、あいつは?」
「あー、軽井くんは逃げちゃった。止めようとしたんだけどね……。」
「でしょうね。戻ってきたら二度と女の子に見向きもされないようにボコボコにしてました。」
部屋の中から聞こえてくる声には本当に実行してしまいそうな凄みがあった。軽井くんがそうするように仕向けたことは絶対にバレないようにしよう。バレたら終わる。未来どころか明日を迎えられなくなる。
「それで?何か用ですか?」
「あー、その……なんていうのかな。えっと、君に会いたいっていう人がいて……そのぉ……。」
橘さんの威圧感を前に言い淀む黛先輩の前に割って入り橘さんと対峙する。
「はじめまして。橘さんに話があるんだけど。」
ニコニコとわざとらしい笑顔を作る自分を橘さんが射殺すような目で睨み付ける。
「あの、誰ですか?」
口調こそギリギリ平静を保っているものの溢れんばかりの苛立ちが伝わってくる。
「じゃあ、救世主?」
「は?」
しかし、敢えて橘さんを煽る。
怒ると人は直情的になって引っ込みがつかなくなる。勢い任せに一気に陥落させてバンドを乗っ取るこの作戦からしてみれば冷静になられて追い返されるくらいなら頭に血が上ったままでいてくれた方が都合がいい。
それに、強い拒絶感すら飛び越えて明音の歌が凌駕すればきっと橘さんはもう明音を迎え入れる以外の選択肢はなくなる。
「今、橘さんは困ってるよね。だから助けに来たんだよ。軽井くんじゃ相手にもならないくらい凄いボーカルがここにいる。」
手招きして明音を傍に立たせる。明音も案外ノリがいいのか素で状況を楽しんでいるのか、仮面に隠されていない口元は不敵に口角が上がっている。
「は……!?」
明音を見た橘さんはいかにも怪しげな風体に言葉を失い勢いが削がれる。まぁ、それはそうだよね。こんな時間に突然救世主を名乗った奴が来て仮面で顔を半分隠した人連れてきたらね。
「橘さん、俺たちも屋上のあの舞台を目指してる。その為に橘さんの力が必要なんだ。橘さんも俺たちの力が必要でしょ?」
「そ、そんな怪しい子連れてきちゃってビビると思った!?私はあなたたちの力が必要だなんて……」
「でも、ボーカルいないでしょ?リズム隊だけで文化祭に出るつもり?それに、こっちには優秀な作詞家もいる。橘さん作詞はあんまり得意じゃないよね。」
橘さんの顔がわずかに曇る。多分外にいる来途の顔も曇ってる。まだ作詞できないぞって思ってるに違いない。大丈夫、後で教えるから……。これから上手くなればいいから……!
「信じられないのはわかるよ。だから今は信じてくれなくていい。でも、この子の歌だけ聞いてみてよ。きっと屋上に立つ未来が見えるから。」
橘さんが拳を握り締め歯を食いしばる。怒っていても話ができる人なのは今のやり取りで分かったけどそれでも正直こわい。長年ドラムを続けてきた腕力の前にはひとたまりもない自信がある。俺は弱いんだ、自慢じゃないけど。
「わかった……。聴いてから判断するから、さっさと聴かせて。ダメならもう二度と私たちの前に現れないでね。」
橘さんはそう言うと顔に影を落としたまま俯きがちに控え室を出てステージの方へ向かう。控え室を出た時に脇に控えて一応お揃いの仮面を被ってもらっていた紡ちゃんと来途に気付いて絶句していた。ごめんね。




